1-3 エンカウント
あの暴発以降、試行錯誤の上何とか十歩を火炎放射器のように扱えるようになった。これでようやく唯一の武器を得ることが出来た。基本的に生物なら炎を怖がってくれる筈だという希望的観測で見切り発車を決意する。ここにいても襲われる心配はないが何も変わらない。何より洞窟の中という閉塞感に我慢の方も限界に近いのだ。暗いしジメジメするし臭いし精神衛生上非常に宜しくないのだ。とにかくここが最深部なのだから移動したってここより最悪になる事はないだろうと高を括って出発することにする。
十歩の光源を松明代わりにして進む。途中幾度か広い空間に出る事があったが基本的に通路は狭い。高さ的には2.5mくらいはあるだろうが横幅は2m程しかない。人となら十分にすれ違えるが、人ならざる場合はそうもいかないだろう。だがしかし一つの光明があった。奴に説明されたことだが見た目は人間そのものでも肉体自体は迷宮主なのだ。普通に考えるなら何かが出てきたとしてもそれは配下ではないだろうかと考えてみた。配下ならば攻撃などしてこないだろうし意思の疎通さえできれば何かと役に立つんじゃないだろうか。推測の域を出ない問題なので遭遇するまではわからないが希望くらい持っていても問題ないだろう。道中、数か所の分岐が現れたが空気の流れがある方を選び進んでいった。2時間ほど歩いただろうか未だにごつごつとした岩肌以外目に入ってくるものは無い。実際に行動し始めると早く外に出たいという欲求が募って来る。今までは慎重に歩みを進めていたのだが結果を求め焦った心が油断を招いた。見通しのきかない角を曲がったところでの突然の遭遇。そこは少し広めの空間が存在していたが入り口の左右には豚の様な頭を持ち異様に太った人型体形の生物が座り込んでいた。慌てて距離を取ろうと通路に飛びのくがその動きに反応するかのようにその生物も立ち上がる。身長約2m。危険な害獣として認識されている猪よりはるかに巨大で熊ほどのサイズである。背筋に嫌な汗を感じながら睨みつける。逃げようと背中を見せれば瞬間的にでも襲い掛かってきそうな雰囲気である。距離的にも不味い。唯一の武器である火炎放射は近すぎる距離で発動すれば自らも巻き込まれる危険もあるし、何よりまだ集中が出来なければ発動できないのだ。動物園の熊と同じ檻の中で初心者がバルーンアートに挑戦するようなものである。まぁ端的に無理だろう。従って残った手段に訴えるしかない。
「この迷宮の主だ。動くなっ」
ありったけの威圧を込めて叫ぶ。言葉が通じなかろうがこちらの意図さえ通じれば動きを止めるはず。刺激しないように一歩後退するが同じく相手も距離を詰めてくる。同じ一歩でも後退の為の一歩と相手を仕留める為の一歩では自然と動きに違いが出る。本能的にコミュニケーションは不可能で尚且つ獲物として認定されていることに疑う余地もなかった。攻撃手段も身を守るすべもない。ならば腹を括るしかなかった。打撃がどの程度通じるか不明な部分が大きいが壁面を抉った威力が可能なら対抗手段になり得る筈。しかしながら元が日本人の性なのか率先して生き物に攻撃するとなると自然と心にブレーキがかかってしまい躊躇う。本能全開で目に映るものは餌とばかりに行動するモノは戸惑いは弱さの表れと言わんばかりに丸太の様な腕を振り回し獲物を掴みにかかる。体格差を考えるなら捕まったら即OUTだ。悪い足場に狭い通路様な空間の中何とか必死に逃げ回るが一匹に追い詰められている間にもう一匹は背後から投石にて仕留めようと攻撃してくるので距離を取る事すら許されない。突き出される拳を身をよじり何とか躱すが足元に気を取られた瞬間に腕に薙ぎ払われ壁面に打ちつけられる。
「ぐうぅっ」
肺から空気が押し出され呻き声に変わる。壁からずり落ちるや否や止めとばかりの踏み付けが繰り出される。一発はまともに食らい視界に星を飛ばすが続けてもらう程のダメージはない。転がりながら足元から脱出し怒りに任せて脚の間を蹴り上げる。この生き物に金的なるものが存在するか否かは分からないが急所には変わりないだろうと思っていたが結果は惨憺たるものとなった。足を延ばしきった位置まで体の中にめり込んでいる。生温かなものが足を伝い下りてくる。余りの気色悪さに乱暴に足を取り出すとビシャ、ゴヴォッと音を立てて色々なものをまき散らす。飛び散ったものは全身を汚していき、ある程度の塊が抜け落ちるとそれまでビクビクと痙攣を起こしていたモノが糸の切れた人形のように地面に突っ伏し動かなくなる。体液やら形容しがたい中身やらにまみれながらもぞもぞと這い出してきた俺ともう一匹の目が合う。しばしの沈黙の後、奇声を発しながらもう一匹は逃げ去っていった。うんざりとした気分の中、少し離れた位置に腰を下ろし今は動かない肉の塊に鑑定を使用してみる。
名称:名無し
種別:魔物<オーク>
状態:死骸
技能:咆哮
情報:下位種の魔物。知能は存在せず欲求、本能に従って行動する。獰猛な魔物で自分より小さな動物はすべて食用とする。人型の雌種と交配可能で、交配により生まれた子供はすべてオークとなる。ゴブリン種に続いて繁殖力が高く驚異的な害獣の一種とされる。etc.
以前の鑑定結果とは詳細が異なっている。生物と無機物では鑑定によってもたらされる報が異なるようだ。それに知りたい情報が主に出てくるようで便利機能の様なものらしい。
etc.って何?そもそもライブラリでエトセトラ出てくる段階で問題がある気がするが知りたい事の大半は満足することが出来たので今は問題の先送りにすることにしよう。
このひっかぶった体液やらいろいろなものは悪臭こそ激しいが毒等そういったものは含まれてないらしい。念のために地面に広がった体液等にも鑑定をしてみたが問題は無かった。毒や害はないとはいえ自分の惨状からしてガリガリと精神的に削られて行く。この結果を引き起こした体は予想外に強力に作り直されているようだったが中身は数日前までは一般市民だったのだ。だが返って全身汚れた事により少し諦めがついたような気もする。素手で問題がないのであれば魔物を気にしながら進むのではなく。一気に突き進み一刻も早くここから脱出することが可能なのではないだろうか。もはや健全な思考は無く解放される為に只その場を離れることにしたのだった。