声優弁当小説
アイドル声優とコンビニバイトを掛け合わせて作ったお話です。
私の名前は須藤亜美。東京で彼氏と同棲していると言えば聞こえは良いが、実際は一人では家賃と光熱費が払えないだけだ。彼氏の名前は山田孝。バイト先のコンビニで知り合い、趣味がアニメ鑑賞と声優イベントに行くという共通点があって付き合う事になった。金が無いから休みの日は自宅でネットかゲームくらいしかやることは無い。声優雑誌を読んでいた私が
「孝くん、今月号のグラビアに載っている新人声優の野村美佳、前見たときより顔色が良い。というか肉付きが良くなった」
とネトゲをしている孝に話しかけた。
「太ったって言う事?」
と聞かれたので
「違う。前に見たときはもっと不健康レベルでガリガリに痩せていた。今期のアニメでも脇役しかしていないのに太るっておかしくない?」
「何かあるんだろう。俺は知らない。ファンの応援をカロリーに出来る新技術でも開発されたかな?」
と答えが返ってきた。ここで話が終わってくれれば、どこにでもよくある貧乏フリーターカップルのだべり話で終わったのだが、話はまだ続く。
仕事の日のシフト交代の時だ。私は深夜のシフトだが、孝はアニメをリアルタイムで観たいという理由で昼間のシフトに入っている。
「おはようございます」
と店長に挨拶して、制服に着替え、レジに入る。私服に着替え終わった昼間シフトの孝が帰り支度をしている。
「お先、上がります」
とバイト仲間に挨拶をしていた。店長の後藤太一さんに
「廃棄する弁当、もらっていきます」
とことわっているのが見えた。ウチの店では店長の許可さえ取れれば、賞味期限の切れた廃棄する弁当はバイトがもらって帰っていい規則になっている。
「いいよ。でもビニール袋2袋分なんて食べきれるの?」
「俺、痩せの大食いなんです。人より多く食わないと駄目なんで」
と会話していたのを聞いて
(え、ウソでしょ?家じゃ普通の量しか食べていないよ?)
と私は思った。店のガラス越しに自転車を勢い良く漕いで帰って行く孝が見える。
(あれ?家と反対方向に帰って行く?浮気?)
次の週の同じ曜日、私はシフトを変わってもらって自分の自転車にまたがりながらバイト先のコンビニを見張っていた。バイトの交代が終わり、孝が先週と同じく自転車で自宅とは反対に帰って行くのを見て尾行する。時刻は深夜一〇時。
孝が向かったのは築50年は経過していると思われる貧乏アパートだった。孝はその1室に向かい、チャイムを鳴らす。出てきたのは若い女性だった。
(浮気していたんだ!)
スマホで現場を撮影して部屋に向かう。
「孝!何やっているの!浮気?もらった弁当で釣るなんて嫌らしいというか、ケチ!」
と怒鳴り込んだ。
「孝さん、彼女さんが誤解しているじゃないですか!」
「亜美、これは違う。浮気じゃない!部屋で話し合おう」
と言ってその女の部屋に上がり込んだ。風呂なしトイレは共同の4畳半一間で3人が向かい合う。
「孝、事情を説明して。浮気じゃ無いなら何なの?」
「亜美、落ち着け。この人に見覚えあるだろ?」
「今合ったばかりの女に見覚えあるわけ無いじゃ・・・・・・あれ?野村美佳さん?」
女の服装は安物のシャツにジーパンで、髪の毛を後ろでひっつめにして化粧もしていないので最初はわからなかったが、よく見れば確かに声優の野村美佳だった。
「バレちゃったら仕方ない。事情を説明しよう。もうウチのコンビニを辞めた声優オタクの先輩から引き継いだボランティアなんだ」
と孝が話し始めた。
コンビニ弁当には確かに賞味期限がある。しかし、過ぎた途端に即腐る訳でも食べられなくなる訳でも無い。事実、期限の切れた弁当の一部は休憩中のパートやアルバイトの腹に収まっている。それでも食べきれる量では無い廃棄弁当は捨てるしか無い。
「俺がレジをしている時間帯に、野村さんがよく店に来たんだよ。でも、買っていく物が毎回納豆巻き1個とお茶だけなんだ」
「声優デビューはしたんですけど、とても食べていける仕事量じゃないんです。仕事もお金も無い日はお湯を飲んで部屋で寝ていました」
「それが毎回続くし、声優雑誌を読んでいても食えない声優の話や栄養不足による肺炎で死ぬ話は嫌というほど目にするから見るに見かねてな」
「私がいつものように支払いをするときに孝さんがこっそり声をかけてくれたんです。(あと、15分店の外で待ってください。そうすれば腹一杯食べさせてあげます)って」
「バックヤードの廃棄弁当を持てるだけ持ってバイトを上がって、野村さんに渡したんだよ。それから信頼関係を徐々に作っていって、今はバイトが終わった俺が自宅まで届けるようになったんだ」
二人の話を聞き終えた私はため息をついた。
「はーっ、売れない声優って今の日本で餓死する職業なんだ。店長にバレたら立派な業務上横領でクビよ」
「それでも、毎日毎日賞味期限が切れただけでまだ食える弁当を山ほど捨てているとだな(これ、ゴミ回収業者に渡すより声優さんにあげたほうがいいんじゃないかな?)って思えてしまうんだ。食えない声優さんを助けたいんだ」
