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12.



 正体不明のアンドロイドを追う《キュクロプス・テン》。

 だが、なかなか相手を仕留めることが出来ないでいた。

 アンドロイドは細い路地や建物の中に隠れながら、ExAの巨体にとっては死角となるような場所へとのらくらりと逃れて攻撃をやり過ごしている。

 いくら機械特有の人間離れした素早さで走るといっても、ブースターによる推進を行うExAならば簡単に追いつけるはずだ。

 だが、それが出来ない。そのことにパイロットは焦れていた。

 まるで鼠捕りだ。それがスケール感を拡大させれば、なるほど巨人が人を追うという図式になる。


「無駄に時間ばかり食わせやがって……ッ。いいだろう、どうせもう戦闘もほとんど終わってるようなもんだ。これが俺の最後の仕事だ。

 確実に破壊して、その死骸を土産代わりに帰還してやる!」


 なおさらいきり立って、相手を追うことに意識を集中するパイロット。


 その時だった。

 アンドロイドはまたしても別の建物の中へと入っていく。

 そこは、まだ比較的形が残っている廃ビルだった。

 しかも、奴が入ったのはビルの中ではない。その地下駐車場に続いていると思しき広い乗降口だった。

 大型車両の搬入も想定しているのであろう。ExAの巨体でもギリギリ進入出来そうな広さだった。

 地下ともなれば、出入り口は限られている。窓から飛び降りるようなことも出来ないだろう。

 これは好機だ。鼠は鼠でも『袋の鼠』か。

 ようやく、この鬼ごっこにも終わりが見えてきた。


「よし!」


 思わず吠えながら、パイロットは機体にスロットルをかける。

 ブースターの噴射を強め加速しながら、《キュクロプス・テン》は乗降口へと飛び込んだ。


 それと同時か、あるいは直前か。

 パイロットの耳に、爆発音が響いた。

 どこで何が爆発したのかは分からない。だが、すぐ近くであること、なにより一箇所ではなくそこかしこで連鎖的な爆発が起こっていることだけは分かった。

 何もないところで自然に爆発が起こるわけがない。これには何らかの意図がある。

 それを瞬時に察するパイロット。だが、瞬間的な思考に対して肉体が―――すなわちExAの機体が反応することが出来なかった。

 人間の神経も、その伝達速度には限界があるのだ。


 《キュクロプス・テン》の頭上で突如天井が崩落し、無数の瓦礫となって降り掛かってくるその光景を眼にしたところで、パイロットはようやく全てが罠であることを悟った。


「しまった!」


 コンクリート片が押し寄せ巨人を埋もれさせる。積み重なった瓦礫がセンサーを遮り、視界が真っ暗になった。

 先程の爆発でビルの一部が崩落したのだろう。


「始めからこのつもりだったのか!前もって爆薬を用意していたな……」


 アンドロイドは囮だ。元々相手は複数人で連携していたのだろう。

 こちらを引きつけこの場に誘い出し、こうやって瓦礫の中に封じ込めるという魂胆だった。

 なるほど、あのグロテスクなオブジェやら、アンドロイドの頭を石ころみたいに投げてぶつけてきたその恣意的行為やらは、こちらの眼を引き付けるためだったわけだ。

 こちらはまんまとそれに乗せられ、相手の術中に嵌ってしまった。


 だが、しかし。

 見積もりが甘かった。


「こんなもので、足止めをしたつもりか」


 爆薬の量が不十分だったのか。崩れた瓦礫の数はそれほど多くはない。

 《キュクロプス・テン》は半ば埋もれてしまったが、完全に機体を破壊するにはいたっていない。

 それどころか、質量で機体の動きを封じ込めることすら果たせていなかった。

 完全に埋もれた下半身はともかく、上半身はかろうじて動く。

 このまま瓦礫を少しずつ押しのけて撤去していけば、多少時間はかかるだろうがここから抜け出すことは出来るだろう。

 機体には何のダメージにもなっていないのだ。


「これが本命の罠だとすれば、相手の底も見えたな。やはり所詮はコロニストのクズ共の手勢だ。

 この機体を破壊する手立てを奴らは持っちゃいないんだ。それなら、改めてゆっくり追い詰めてひねり潰せばいい。

 少しビビらされたが、種が明かされればこんなものか!」


 機体が両腕を持ち上げると、そのままのしかかっていた瓦礫も押しのけられた。

 続けて胴体部を固定しているコンクリート片をライフルの銃身でかき分けるように取り除いていく。

 頭部センサーも露出し、視界が再び鮮明になる。


 そこに、居た。


 奴が居た。

 例のアンドロイドが積み上がった瓦礫の中、こちらに近づいてくる姿が見えた。


「何!?」


 呆気に取られるパイロット。

 それを尻目に、アンドロイドは不安定な瓦礫の足場を不気味なほどになめらかな足取りで渡り、機体のすぐ間近にまで迫った。


「何をするつもり―――」


 言い終えるより前に、その疑問に対する回答がその行動によって示された。

 瓦礫が除かれ露わになった胸部。ちょうどコックピットのハッチがある位置。そこに潜り込んだアンドロイドが装甲に手を触れた。

 そこには、ハッチ開放用の操作端末がある。

 言うまでもないことだが、ExAに乗り込むためには外部からコックピットに入らなければならない。そのためのものだ。

 八桁の数字をキーパッドから入力してパスコードを打ち込むことでハッチが開く仕組みだ。


