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5.



    ※※※※



 どこかで鳴り響いた破裂音が、地下倉庫にいるエリックの耳にまで届いた。


「始まったか」


 そうつぶやきながら、彼は床に放り出された寝袋に手早くいろいろなものを詰め込んでいく。

 数日分の食糧と水。それだけでなく、充電済みのバッテリーや液体燃料を満たした小型のタンクなども入っている。

 これからこの第二十四居住区を捨て、別の居住区へと移ろうというところだった。

 とはいえ、荒廃したこの世界においては人が住める場所などそうそうない。

 彼の知りうる限りもっとも近い居住区でも、今から向かえば最低でも丸一週間は休まず歩き続ける必要があった。

 そのため、最低限の用意というものはしておかなければならない。

 それに用意というのは、何も水と食糧だけではない。居住区というのはどこも逼迫した状況だ。

 そこに住まう僅かな人間を養うだけで精一杯というところも多い。この二十四居住区はまだ恵まれている方だ。

 そういったところに手ぶらの丸腰で押し入り『匿ってくれ』などと言ったところで、あっさりと信用されるわけがない。

 最悪の場合そのまま排斥されて再び路頭に迷うこともあり得る。

 そうならないためにも、即時的な物資をある種の担保として渡すことで、自分が有用な人間であるという証明をしなければならない。

 バッテリーや燃料というのはそのためのものだ。

 そういったただ生きるためのものだけではない物資も合わせた結果、リュックサック代わりの寝袋がパンパンに膨れ上がるほどの大荷物になってしまった。

 しかし、この先もこの世界で生きていくためにはこれぐらいの重荷は背負って当然だった。

 先程の破裂音を聞くに、すでに《国家》の連中は攻撃を開始した。しかもこの音の大きさは、


「あいつら、ExAを出して来やがったか。まぁ当然だろうな」


 このままではいずれ倉庫付近まで破壊が広がるかもしれない。その前に早く行動しなければ。


「行くぞ」


 傍らにいたアンドロイドにそう短く呼びかけながら、寝袋を背負って歩みを進めようとするエリック。

 が、その瞬間だった。今しがた呼びかけたアンドロイド―――レギンレイヴが彼を呼び止める。


「戦わないのですか?」

「…………」


 その言葉にエリックは、呆気に取られたような顔を彼女の方へ向ける。

 そうして、その目元は徐々に忌々しげに細められた。


「なぁレギン。そもそもの話、《国家》ってのが何なのか知ってるか?