「事情はわかったわ。だけど一つだけ答えて。孝、アンタ野村さんとセックスは本当にしていないの?」
「していない!俺の先輩もしていなかった!だってもう俺おまえがいるし、セックスには不自由していないから。弁当を餌に声優さんに肉体関係強要なんて人として駄目だろ?」
孝の言葉に私は
「わかったわ。信じる。だけど、もっとバレないようにして。現に私は怪しいと気がついたんだから。店長だって馬鹿じゃないんだよ」
「わかった」
孝は頷いた。
「じゃ家に帰ろっか。孝。野村さんも体には気をつけて」
「店長に言いつけないでいてくれるんですか?」
と野村美佳。
「言わないよ。だって私もアニメと声優さん好きだし、バイトのゴミ出しのたびにもったいないって思っていたし」
と私。
帰り道、孝に
「これって、スマホとSNS使って組織的にやったほうが効率がいいというか、もっと多くの声優さんを救えるんじゃないの?」
と聞くと
「確かに救える声優の数は増えるが、捕まるリスクも高まる。それに組織は必ず腐る。ヘタにネットワークを作ると上下関係、先輩後輩、弁当で支援している声優の可愛さや人気で自然に不満と嫉妬が貯まり出す。なにより、組織化すると誰か一人が捕まると芋づる式に全員逮捕される」
翌週から私も協力することにした。アニメも声優も孝も大好きだからだ。
翌週、私がシフトに入っている時に野村さんがコンビニに来た。
「あれ?野村さん、お腹空きすぎて待ち切れ無かったの?今は無理だけどバイトが上がればどっさり・・・・・・」
「違うんです。同じ事務所の加藤亜里砂ちゃんが仕事が無くて飢え死に寸前なんです。助けて下さい」
「あの新人だけど一応アイドル声優の加藤亜里砂が?住所は?」
「ちょっと遠いんです。台東区です」
「確かに遠いわね。自転車じゃ無理だわ。孝に相談してみる」
その日の晩に孝に相談した。私たちだけでは助けられないけど、困っている声優がいると。
「あまりやりたくはないが、メンバーを増やすしかなさそうだ。今度の休みに台東区に出掛けて同志を探そう」
翌週、台東区に5人で行った。私と孝以外に野村美佳と後藤亜里砂、それと同じ事務所のアイドル声優の斉藤ゆかりだ。声優さんは何をするかというとコンビニに入ってレジ前をうろつくのが任務だ。同じく店内にいる孝は観察係だ。店に新人声優さんが3人もいて動揺しない声オタは信用できるそうだ。
1件目と2件目はハズレだったが、3件目で当たりがいた。表情は変えずにレジ打ちをしているが、明らかに視線で声優さんを追っている。あとはコンビニの前であのバイトが上がるまで待てば良い。私服に着替えて帰りはじめたバイトが歩いているところで声をかける。警戒心を解くために声優さんにも協力してもらう。私と孝の二人だけでは怪しい人だが、声優さんが3人もいれば話を聞いてくれる。
「ね、ね、君。声優すきでしょ?」
と孝が声をかける。
「何ですか?あなた・・・って声優の野村美佳さんに後藤亜里砂さん、斉藤ゆかりさんまで?何の用ですか?」
「君の力が必要なんだ。話を聞いてくれ」
と言って帰り道の途中にあった公園に連れ込む。ベンチに座って孝が話し始めた。
「君の名前は鈴木武だ」
「違いますよ。僕の本名は・・・」
「いいんだ。鈴木武はコードネームなんだから」
といって孝はこの間私に野村美佳のアパートでした話をくり返した。
「僕たちの事情はわかってもらえたかな?」
と孝が言った。
「要は廃棄処分する弁当の横流しですね。店長にバレたら即クビですよ」
「そうだ。それにもしもバレたら全国のコンビニで働くアニメオタク、声優オタクの立場が悪くなる。報酬は声優さんの感謝のみ、セックスなどの対価は求めてはいけないんだ」
「でも、やれば、声優の飢え死にを防げる」
「そうだ。できるか?」
「うーん」
と鈴木武はしばらくうなった。その後に
「わかりました。やりましょう」
と引き受けてくれた。
「やってくれるか」
「ええ。とりあえず忘れ物したとか言ってウチのコンビニの廃棄弁当取ってきます」
と言って鈴木武は着た道を戻っていった。
「これで後藤亜里砂さんはもう飢え死にだけはせずに済む」
「ありがとうございます」
と後藤亜里砂。
実はこのあともいろいろあったのだ。声優の自宅住所はどうごまかすか、受け渡しにいつ来るかなど。しかし、お互いの本名すら知らない同士なので私にはよくわからない。知っているのは孝だけだ。
翌週、私がシフトの時にゴミ出しに行くとゴミ回収車の時間帯とぶつかった。会話を聞くと
「最近、ここの弁当のゴミ減ったよな」
「単に俺たちが回収する前にホームレスが食べているだけじゃないですかね?」
と聞こえた。
(良かった。バレていない)
完
新しいアイデア捻出は異質な物同士を組み合わせるしかない。
常識を破りたいとは誰でも願うが、常識はなかなか壊れない。