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13.



        ※※※※



 アサルトライフルから放たれた弾丸の群れが、こちらから距離を離そうとする白亜の敵機、その左膝を撃ち貫く。

 ExAを撃破するのにもっとも手っ取り早い方法は、急所とも呼べるコックピットを破壊すること。

 そしてその次に有効なのが、まず動きを止めること。そのために敵の足を封じるのだ。


 貫通された関節部、膝から先が千切れ飛び、体勢を崩す敵機。

 こちらから逃げようとブーストを噴射したその勢いが、逆にその動きを殺すこととなった。

 転がるように地面に倒れそのまま装甲を削りながら横滑りし、近くにあった建物の壁に盛大に衝突する。

 間の抜けた格好だ。

 だが、エリックはそれをあざ笑うこともましてや同情することもなく、ただ冷然と動きの止まった敵に再び狙いを定めるだけだった。

 モニター上に表示されたロックオンカーソルが白亜の巨人の胸元に重なり、そしてそこに目掛けて再び弾丸がぶつ切りに放たれる。

 為す術なくその猛威を受けた敵機は、ひしゃげたコックピットハッチからナノマシンの残骸と共に、わずかに赤黒い泥のようなものを吐き出して沈黙した。


「これで六機か……」


 無意識にエリックがそうつぶやくのと、後方から熱源反応が三つ出現するのはほぼ同時だった。

 新手の敵だろう。

 すでに彼の駆る《キング・ナッシング》の存在は国家の側にも知られている。

 さすがに連中も、味方のExAを何機も撃破されている手前こちらを無視することは出来なくなったようだ。

 全軍を投入して始末する腹積もりなのだろう。

 さすがに、一度に三機を相手にするのは分が悪い。


「さすがに手当たり次第にやりすぎた。少し頭を冷やすか」


 エリックはすぐさま機体にスロットルを駆け、現れた敵から逃れるようにその場から離脱する。

 そのまま、ExAの機体がすっぽり隠れる程度の高さの商業施設跡らしき廃屋の陰に身を隠した。

 ExAのレーダーは多少の遮蔽物程度ならばそのまま透過して機影をあぶり出す。

 少し隠れた程度では付け焼き刃でしかないが、それでも光学カメラから見えなくなるだけでも効果がないわけではない。


「まとめて相手する必要はない。一撃離脱でじっくり潰すとしよう」


 接近する三機の敵に奇襲を仕掛けるべく、改めて機体を建物の陰から出そうとする。

 が、次の瞬間。今度は別方向から新手が一機現れた。

 並び立つ二軒の民家の間からこちらを見つけ、武器を構えてくる。


「まずはあいつか」


 敵の動きに応じるように、《キング・ナッシング》もまた身構える。


 しかし、敵はこちらを攻撃するよりも前に、どこからともなく飛来した銃撃によって装甲を穴だらけにされて沈黙した。


「何っ?」


 さすがにエリックも驚嘆をあげる。

 この状況で、国家所属の機体が攻撃を受ける。それはすなわち、未だ連中に対抗するExAがいるということに他ならない。

 だが、リサイクラー達が用意していたハリボテみたいな機体はすでに全滅しているだろう。少なくとも、国家が投入する正規品を撃破することは困難を極める。

 だとすれば、今あの敵機を撃破したのは何なのか。


 エリックに思い当たる節は、ひとつしかなかった。


「……いいタイミングで来たな」


 彼がそうつぶやいてから一呼吸の間を置いて、一機のExAが民家の屋根の上にその機体を降ろした。

 これまでエリックが散々撃破してきた国家所属の機体、《キュクロプス》だ。

 ブーストを噴射して機体を上昇させ、頭上から敵を狙い撃ちにしていたのだろう。

 それなりの高度から降下した勢いで、巨人の足に踏まれた屋根がガラガラと崩壊する。

 それを緩衝材代わりに衝撃を殺しつつ、そのまま《キュクロプス》は崩れた家屋を滑り降りるように地面に着地した。


 エリックはすかさず《キング・ナッシング》を移動させ、向こうの機体に肩をぶつけるようにして接触させる。

 そうして、接触回線により、白亜の機体に居座っているのであろう彼女へと向けて呼びかけた。


「レギンだな」

《はい。これより援護します》


 聞き慣れた声だ。やはり彼女だった。

 その返事を聞くと同時にエリックはふと、先程つぶやいた自分の言葉に対し唐突に逡巡した。


「(『いいタイミング』?それを言うなら、まず『本当に機体を奪ったのか』、じゃないのか?)」


 まるで、レギンが敵機を奪取してこちらを援護するというのを確信していたようではないか。

 彼女ならばそれが可能であると、無意識の内に感じていたとでもいうのか。

 それはさながら、ある種の信頼と表現出来るような、そんな気がした。


「(……馬鹿な考えだ。会ってからまだロクに経ってないアンドロイドの、何を信頼するって?)」


 余計なことを考えている暇はない。

 とにかく今は、事実としてレギンがExAに乗って戦線に加わってくれた。

 せいぜいそれを利用させてもらうことにしよう。


「お前は後ろから敵の動きを封じてくれていい。トドメはこっちで刺す」

《牽制でいいのですか?》

「なんだ?自分で撃破したいとでも言うのか?

