11.
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暗号化されたとある周波数帯から無線が入る。国家所属のパイロットからの連絡だ。
だがその声は焦燥に駆られ、ひどくうわずったものだった。
《こちら《キュクロプス・フォー》、新手の敵機と接触した!こいつはただの素人じゃない!
味方がもう何機かやられてしまったようだ。一機ずつ虱潰しにされてしまう、全機で集中攻撃を仕掛けないと駄目だ!
居住区の外周で待機してる奴らも来てくれ!このままだと俺もやられてしまう!!
誰か、早く来てく―――》
その声は途中でノイズの中にかき消された。
無線を発する機体そのものが破壊された―――すなわち撃破されたということだ。
この報せに、第二十四居住区に投入された国家のExA、その一機である識別コード《キュクロプス・テン》のパイロットは怪訝そうに眉を潜めた。
無線から聞こえる荒い声と、これまで自分が相手にして来た敵の弱さとか結びつかず、現実味を感じられなかったのだ。
なにせ、リサイクラーの駆るExAなどただのハリボテ同然。それ以外は装甲に身を固めた巨人に傷一つ付けられないノミみたいな歩兵だけだ。
そんな中で唐突に『新手に一機ずつ虱潰しにされる』、などと言われても俄には信じがたかった。
《国家》所属の兵士といっても、かつての戦前あるいは戦時中のように正規の訓練を受けたというわけでもない。
ExAのパイロットにしても、ひとまず操縦するのに支障がない程度にしか習熟出来ていない者も多かった。
練度が不足しているのは素人のリサイクラーだけではない。こちらも同じようなものだったのだ。
とはいえ、援護を要請された以上すぐに向かうべきではあるだろう。
それぐらいの最低限の連携は取れる。
「敵にも、もう戦力はロクに残ってないだろう。その『新手』とやらを数で押して叩き潰せば、それでこの戦闘も終わりだ」
機体を、撃破された味方機の反応があった場所へと向かわせようとする。
が、その時だった。
鈍い金属音を響かせ、何かが《キュクロプス・テン》の装甲にぶつかった。
敵の攻撃などではない。瓦礫の破片とも言えないような小さな何かだ。それなりの速度で衝突したためほんのわずかに機体が揺れはしたが、装甲には何の損傷もない。
「なんだ?」
巨人がその身体を翻して周囲を見渡す。
機体をちょうど真後ろにまで旋回させたところで、足下に何かが落ちているのが見えた。
もとより瓦礫まみれの居住区だ。道端にはいろいろなガラクタが落ちている。だがその中でも、それが特別眼を引いた。
根拠もないのに、おそらく今しがたぶつかったのはそれだろうと頭の中で結論付けてしまったほどだ。
それは、腕だった。アンドロイドの片腕。
手首から先がバラバラに砕け、ギリギリそれだと判別出来る程度の形だけを残して無造作に地面に転がっていた。手首がないので左右どちらの腕かは分からない。
「……なん、だ?」
ぶつかったものの正体は分かったが、それはそれでなおさら不可解だ。何故アンドロイドの腕なんかが機体を叩いたのだろう。
《キュクロプス》がその首を少しずつもたげ、センサーの可視領域を上げる。網膜に投影される映像が、足下から徐々にせり上がっていく。
その次の瞬間、パイロットの視界にその光景は映った。
―――串刺しだ。
アンドロイドの四肢と頭部がバラバラに切り離され、鉄パイプを破断して無理やり槍状にしたものに串刺しにされ、地面に立てられている。
今となっては何の意味もない、道路標識だとか看板だとかのように。
無理やり機体をえぐるように差し込まれた鉄パイプは、にじみ出た潤滑液によって真っ白に染まっていた。
それが十を超えようという数、地面に並べられていた。
力なく開けられた口からパイプが上顎を貫通して頭頂部を突き破っている。
一体のアンドロイド、その無惨に破壊された頭部。生気のない(元よりないが)無機質な眼とパイロットの視線が合った。