 まさか。


「う、嘘!?嘘、だろ……」


 網膜に投影されたモニター上に、『ハッチ開放』の表示が映し出された。

 そのまさかだった。

 今まさに、コックピットハッチが開かれようとしている。あのアンドロイドは端末のパスコードの入力に成功したのだ。

 八桁ものパスコードを、このほんの短い間で。

 理論的に言えば、九つの数字の組み合わせを八桁分全て試せば、確かに正解のコードにはたどり着くだろう。

 実際、戦後放置されたExAをサルベージする際に、アンドロイドにパスコードの『総当たり』をさせて無理やりハッチを開けるという作業も時折行われることがある。

 この《キュクロプス・テン》のパスコードも、修復し再起動するにあたって、そのやり方で解析されたものだ。

 だが、それには膨大な時間が必要とされる。少なくとも、ほんの三十秒にも満たないこの短時間で出来るような芸当ではなかった。

 だが、あのアンドロイドはそれをいとも容易くやってのけた。

 最早訳がわからない。奴は本当に一体何者なのか。

 まるで、根本的にこちらには想像もつかないような特殊な手法で瞬時にパスコードを察知していたかのようだ。

 ExAのハッチを開けてコックピットを開放する。その機能に特化した、そのためだけのアンドロイドとでもいうのか。

 ExAを動かすための、それ専用のアンドロイド……。


 奴の目論見は考えなくても分かる。

 この《キュクロプス・テン》の機体を奪うつもりだ。コックピットに直接乗り込み、パイロットそのものを始末することで。

 思わず心臓が凍りつきそうだった。


神経接続解除システムシャットダウン!く、来るな……!」


 慌てて機体のメインシステムを解除。ナノマシンによって延伸されていた神経が遮断され、ExAのものではない、自分自身の手足に感覚が戻ってくる。

 すぐさまパイロットは、当惑と恐怖により震える手で懐から護身用の拳銃を取り出し、前方へと突きつけた。


 ―――その瞬間にはすでに、ハッチは完全に開放されていた。

 開かれた鋼鉄の蓋のその向こうで、アンドロイドがこちらを見据えていた。

 その冷酷な、何の感慨もない視線と、彼女が構えた拳銃の虚空のような銃口。そのどちらもパイロットの眉間を真っ直ぐに捉えていた。


「うぉああああああ!!」


 絶叫しながら引き金を引こうとする。

 だがその前に、顔面を貫いた弾丸が彼を即死させ、急速に力を失った人差し指はついにそれすらも叶わなかった。

 火薬が弾ける乾いた音すらも彼に聞こえていたかどうかさえ、最早定かではない。



    ※※※※



 コロニストのリーダーとしては、紛れもない事実としてその光景を目の当たりにしてもなお、俄には信じることが出来なかった。

 彼らを助けたアンドロイド。彼女曰く『ExAを奪取する』ための作戦に、彼らも参加することになった。

 住民の避難場所となっていたビルを、そのまま敵を封じ込めるための罠に利用した。

 自分達が籠城する場所を捨てることにもなる危険な賭けだったが、貯蔵している爆薬をいち早く設置するためにこうするしかなかったのだ。

 もし失敗すれば、何もかもが共倒れになる。本当に成功するのか半信半疑、不安の方が大きかった。

 だが、結果は今見ての通りだった。


 崩れ落ちたビルの瓦礫に半ば埋もれて静止している白亜のExA。その開かれたコックピットハッチから、アンドロイドが死体をひとつ引きずり出す。

 そうしてそれを、ゴミ切れのように瓦礫の山の中へと放り捨てた。

 飛び散った血液と脳漿が灰色の破片に水玉のような染みを描く。

 無人となりながらも、未だ鉄の匂いを漂わせるコックピットに素知らぬ顔で入ろうとする彼女を、リーダーは思わず呼び止めてしまった。


「ま、まさか本当に奪取してしまえるとは。君は一体何者なんだ」


 アンドロイドはこちらに向きはするものの、何も応えない。

 応えるつもりがないのか、あるいは自分が何者かなど、彼女自身にすら分からないのか。


「しかし、本当によくやってくれた!国家のExAは我々が用意したツギハギの粗製品とは違う、正規の機体だ。

 それがあれば、まだやりようはあるかもしれない。今の内に、皆を連れてここから離脱しよう。

 一人でも多くの住人を無事に逃れさせなくては」


 そのために、奪った機体でこちらを援護してくれ。

 そう口外に付け足すリーダーの言葉だったが、アンドロイドはそれにこう返した。


「当機はこれより、敵軍を殲滅します」

「殲滅!?いや、無理だ。いくら敵の戦力を奪ったといっても、所詮は一機。真っ向からぶつかれば返り討ちに会うだけだ。

 建物の陰に身を隠しつつ露払いだけに集中して、戦場から離れることに専念すべきだ」

「一機ではありません」

「何……?」

「当機の命令者マスターが、今も戦っている。当機の使命は、それを助けることです」

「もう一機……いるのか?まともに戦える機体が」


 アンドロイドはそれ以降、もうこちらに見向きすることすら無くなった。

 改めてコックピットの中に潜り込み、ほどなくしてハッチが閉鎖される。

 息を吹き返した鋼鉄の巨人は周囲の瓦礫を素早く押しのけ、半ば崩壊した乗降口を出ると、そのままブースターを噴射させ戦場へと戻っていった。

 リーダーには、その姿を呆然と見送る以外何も出来なかった。



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