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10.



    ※※※※



 第二十四居住区のコロニスト達は、突然の国家からの襲来に混乱しながらも、なんとかそれに対抗しようとしていた。

 居住区の中心部から南、比較的形の残っている廃ビル跡。

 そこは以前までは物資のやり取りをするいわゆる市場のようなものとして利用されていた。

 ―――また、リサイクラーの反抗部隊の潜伏地点としても。

 そのため、そこには多くの物資が貯蔵されている。それこそ、武器弾薬の類に至るまで。

 国家の襲撃を察知するなり、一部の住人達はここに籠城し徹底抗戦をすることを選択した。

 戦う意思のない非戦闘員においても、ビルの地下にある立体駐車場の跡地に避難するものが多く居た。

 野ざらしの状態で逃げ回るよりも、そちらの方がまだ安全だったからだ。

 彼らは今、このコンクリートの箱の中で身を寄せ合い、戦いのほとぼりが冷めるのを待っている。

 本当にこの未曾有の混迷に終わりがあるのかどうかも分からないままに。


 そして戦える者、その覚悟がある者は、ビルの周囲に散開しつつ付近のアンドロイド部隊に対してゲリラ戦を展開していた。

 多くの非戦闘員が隠れているビル自体の所在を悟られないように、異なる位置で転々と断続的な小競り合いを続けていたのだ。

 だが、それにも限界はあった。

 敵の戦力は圧倒的だ。こちらが一人あたり十体のアンドロイドを始末しない限り、とても勝ち目などないほどだった。

 それほどの戦力差によりコロニスト達はじりじりと包囲されつつあった。そうして、その終焉の時はすぐ目の前にまで迫っていた。


 狭い路地の中、廃屋の壁面やダストボックスの陰に隠れつつ、前方のアンドロイド達と銃撃戦を繰り広げる四人のコロニスト。

 互いに撃っては隠れ撃っては隠れを繰り返し、戦闘は膠着状態にあった。

 だが、敵のアンドロイドはこちらの銃撃の合間を縫うように、前方にある遮蔽物に次々と乗り移り徐々に距離を縮めていた。

 となればこちらも尻尾を巻いて逃げればいいという話になるが、そうもいかない。

 後方からも、別のアンドロイドの集団が近づいているのだ。奴らは挟み撃ちをするつもりだ。


「路地を縫うようにして襲撃していたのを裏手に取られた。……逃げ場がない」


 壁の陰に身を屈め撃ちきったアサルトライフルの弾薬を再装填しつつ、がっしりした体つきの中年の男が自らの失敗に苦虫を噛んだ。

 一応ではあるが、彼が仲間内を取り仕切るリーダーという形になっている。


「せめて無関係の人間だけは無事で済まさないと、さすがに示しがつかん」

「だったら、どうするよ!」


 焦燥しきった様子の仲間が聞いてくる。


「片方の敵陣を切り抜けて突破口を開くべきだろうが、それにしてもな……ッ」


 今撃ち合っている相手だけでも、こちらの二倍の数はいる。目に見えるだけでも八体ほどのアンドロイドが、連携しつつ迫っていた。

 あそこを強引に切り抜けようとしても、返り討ちになるだけだ。

 かといってこのまま立ち止まっていても、後ろからの敵に挟み撃ちにされる。

 八方塞がりだ。


「(国家に逆らおうとしたことが間違いだったのか?駄目だ、もう諦めるしか……)」


 なんとか保ち続けていた戦意もいよいよ失せようとした、その時だった。

 再装填を終え再び敵を銃撃しようとわずかに身を乗り出したリーダーの視界に、それは映った。


 一体の敵アンドロイド。その背後に別の人影が重なり合った。どこからともなく飛び出してきた何者かが、背後へと回り込んだのだ。

 その何者かは、夏の日差しの中で浮かび上がる陽炎のように、ゆらりと揺らめいた。

 そう思うと、アンドロイドの身体がガクリと痙攣した。


「ガッ、ゲェ……」


 潤滑剤が喉にでも詰まったのか、咳き込むようなうめき声を挙げるアンドロイド。

 その首筋には、一本の手斧がその刃を突き立てていた。

 災害時などにおいて、閉じている扉を無理やり開けるために使われる消防用のピックアックスのようだ。

 この居住区においても割りかし頻繁に見つかり、コロニストも活用しているありふれたものだった。

 それが今、アンドロイドのうなじを刃で深々とえぐっていた。

 その刃先は伝達系の主要部である人工脊柱まで届いていた。人が首を斬られれば死ぬように、こうなればアンドロイドだって死ぬ。

 一瞬だけ痙攣した後、アンドロイドは両手を力なく垂れ下がらせて事切れた。


 誰が斧を突き立てたのか、そんなことは今更言うまでもないだろう。

 アンドロイドの背後にいた何者かは、そのまま力を失った標的の手から拳銃を奪い取った。

 そこでようやく、周囲にいる他のアンドロイドも仲間の異変に気づく。

 が、その瞬間には突如現れた闖入者は今しがた仕留めたアンドロイドの機体に身を隠し盾代わりにしながら、素早く拳銃の引き金を引き、三体のアンドロイドに二発ずつ弾丸を撃ち込んだ。