 昔に存在していた『国家』じゃない。今この世界における、その言葉の意味だ。簡単にでいい、言ってみろ」


 その問いかけに、レギンはすぐさま返答する。


「現在の世界における人類のコミュニティにおいて、もっとも大規模な部類のものをそう呼称します」

「そうだ。何もかもめちゃくちゃにした先の戦争だが、それでもずる賢くやり過ごして上手く生き残った連中がいる。

 例えば、その当時の政府の高官だとか、軍の関係者だとか……つまるところ戦争の()()()だよ。

 自分達で起こした戦争なわけだから、そこから逃げる方法もよくご存知だったわけだ。

 奴らは戦争から生き残った後、隠し持っていた資源を元手にいち早く生活圏の復興に取り掛かった。

 それまではいいさ。人が住めるところをいち早く用意しようってのは大事なことだ」


 そう語る間にも、遠くの方で炸裂音が響くと共に、かすかに地響きのようなものも発生する。

 最初は途切れ途切れに断続的だったものが、徐々にその間隔を狭め小刻みになっていた。

 今、この居住区には次々と国家の戦力が降り立ち、その先々で攻撃を仕掛けているのだろう。

 連鎖的な戦闘が起こっているのだ。

 そしてそこには、人型兵器であるExAも投入されている。

 時折聞こえるひときわ大きな音はその発砲音だろう。人の数倍の大きさの巨人ならば、それが扱う銃火器の威力も数倍だ。

 小さな拳銃であろうと、撃てば人は殺せる。となればExAからの攻撃を受ければ、人間などそれこそドロドロのペースト状にまで砕けて飛び散ることだろう。

 乾いた音がどこかで鳴り響くその度に、それが実際に起こるのだ。


「だがな、奴らは復興したインフラとそこから取り戻した資源を、自分達だけで独占した。

 決して他の難民に明け渡すようなことはせず、一部の選ばれた人間だけのものにしたのさ。

 食糧、水源、燃料、住居、それに軍事力、それらが豊富に手に入る土地を、全部独り占めにしやがった。

 そうして自分達だけで美味い汁を啜りながら、あまつさえかつて世界を管理していた存在を指して自分達のことを《国家》などと名乗り始めた。

 まぁ、いうなればこの世の勝ち組だな。それに対して俺達コロニストは負け組。

 世の中の流れに取り残されて、それでも生き残るために国家の連中が食い残したような痩せた土地をなんとか開拓してきた。

 自分達だって復興されて住みやすくなった土地に入れて貰おうと、奴らと何度も交渉して、その度に無碍に断られながらな。

 そんなことが何十年と続けば、どうなると思う?」

「国家に対する反抗意識が生まれます」

「そうだ。自分達を無視し続ける連中に思い知らせてやるとばかりにな。あの髭のジジイのようなことを考える奴が、いたるところで現れたよ。

 だがな、そんな連中が迎える結果が、()()だ。

 俺達はコロニストだかリサイクラーだかと大仰な名前で呼んで自分達を慰め合ってるがな、結局のところ国家の連中にとっては生きていてもいなくてもどうでもいい虫けらみたいなもんだ。

 その虫けらが自分達にまとわりついて噛み付こうとしていると分かれば、奴らは手にした武力で叩き潰そうとしてくる。

 それが今、この居住区で起こっていることだ。分かるかレギン、えぇ?

 国家の戦力は圧倒的だ。ExAだって、五機どころかその三倍の数を差し向けてるだろう。戦おうとしたところで、勝ち目なんてないんだ」


 そこで一度言葉を止め、レギンの眼前にまで詰め寄る。

 そうしてわずかに語気を強め、半ば恫喝するようにエリックは続けた。


「その上でもう一度、さっき言ったことを繰り返してみろ。お前、なんて言った」


 だが、それでもレギンは表情を変えない。

 アンドロイドに脅かしなど無意味なと無言の内に反論しながら、即座に応える。


「エリックは戦わないのですか、と質問しました。貴方にはExAがあります」


 そうして、倉庫の中央で未だ静かに佇立し続ける濃灰色ガンメタルカラーの巨人を指し示す。

 それに、エリックの顔の険が益々深くなる。


「それも昨日言ったところだろうが!俺がアレを持ってるのは単なる成り行きだ。実際に乗るつもりなんて毛頭ない。

 今更一機頭数が増えたところでどうなる、一緒に死人も増えるだけだろうが。

 お前は何か?俺にこのゴミの山みたいな居住区とそこに住まう身勝手な奴らへの義理でも果たせとでも言うのか?