突き破られた頭頂部からさながら脳漿のように集積回路の部品を溢れ出させ、輪郭など半ば崩壊しているのに、眼だけはじっとこちらを見ていた。
思わず絶句する。
アンドロイドの残骸など眼にする経験はいくらでもあった。だが、ここまで徹底的に破壊されているのを見ればさすがに恐怖を感じずにはいられない。
「……!!??」
彼が震え上がったのは、地面に立ち並ぶこの地獄めいたオブジェだけではない。
それらに囲まれて悠然と立ちこちらを見据える、一体のアンドロイドの姿だった。
その右腕は紐のようなものを垂らした棒状の物体を持ち、もう片方の左手は残骸と化した別のアンドロイドの頭を掴んでいた。
最早疑いようはない。この陰惨極まりない光景を作り上げたのはあいつだ。
「なんだッ?マジでなんなんだアレは!?」
うわ言のように繰り返すしかないパイロット。その前方で、アンドロイドはゆっくりと動き始めた。
手にした頭部の残骸を棒から伸びていた紐にくくりつける。そうしてそれを、勢いよく振り抜いた。
あれは投石器だ。頭をこちらに投げつけてきた。
先程衝突した腕も、あのように投げてきたのか。
投げ出された頭部がまっすぐに飛来し、
―――パイロットの視界に、崩れたアンドロイドの顔が大写しになった。
ExAの光学センサーにピンポイントに命中して、そのまま衝突の勢いでトマトのように潰れたのだ。
センサー部は防弾ガラスにより保護されているため、歩兵程度の携行火器では破壊出来ないほどの強度はある。
だからこそ、その潰れて崩壊した顔面はよく見えた。
飛び散った潤滑剤にまじって、眼球や人工歯がカメラにへばりつく。それが網膜に投影されて色濃く焼き付く。
「ひぇあぁ!!」
間の抜けた悲鳴を挙げるパイロット。その動揺に呼応するように、鋼鉄の巨人がライフルを持つ右腕でセンサーを拭った。
まさしく人が眼を擦る動作そのままだ。
「あ、あいつは危険だ、ここで始末しなければ!」
彼はもはや混乱の極致に陥っていた。
潰れた頭部の残骸をなんとか払い落とし鮮明になった視界の中、再び件のアンドロイドを捉え、ロックオンする。
明確な根拠があるわけでもないが、あれは危険だ。このまま生かしておけば何かが起こる。そんな確信を持って引き金を引いた。
「吹き飛べ!」
しかし、アサルトライフルから弾丸が吐き出されたと同時に、アンドロイドは地面を蹴って上方へと勢いよく飛び上がった。
その素早さ、何より上昇したその高さたるや。
「なんだと!?」
すぐ傍に立っていた廃ビル、その四階の高さまで一気に飛び上がり、ガラスの割れた窓の縁に足を降ろす。
凄まじい跳躍力だ。いくらアンドロイドが生身の人間より多少身体能力が高いといっても、あれほどの高さまで軽々とジャンプするのはさすがに無理だ。
つくづく何者なのか、あのアンドロイドは。
「クソッ!」
改めて狙いを定めて再度アサルトライフルを発射する。
が、相手はそれを見越したかのように窓の縁を蹴って今度は下方へと一気に飛び退った。
誰もいなくなったビルに弾丸が撃ち込まれ、砕けたコンクリート片が雨とまって飛散する。
その中を、再び地面に足をつけたアンドロイドは猛然と駆け抜け、後方へと去ろうとしていた。
その速度も凄まじい。生半可な車両を走らせても追いつけるかどうかというほどだ。
あれより速く動けるものなど、それこそ《フィロソフィア・ユニット》からの動力供給を受けているExAぐらいかもしれない。
やはり、あれはアンドロイドとしても異常な性能だ。
数多の同族を破壊しあんな悪趣味なオブジェをいくつも作れたのは、あの性能あってこそのことか。
「ちょこまかしやがって、逃がすものか!」
アンドロイドを追うべく、《キュクロプス・テン》もブースターを噴射、前方に立つ串刺しになったアンドロイドの残骸をなぎ倒しながら進んだ。
パイロットの頭の中にはすでに、先程耳にした『新手の敵機』とやらの存在は忘却の果てへと消え失せていた。




