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8.



    ※※※※



《聞こえるか!?おい、広域帯の周波数で呼びかけてるんだ、聞こえてるんだろ!》


 戦場となった第二十四居住区を滑走する、白亜の機体に青いラインのアクセントのExAが二機。

 コックピットに身を預けるパイロットの頭の中に、騒々しい声が響いた。

 ExAは無線による通信で他の機体とやりとりをすることも可能だ。今、それを使ってコンタクトを取ってきているのだろう。

 前方にいる敵機―――殲滅対象であるリサイクラーの機体が、だ。

 《国家》所属の兵士であるパイロット、その網膜にセンサーから投影されて映るのは、その場に静止したまま身動きひとつ取らない緑色の機体の姿だった。

 その左腕部は根本から破断し、残る右腕にも武器を持っていなかった。

 足下に銃器らしきものが野ざらしに置いてある。が、それを拾おうとする素振りも見せない。

 あの敵は武器を放棄したのだ。そうして空いた手を頭部の横にかかげてじっとしている。

 その仕草は、戦意を失った人間がするのと同じ『降参』のジェスチャーに見えた。

 無線越しに、先程の声が焦燥に駆られた様子で再度呼びかけてくる。


《降伏する!こちらには戦う気はない。この機体もそのまま明け渡す、だから殺さないでくれ!》

「……」


 その声を聞き、パイロットは機体を敵の目前で停止させた。

 すぐ傍らにはもう一機、同じ姿をした鉄の巨人。僚機のExAだ。彼らは二機がかりでこの敵を追い立てている最中だった。

 その結果はまさに今の通りだ。追い詰められた敵はこのように無様に腹を見せて許しを請うている。


《ExAは今の世の中じゃ貴重な兵器だ。そっちだって手に入るなら欲しいだろう?左腕はやられちまったが、まだ動ける状態だ。

 そんな機体を労せず鹵獲出来るんだから、悪い話じゃないはず……》


 その言葉に、パイロットは応える。


「確かに、我々にはExAがひとつでも多く必要だ。あるならあるだけいい」

《そ、それなら―――》

「だが、それは《ExA》じゃない。()()はなくても構わん。重要なのは無限機関の《フィロソフィア・ユニット》だけだ。

 それが回収出来れば後はどうでもいい」

《えっ》


 冷然と放たれたその回答に、僚機のパイロットが続く。

 聞くだけでそのにやけた顔が目に浮かぶような、相手を見下しきった嘲笑だった。


《お前には死んでもらうってことだよ》


 その声が合図だった。

 二機のExAは両腕に装備した火器を構え、前方の敵機に狙いを定める。


 《国家》所属のExA―――そのコードネームは《キュクロプス》。

 頭部に取り付けられた巨大な円形のメインセンサーが、さながら巨大な一つ目を彷彿とさせる。

 そこからなぞらえて、大戦以前より言い伝えられてきた神話上の巨人からこの名を付けられた。

 今回この居住区に投じられた機体は、全てこの《キュクロプス》の同型機である。

 武装においても統一化がされており、右腕部には単発式大口径のバトルライフル、左腕部には連射式のアサルトライフルを装備している。

 28mm口径の弾丸を発射するバトルライフルの威力は高く、直撃すればExAの装甲であろうと問題なく貫通出来る。

 それよりやや小口径の弾丸を連射するアサルトライフルであっても、近距離で着弾すれば十分敵機を破壊可能だ。それだけの威力の弾を無数にばらまくことが出来るその命中率の高さが最大の利点である。

 アサルトライフルの射撃で敵を牽制しつつ、本命のバトルライフルで仕留める、というのを想定した装備構成だった。


 そしてそれらの武器が今まさに、前方にいる緑のExA―――いろいろな機体の残骸を継ぎ接ぎして色だけペンキで塗ったのだろう、機種の特定も出来ないほど歪な形状の機体へとその銃口を向けていた。

