6.
※※※※
光の差さない暗闇。
ExAのコックピットは胸部に存在する。
乗降用のハッチを外部の操作盤で開放し、その奥にある人ひとりがやっと収まる程度の小さな座席に身を落ち着ける。
そうしてハッチを再度閉鎖すると、それでもう外部から隔絶された空間が出来上がった。
何も見えず、何も聞こえない。それはまるで胎内潜りか、あるいは棺に入れられて埋葬されるかのようだ。
コックピット内には特別な機器はほとんどない。
本当にただ身を預けるためのシートと、後はグリップ状のデバイスをそれぞれの手で握りしめている、ただそれだけだ。
そんな中で、エリックが小さく唱えるように言う。
「神経接続……」
その瞬間だった。首筋にわずかに刺すような痛み。
その次に、暗闇に閉ざされていたはずの空間に光が灯る。
無数の緑の光がいくつかの文字列となって視界に表示される。それは、彼の網膜に直接刻み込まれていた。
『メインシステム起動』
『ナノマシン励起開始』
『シナプス置換』
『センサー投影開始』
『動力部同調開始』
やがて、頭の中を埋め尽くすようなそれらの表示が全て消えさり、続けて視界がさらにひときわ明るく開けた。
見えてきたのは、地下倉庫の光景だ。
遠くの方でこちらをじっと見ているレギンがいる。その姿は、どこかちっぽけなものに見えた。
ExAに乗り込んだ操縦手はまず、首筋に少量のナノマシンを注入される。それは体内に進入し、やがて延髄を通して神経にまで接続する。
そこから、機体の各種情報が脳内へと直接伝達されるのだ。
今エリックの網膜に映っている光景は、機体の光学センサーが読み取る外部映像だった。
そうして、深く神経にまで繋がったナノマシンは逆にパイロットの脳が発する信号を読み取り、それをダイレクトに動力部に伝える。
それにより機体は動作する。すなわち、ExAの操縦に身体は要らない。パイロットが思考するだけで動かすのだ。
動力伝達部にもナノマシンが用いられている。機体の隅々に張り巡らされたナノマシンがある種の末梢神経のようなものを形成し、パイロットからの信号を迅速にフィードバックする。
その反応速度はそれこそ人が手足を動かすのとほぼ同等だ。
いうなれば、ナノマシンを通してパイロットの神経は外部にまで拡張され、この七mの巨体が新たな四肢となる。
―――《Extension Arms》それを略して《ExA》。その名称も言い得て妙だ。
この兵器はまさしく、人間の肉体の延長であるのだ。
そして、アンドロイドであるレギンレイヴの構造もこれと似たようなものだった。
残った彼女の身体にリサイクラーから買い取ったパーツをつなげると、後は彼女のナノマシンがひとりでにパーツの動力部を繋げてしまったのだ。
そのため、修理などと言ってもエリックがやったことなどただくっつけただけ、後のことはレギン自身が勝手にやってくれた。
ナノマシンが擬似的な神経を形成するという点で見れば、これはExAの操縦原理とどことなく似ている部分がある。
レギンのことを『ExAと似ているどころか、そのものだった』とエリックが表現したのはこういった理由だ。
なるほど、やはり彼女はExAを操縦するために作られた特別性のアンドロイドなのだろう。
以前推測したことを、改めて確信する。
が、今はそのことについては置いておくことにする。
彼はナノマシンを通じて鋼鉄の巨人の四肢にまで広がった自らの神経に意識を巡らせる。
そうして爪先に意識を傾け、念じた。
『歩け』と。
駆動系が起こす僅かな軋みの音と共に、倉庫に佇立していたExAがゆっくりと動き始める。
その装甲に包まれた分厚い右足が前に出て、一歩を踏み出した。
七mの機体が人間そのままに歩けば、その衝撃と振動はかなりのものになる。コックピットには相当な負荷がかかるだろう。
が、それもまたナノマシンの恩恵が打ち消した。
コックピット周囲にも無数のナノマシンが埋め尽くすように充填されており、それが外部からの衝撃に対応して随時形状を変化させる。
そうすることで、振動が搭乗者に伝わる前にそれを逃がす。言うなれば液体のように柔らかく包み込んで守っているのだ。
このショックアブソーバーにより、実際に伝わる負荷は極限まで抑えられていた。
「レギン、開けてくれ」
エリックが呟いたその声が機体の外部スピーカーによって拡声され、外にいるレギンに呼びかける。
それに応じ、レギンは倉庫の隅にあった基盤のスイッチを押した。
次いで天井の一部がゆっくりとせり上がるように開放され、それに伴い床面も持ち上がりゆるやかな傾斜を形成した。
この倉庫は元々大型の車両などの搬入を想定していたものなのだろう。あれはその乗降口だ。
それなりの広さがあり、ExAでもなんとか出入りすることは出来るだろう。
というか、そうでもなければそもそもこの機体を倉庫に置いておくことがまず無理だったが。
あそこから外に出れば、後はもう戦場だ。
お膳立ては終わった。ここまで来て足踏みしているわけにもいかない。
機体を乗降口の傍まで移動させつつ、続けてレギンに呼びかけるエリック。
「俺はこのまま出る。だがな、それから先はもうお前のことをいちいち面倒見て、命令してやることなんて出来ないからな。
後のことはレギン、お前が勝手に判断して行動しろ。俺のことをほっといてここから逃げるならそれでいい。
それとも、俺にこんなことをけしかけた手前、お前も戦うか?武器も持っていないがな」
相変わらず皮肉めいた物言いに、センサーを通して脳裏に映る彼女が応える。
鋼鉄を隔てた外部の音声であっても機体は拾い、エリックの聴覚に届ける。
「命令を遂行します」
「いつもそれだなお前は、どう命令を遂行するんだか……。それじゃあな、無理はするなよ。
お前までこんな馬鹿な真似することはないだろ」
そこまで言い終えたところで、エリックはレギンのことは意識の隅へと追いやった。
彼の頭の中にあるものはもう、ExAの操作系が神経に伝達する各種情報と、自分がこれから叩くべき相手の存在だけだ。
もう一度だけ瞼を降ろし、その機能を機体に代替され最早臓器としての必要性のなくなった眼を閉じる。
そうして、今や自らの四肢の延長となった鋼鉄の巨人に向けて、静かに語りかける。
「結局、今俺の手元に残ったのはお前だけだった……」
誰かがこう嘯いていたことを思い出す。
―――その者。冠すら見えぬ持たざる王。
故にその名、―――
「行くぞ、《キング・ナッシング》」
《持たざる王》の名を持つ濃灰色のExAが、背部および腰部に搭載されているメインブースターから炎を吹き上げ、一陣の風となって倉庫から出撃した。
※※※※
エリックの乗った―――あるいはエリックそのものとなったExAが倉庫を飛び出し、戦場となった第二十四居住区へと躍り出る。
その後姿は一瞬で見えなくなり、倉庫には機体の軋轢音も聞こえない静けさが戻った。
どこかで火薬が弾ける音は聞こえるが、それも意識しなければ対岸の火事、どこか遠くで起こる瑣末事のようである。
その中でしばし佇むレギン。が、それもほんの数秒のことだった。
彼女は今しがたエリックが去っていった乗降口を、その無機質な瞳で眺めながらただ一言つぶやく。
「命令を遂行」
それを最後に、彼女もまたせり上がった床面を駆けあがり、巨人の後を追うように倉庫から出た。
その疾駆たるや、人間のそれではない。狩りに臨む肉食獣のそれに匹敵する速度だった。
もっとも、そういった獣の類も先の大戦の騒乱で絶滅したのだろうが。