 そりゃ結構だ。分かったよ、好きにすればいい。後方から援護しつつ、殺れる時は容赦なく殺れ。俺の獲物だが、譲ってやる」

《命令を遂行します》


 合流を果たした二機の巨兵が、共に戦場へ戻るべく一条の閃光を走らせながら地を滑る。

 狩る者と狩られる者の立場が、今完全に逆転した。



        ※※※※



 コロニスト達のリーダーである男は、数人の仲間を連れなおも戦場に戻っていた。

 ひとつは避難民の安全確保のためであるが、あるいはそれ以外の理由もあったのかもしれない。

 いよいよ人が住める場所ではなくなりつつあるこの第二十四居住区で今何が起こっているのか、それを確かめようとしているのだ。


 結論から言えば。

 この街は巨大な死体廃棄上と成り果てていた。

 これまでかろうじて家屋としての形を維持し、かつての戦乱を生き延びた者達の末裔が身を潜める場所となっていた多くの建物が、完全にその形を失い崩れたコンクリートの山となって散乱する。

 そしてその傍らに、あるいはその中に半ば埋もれながら、人であったものの残骸が転々と転がっていた。

 それだけではない、赤い血と臓物を撒き散らして横たわる死体のその横に、白い液体の水たまりに身を沈める人形の姿も無数に見られた。

 アンドロイドだ。居住区に住まう者と、それを殺戮する者。その両者が等しくタダのゴミ屑となって大地を汚していた。


 地獄の光景だ。


 そしてこの光景を生み出した一端―――否、他より卓犖した最大の原因とも呼べる者が、今もなおその力をふるい続けている。


「……なんということだ」


 視界を遮るような建物すらほとんどが崩れ、平らに地ならしされた廃墟に立ち尽くしながら、遠く見えるその姿を眺め、リーダーの男は思わずつぶやいた。


 一体の巨人―――濃灰色ガンメタルに塗り込められたExAが別の一機の懐に入り込み、左腕から眩いほどに輝くプラズマの刃を振るう。

 高熱量で装甲を溶断された白亜の機体はそのまま上半身と下半身が分かたれた。

 濃灰色の機体は続けざまに右腕に持ったライフルを構え発砲する。

 その後方で、今しがた撃破された機体とまったく同じ、白亜に塗り込められた一つ目の巨人もまた、両腕に装備した銃器を撃ち放っていた。

 乱戦だ。最早どの機体が何をしているのかすら、一目見ただけでは判別出来ないほどに戦場は混乱していた。

 二機のExAから発射された無数の弾丸は、吸い込まれるようにさらに別の機体を横殴りの雨の中に飲み込む。

 機体は為す術もなく蜂の巣となり、破損した関節部から四肢が千切れ飛ぶほどに完膚無きまでに吹き飛んだ。

 全身を巡るナノマシンが銀色の血しぶきとなって飛び散るその姿は、銃撃を受けた人がミンチになって即死する姿を想起させる。


 二機のExAが奮う暴力はなおも終わらない。

 濃灰色の機体は、さながら理性を持たぬ怪物が檻から放たれ獲物を探すように首を巡らせ周囲を見渡し、そして新たな敵を見つける。

 全身の装甲から唸るような軋轢の音を響かせながら、バーニアから光を吹き上げ滑走する。

 そしてその後ろを白亜の機体が、実体も持たぬ霧が纏い付くように追従する。

 だが、その霧から放たれた弾丸は確実に敵を打ち据え、その身を貫くのだ。


 戦いの趨勢は、もはや決しようとしていた。

 始めは絶えることもなく到るところから響いていた銃声と悲鳴も、今や疎らだ。

 敗者はいくらでもいる。皆死んだ。敵も味方も全て瓦礫に埋もれて潰れて消えた。

 その中において、勝者はおそらくただの二つだった。

 確かに『勝者』と呼び得るだけの者は。


 また新たな敵を殺した二機のExAの姿を遠く眺めながら、リーダーは呆然と立ち尽くしたまま続けてつぶやいた。


「まるでこの地獄の、王だな……」



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