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1-2 決意と決別

あれからどれだけの時間が経ったのだろう。一人になってから行動をまだ起こせてはなかった。家族ともう二度と会えないという悲しみに、正直打ちひしがれ絶望していたのだ。どれだけ涙をこぼしても枯れる事はなかった。死んだことに対しての後悔はないが、子供たちの成長を見届けられない事が悔やまれて仕方がない。上の子の記憶には微かには存在できるかもしれないが下の子の記憶には残る事がないだろう。親は子供の記憶に残る事で安心して逝けるのかもしれない。このままここに滞在し続ければ目的すらも見失って正真正銘の魔物と成り下がるだろう。そうなれば我が子の為に異世界まで来たのにすべてが無意味となってしまう。ならば肉体が生まれ変わったのだ。五十嵐 啓治ではなく、最後に残った残りカスとしてこちらの世界で第二の人生を生きてやる。


「消滅するその時まで足掻く。そしてその分、楽しんでやるさ」

小さな声ではあるが口に出すと実際に少しはその気になって来る。

反響音ですら今までの静寂よりよっぽどましだ。薄暗くジメジメした洞窟で考えれば嫌でもネガティブな方向に考えが向くというもの。


「このまま化け物になんかなってやらん。目的も果たす。そして今度こそ一片の悔いなく消えてやる。」

先ほどまでの独り言の様な声ではなく洞窟全体に響き渡るような大声で叫んでやる。

どこぞの漫画に出てくる奴のように「一片の悔い無し」で立ったままの大往生は無理だろうが後悔はしない。心に決めて立ち上がる。幾分か心が軽くなるのだから不思議なものだ。ただ現実問題として迷宮の最深部からの地上への脱出は迷宮初心者?異世界初心者にとっては、かなりの無理ゲーだと思われる。

さぁどうしたものか?そもそも服装ですら転移前に着ていたものが再構築されているだけなのでジーンズにネルシャツなのだ。剣と魔法のファンタジー世界で防御力皆無の装備品なんて絶望ものである。それ以前に武器が無いのが大問題なのだ。元の世界で武器など所持したまま外を出歩いていれば警察に厄介になること間違い無しなのでもちろんポケットなんかにナイフが忍んでいるなんてこともない。ポケットを探って初めて気が付いたが胸ポケットに不思議な事にオイルライターと煙草が入っていた。物質の転送は出来ないはずじゃなかったのか?疑問を感じてライターを鑑定してみる。


名称:十歩

種別:点火装置

品質:最高品質

情報:魔力を用いて炎を宿す。迷宮主発生時の専用武器

   迷宮主の魔力により形成されているので手元から離れれば存在が消失するが

   魔力を込めれば存在の復元が可能。


「くっ・・・だらねぇ。」

愕然とする。これが武器だと・・・・。死亡時の所持品として無意識に魔素で再生された物だろうが使えなさすぎる。それではもう一方の煙草はというと


名称:雪駄

種別:回復アイテム

品質:最高品質

情報:周囲の魔素を吸収固定化し状態を保つ。吸引することにより

体力回復(微)

魔力回復(微)

思考加速(大)

迷宮主の魔力により形成されているので手元から離れれば存在が消失するが

   魔力を込めれば存在の復元が可能。


目眩がする。どんなファンタジーの世界に煙草とオイルライターで迷宮攻略する馬鹿がいるんだろうか?決意を込めて立ち上がったはずだが気力が続かず座り込んでしまう。長年の習慣とは恐ろしいもので何の疑問も持たずに煙草に火をつけ一服する。そういえばこれは本物ではなく不思議煙草の雪駄だった。少し焦ってみたものの味に関しては慣れ親しんだものと同じだ。同じならば少々のことは気にすべきではない。体に悪いとか前の世界ではさんざん言われていたが鑑定結果によると回復アイテムらしいので害はないだろう。現状体力全快、魔力全快らしいので他の効果は期待できそうにない。只、これが思考加速の効果なのかよくわからないが魔力感知が上昇しているように感じる。目を閉じ意識を集中せずとも淡く光の粒子がぼんやりと感じられるようになっていた。一服しながら粒子一つ一つをぼんやりと眺める。眺めていると体の周囲や体から湧き出てくる光の粒子は操作できることが分かった。


「多分、これが魔力操作の基礎なんだろうなぁ~。」

一服のおかげでリラックス状態なのも良い影響を及ぼしているのだろう。魔力を集めたり散らしたりを暇つぶしがてら練習してみると思いのほか簡単に操作できるようになった。

ここで十歩の存在を試してみる事にする。まず何も考えずに普通に火をつけると普段と同じような小さな炎しか灯さない。次に出来るだけ魔力を十歩に集中させた状態で点火する。


ゴウッ

轟音と共に巨大な炎の塊が現れた。予想よりもはるかに巨大な炎の塊に驚き、炎が眼前に迫ったはずみで十歩を投げ捨てる。右腕に引火した炎をはたいて慌てて消すが軽い痛みが走る。軽度の火傷を負ってしまったようだ。火傷の痛みを苦々しく思いながら投げ捨てた炎の塊を見る。まだ燃えていたが徐々に小さくなっていき、そして十歩ごと消失した。


「くそったれが」

火傷の痛みと失敗の苛立ちに任せて壁を殴りつける。

ドッゴッーン

殴りつけられた壁面は砕け抉り取られたように陥没していた。ドン引きである。予想外の結果に血の気が引きそうになるも、何とか踏みとどまり拳を確認する。怪我1つない拳がそこにはあった。通常なら拳の方も大惨事である。予想外の事故でいとも容易く火傷を負ったのに洞窟の壁面を陥没させても無傷な拳。何とも納得しがたい現象に首を傾げつつも取り敢えず落ち着く為に雪駄を取り出し咥える。しまった。先ほど十歩は跡形もなく消失したんだった。


「もしかしたらポケットに帰ってきたりして」

淡い期待を抱きつつ胸ポケットからジーンズのすべてのポケットを探るがやはり無いものは無い。


「何処行ったんだよ。火がつけらんねーだろ、出て来い十歩ぉ」

苛立ちに任せて叫んでみたら十歩は何と手の中に握られていた。

ん~自分の一部扱いらしいから、こういうことになるんだろうけど最早考えたら負けなんじゃないかという気分になって来る。火をつけ一服していると火傷を負っていた部分がむず痒くなってきた。見てみると何だか早回しのように傷が再生しようとしていた。吐き出す煙を患部に直接吹きかけると変化はより如実になる。傷跡の痕跡すら存在しない。傷が再生して嬉しい限りではあるが、正直<キモっ!>っていうのが感想だ。


「まぁこの辺りは慣れなんだろうなぁ」

煙草を燻らせながら独り言ちた。





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