 搭乗者であるリサイクラーの戦慄が伝わってくるかのようだ。


《そんな、待ってくれ!》


 それに対し微塵の容赦も慈悲もなく、二機の《キュクロプス》は引き金を引いた。

 咄嗟にブースターを吹かせて逃げようとする敵機、その片足に無数の弾丸が打ち込まれ、貫通され蜂の巣になった関節部がそのまま千切れ飛んだ。

 乾いた銃声と共に、金属が断裂する不快な音が響き渡る。

 態勢を崩し、緑の巨人が転がるように倒れ込んだ。なまじブーストを噴かせて加速をかけていたせいで、その回転しながら倒れる姿はまるで錐揉みだ。

 こうなればもう、牽制すら必要ないだろう。


《ふざけるな畜生ッ……地獄に落ちろ国家の犬がァ!!》


 それが、リサイクラーの最期の言葉だった。

 続けざまに放たれた弾丸の雨が今度は胴体を打ち付ける。

 コックピットは跡形もなく変形し、搭乗者は飛散した無数の破片により全身の肉をズタズタにされ、声を挙げる間もなく即死した。

 巨人もまた同じだ。物言わぬ鉄くずとなったExAからは、機体内のナノマシンが飛び散り白い液状になってひしゃげた装甲の隙間から流れ出ていた。

 さながら血を流すかのように。


 敵機の撃破を確認し、僚機のパイロットが軽口を叩いた。


《馬鹿でぇ、命が惜しけりゃそもそも俺達に逆らおうとしなけりゃ良かったんだ。

 ExAを隠し持っといて今更『助けて』はないだろ》

「……これでまず一機か。確か、《スコーピオンズ》からの情報では、敵が所有するExAは五機だったな」


 ()()()()()()である偽の武装勢力から送られてきた情報で、事前にこの居住区に潜伏している敵戦力は把握している。

 それに対し、《国家》側の機体は十四機投入されていた。

 圧倒的な戦力差だ。基本として二体一の状況を常に維持し、確実に敵の戦力を削ぐための用意だった。

 その上で、さらに居住区の周囲四方にそれぞれ一機ずつ、随伴歩兵であるアンドロイド二十隊の小隊と共に待機させてある。

 戦場から逃げようとするものを、鼠一匹だろうと逃さないためだ。

 すでに国家に対する反抗意思の有無は関係ない。この街に住む全てが作戦目標だ。

 この戦闘が終了した後、この居住区に生物は一切いなくなる。という計画だった。


《この分だと、今回の仕事もラクに終わりそうだ》

「油断するなよ」


 緩みきった同僚を叱咤するパイロット。


 それと同時だった。

 網膜の隅に表示されていた円形のレーダー。そこに光点が一つ灯る。

 熱源反応だ。味方を識別するために事前に登録されてある反応パターンとは違う。

 それはすなわち―――


「話をした傍から敵性反応。新手だ、来るぞ」

《あぁ、分かった。……いや、待て、何だこいつ!?》


 同僚が息を呑むのと、パイロットがレーダー上に映る光点、その接近速度に眼を見張るのはほぼ同時だった。


「速い!こいつ、素人の動かすパッチワークのガラクタなんかじゃないぞ!」


 熱源反応はすでに有視界域の距離にまで接近している。

 最早レーダーを見るまでもない。光学センサーも捉えられる―――すなわち目で見えるところまで迫っているということだ。


「迎え撃つぞ!」


 そう叫ぶパイロットの視界に映る、一条の流星のような光。

 それは、濃灰色に塗り込められた一機のExAが、フルスロットルで噴射するブースターの光だった。

 前方の道路を、足が地面から離れるほどの勢いで滑空している。


 そこに目掛けて、二機の《キュクロプス》が迎撃の射撃を放つ。

 だが、命中しない。敵機はこちらの発砲を見越したように、機体脇腹にある制動用のサイドブースターを噴射して素早く横に飛び退き射線から外れる。

 無数の弾丸が、今しがた敵機のいた場所を虚しく通り過ぎていった。


《ちょこまかすんじゃねぇ!》

「あいつ、武器を持っていないのか……一体なんのつもりだ」


 立て続けにアサルトライフルを連射する。『下手な鉄砲~』の理屈で広範囲に弾をばら撒き牽制するが、それすらもあの敵には通用しなかった。

 機体各所のブースターを次々と噴射させ小刻みに機体を方向転換させながら、なおもこちらに接近してくる。

 その動きの軌跡は、上から見ればさながらジグザク模様を描いているようだろう。だが、向こうが反撃する様子はない。

 あの正体不明の機体は火器を搭載していない。ほぼ丸腰なのだ。

 それで戦うつもりがあるのかどうかも知らないが、もしそうだというのなら向こうには接近する以外に攻撃する手段がないのだろう。

 だからこそああやってフルスロットルで推進をかけている。

 相手がどれだけ素早くこちらの攻撃を回避したとしても、これならアドバンテージは未だこちらにある。


「焦るなよ!いっそ向こうにもっと近づかせて、至近距離で撃ちまくるんだ、そうすれば当たるだろう」


 パイロットが叫ぶのと、ほんのコンマ数秒遅れてのことだった。

 いよいよ彼我の距離が数十mというところまで迫ったところで、濃灰色の敵機の速度が急激に下がるのが見えた。

 ブースターの噴射を止めたのだ。


《チャンスだ!》


 僚機がそれに反応し、今度こそ直撃を食らわせようと両腕の銃器の武装を構える。

 だが《キュクロプス》が引き金を引き、まっすぐ敵機を捉えた銃口から弾丸が吐き捨てられたその瞬間には、


 相手は消えていた。



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