 嫌だね、そんなこと。あんなクズ共のことなんざ知るか。

 そもそも奴らが何を血迷ったのか知らないが武器なんて仕入れたりしなければ、ここにだって当分は安定して住めるはずだった。

 自業自得じゃねえか。自分達で貯めたツケを自分達で払って、そのまま勝手にくたばればいい。

 それにだな、見てみろ!この機体、武器は搭載しちゃいない。お前にはこいつが銃を持っているように見えるか?見えんだろうが。

 そもそもこいつは戦闘が出来る状態じゃない、丸腰なんだよ。それで戦えるわけがないだろう!」


 レギンの事を突き放すように口早に捲し立てるエリック。

 だがその饒舌な語りを、たった一度の声が制止した。


「エリック・ハートマン。当機を―――アンドロイド、レギンレイヴを再起動させた人」

「……」

「貴方は虚言を行っています」

「なんだと」

「表情筋の微かな痙攣や、脈拍の不安定さからそう推測しました。

 貴方がこの居住区とその住人に対して無関心であることは事実だと思われます。

 彼らが自業自得であるという考えも合理的です。彼らを救援するために戦闘に参加するというのは不推奨です」

「だったらなんで―――」

「その上で、貴方はあの機体を所有している。それはすなわち、エリックにはExAを操縦するための能力が備わっていると判断します。

 貴方はその能力を、今この場で行使したいと考えている。当機にはそう見受けられました」


 疑う余地もない。それが事実だ。

 とでも言いたげに、はっきりとした口調で結論付けるレギン。

 それに、エリックは鬼気迫る表情で言い返す。


「ふざけるのも大概にしろよアンドロイドが!!武器も持たずに出てけってか、その前にまずはお前を元の芋虫に戻してやろうか!」

「エリック」

「……ッ」

「当機はアンドロイドです。使用者である貴方の命令を、最終的には遵守します。

 それ故に、その命令の是非を問うことは、その時点で不可能となります。

 下された命令が、命令者自身の意思に反するものであっても、実行するしかないのです。

 我々に出来ることはただ、貴方がたヒトが最後に下す決定が、貴方がたの心からの本意であることを祈ることのみです。

 どうか自らのことだけは、偽らず、裏切らないでください」


 エリックの顔からは、いつの間にか強張った怒りは失せていた。

 彼はただ眼の前にいるアンドロイドの言葉をじっと聞き、それからしばらくの間、静かに瞼を伏せるだけだった。

 薄皮の幕が下り暗闇に閉ざされた視界の中、ぼんやりと浮かび上がってくる光景がある。

 それは自らの心の奥底に眠る遠い記憶、その想起の姿であった。



 ―――見える。

 思い浮かべれば見えてくる。


 荒野の地平の彼方を、埋め尽くすほどに押し寄せる鋼鉄の巨人の群れ。

 その数を数えることすら困難だ。真っ直ぐにこちらに向かってくる。

 それを目の当たりにする彼の耳に、誰かが叫ぶ声が届く。その声は誰かを罵り、糾弾している。

 その誰かとは、エリックだ。


「こんな世の中で、くだらない偽善を掲げて生きていけるわけがなかったんだ!

 俺達はお前に騙された!奴らじゃない、お前だ!!お前のせいで俺達は死ぬんだ!

 みんなみんな……お前のせいだ!!」


 瞼の裏の景色が切り替わる。

 荒野は燻る炎に包まれた。先程見えた巨人―――ExAの群れは皆破壊されて死に絶えた。

 だが、それ以外の者達も皆死んだ。無数の残骸と肉塊が、視界を埋め尽くさんばかりに散乱する。

 そして足下に眼を向ければ、そこにうつ伏せに這いつくばる一人の男の姿があった。


「…………オマエノ、セイダ」



 ―――そこで想起は終了した。

 再び暗闇が戻った視界、瞼の幕を上げて眼を開ける。

 現実へと立ち返ったエリック。その顔には再び、憤りの色が塗りたくられていた。

 先程までとは違う怒り。だがそれは先程よりも遥かに深く、熱く、それでいて静謐なものだった。

 深い影の落ちる細められた眼をわずかに伏せ、どことも言えない宙の一点を見つめ続ける。

 それは、景色としては見えなくなっても未だ胸の奥に残り続ける確かな記憶を、なおも眺めようとしているのか。


「レギン。もし俺に、このクソみたいな世界でまだやるべきこと、やりたいことがあるというのなら。

 アレに乗るだけの理由があるというのなら。

 ……それは一つだけだ」


 『復讐』。


 その二文字がエリックの脳裏に浮かんだ。



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