 頭と胸―――思考回路中枢と動力系のバッテリーだ。そこはいうなればアンドロイドの脳と心臓。そこを撃ち抜く。

 これで四体が死んだ。残る半分が仲間の死に動揺することもなく銃器を構える。


 が、闖入者はそこへすかさず盾代わりにしていた残骸を勢いよく放り投げた。

 並々と砂を詰め込んだ土嚢ほどの重量があるアンドロイドの死体が覆いかぶさり、一機が地面に倒れ込む。

 それと同時に敵の懐に一気に飛び込む。残骸の首から引き抜いた斧の刃を、続けざま二体のアンドロイドの頭に素早く交互に打ち付ける。

 凄まじい速度と力による斬撃だ。斧の重量を乗せた斬るというよりもはや叩きつけるような一撃は、人のそれの形をした頭部を容易く粉砕した。

 白い潤滑剤にまみれた刃を、今度は更に別の一体目掛けて投げつける。

 クルクルと回転する斧が、面白いように相手の顔面にキレイに縦の一本線を刻み込んだ。

 これで残るは一体。今しがた仲間の死体をぶつけられて倒れたアンドロイドにゆっくりと拳銃の銃口を向け、弾倉に残っている弾を全て吐き出した。


 これで全滅だ。あっという間だった。

 この光景を眼にしていたコロニスト達は呆然としたまま、しばらく身動き一つ取ることも出来なかった。

 一瞬にして出来上がったアンドロイドの死体の山、そこに佇む闖入者がこちらに顔を向け、その視線がリーダーと合う。

 だが、それは―――少女らしき姿のそれはこちらに攻撃しようとする素振りを見せなかった。

 そこでようやく、リーダーはこれがいわゆる『死中に活を見出す』というものだと悟った。


「……あの女と合流だ!後ろから来る敵も迎え撃つぞ!」


 すぐさま前進し、少女の方へと駆け寄るコロニスト達。


「君は一体。……いや」


 故も知らぬままこちらを助けた少女。リーダーの男はそれに見覚えがあった。

 青い頭髪に、無機質な眼。

 この居住区に十年来暮らしているとあるコロニストが、数日前からふと彼女を連れ歩く姿を見たことがある。


「もしかして、エリック・ハートマンの所のアンドロイドか!」


 その言葉に対する返答はせず、少女は淡々とした口調でこう口にした。


「これよりそちらを援護します。それに際して、情報の共有を請います」

「情報?……というと、一体」

「そちらに爆薬の類はありますか。あるとしたらどれだけの量があるか教えてください」

「爆薬だと?」

「おい、敵が追いついてくるぞ!」


 仲間の催促する声が聞こえる。


「何をするつもりかは知らんが、まずは周りの敵だけでも排除したい。頼めるだろうか」

「了解です」


 まずは目先の敵を排除しなければ。

 アンドロイドもそれは了承しているらしく、弾切れになった拳銃は捨て、仕留めた敵の亡骸からまた別の銃器を奪い取っていた。短機関銃をそれぞれ片手に一丁ずつ構える。

 コロニスト達も、近くの遮蔽物に再度身を隠し、接近する敵を迎え撃つ姿勢を整える。

 そうして互いがその姿を視認するまでの僅かな時間の間に、リーダーは先程の質問に応えた。


「我々が潜伏しているビルに、それなりの量が貯蔵されてある。ビルの解体だとか、瓦礫で埋もれた場所に発破をかけるためにな。

 とはいえただのダイナマイトだ、戦闘に使えるような代物じゃない。まさか、敵に向かって投げつけるつもりか?」

「いえ」


 冗談半分で言った言葉を、アンドロイドは即座に否定した。

 そうして、改めて彼女は自らの目論見を伝える。


「それで充分です。当機はこれより敵のExAを奪取します。目下の敵を掃討し、然る後そちらにも協力を願います」

「―――なんだって?」


 彼女がなんと言ったのか、リーダーには一瞬分からなかった。

 思わず聞き直してしまうが、その瞬間にはすでにアンドロイドは遮蔽物から身を乗り出し、姿を見せた敵部隊に目掛けて発砲していた。

 二丁の短機関銃からばらまかれた弾丸が、面白いように敵の懐へと吸い込まれ、その身体に無数の弾痕を開けた。



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