0-3 取引
漂いながら今後のことに思いを馳せる。
目覚めた瞬間に俺の姿をみたらトラウマになるのではないだろうか?
出来る事なら妻や子供が目覚める前に病院に運ばれないだろうか。
思考する事しか出来る事がないので、そうした些事が気になるのだ。
まぁ自身の生存の可能性については見るも無残な姿なので早々に思考すら放棄されている。
今後の事を考え過ぎてそろそろ不安になった頃に変化が起きた。
静止した世界に突如ちいさな歪みが産まれる。
今更、自分の死体を眺めた後では何が起ころうと驚くことはない。今後の展開を諦めるように受け入れつつ歪みを見つめる。
最後の望みは叶える事が出来たが事故については納得できるものではない。
まぁどうしようもないのであろうが文句ぐらいは言える相手がいるのなら言ってやりたい。
歪みからはバスケットボール大の光の球体が現れる。
「いっやぁ~~!お疲れ~。自分の中身ですっころぶ奴なんてなかなか居ないよぉ~!まぁ良いもの見せてもらったお礼にご褒美でもあげちゃおうかなって考えて出てきたのだけど、どうかな?」
文句どころの問題ではない。イラっとくる。そして何気にコワい。
何があっても驚かないだろうと想像していたが、非日常の存在が喋ること自体に根幹からくる恐怖を感じてしまっている。しかしながら気力を絞り「ふざけるな」と怒鳴りつけようとするが声すら出す事が出来ない事に気が付き心の中で悪態をつく。
「ん~~。ちなみに君が思っていることはちゃんと伝わっているよぉ~。ただ君たちの世界でいわれるところの神様に向かっての感情ではないよね。寛大だから特別に許しちゃうけどね!」
さらっと怖い発言が聞こえた気がする。神?死んだら神が直接迎えに来るんだっけ?頭の中が疑問符だらけだが、ならばこいつが諸悪の根源な気もしてくる。
「もう面倒くさいなぁ。塵芥の運命1つ1つ決めてるわけないじゃん。基本的に僕は観測者だよ。」
人の倫理観で言えば死で楽しむなどクズ以外の何物でもないのだが、人々から神と畏れられる存在としてはこの上ない娯楽となるらしい。不条理極まりない事であるが他に縋るものが無ければ受け入れるしかないのが現実なのだ。
今回は支払った代償がお気に召したらしく選択肢が与えられるらしい。
「こちらの世界の人類は精神体の扱いが未熟だね。まぁ他の部分に特化しているから仕方がないのだろうけど。うまく会話にならないから端的に話を進めるね。まずご褒美に異世界でもう一回生きる権利が与えられるよ!しかも同じ魂のままで!」
何だろう若干テンション高めで最高だよねって感じで話しかけられても嬉しくないし。
しかも想像していたご褒美と違う。事故が無かった事にとか無傷で復活とかそちらの方がご褒美だと思うのだが。むしろこの年齢で異世界ニューゲームは罰ゲームとしか言いようがないのではないだろうか。
「何だかなぁ~。喜ぶと思ったのだけどなぁ~。
じゃぁご褒美は無しの方向で。親子そろって輪廻の旅にでも行くかい?」
んっ?
親子そろって?
何だ?死んだのは俺だけじゃないのか?
意識を手放す直前までしっかりと家族の様子は見ていた。呼吸が止まっている者など居なかった筈だ。
感情が暴れ始める。
「今、死んでいるのは君だけだけどね。すぐに男の子も精神体が死んじゃうよ。」
どういうことだ。
あんな思いをして助けた筈なのに、助けられた筈なのに何がダメだった?
死すらも受け入れて願ったはずなのに・・・。絶望に負けそうになる。生命を賭けてダメなのならば何を賭ければいい。
「すべてに答えてあげるほど優しくはないよ。只、素直に異世界に行って人類を増やしてきて欲しい。そうしてくれれば家族も救われる。まさしくご褒美だろ!
それに少しくらいの手助けはしてあげる。ご褒美だからね!まぁ但し細かい事は気にしないけど人類を増やすのが絶対の条件だ。家畜としてでもいい。今回は質より量ってところだね。100年かかろうが1000年かかろうが僕は気にしないから気長に頑張ってね。失敗すれば君の望みも叶わない。僕たちには時間なんて只の場所にしか過ぎないのだから。
それに僕としても異世界に送る為に強い魂を持つ君が適任なんだ。最後に君は断らないし端から断らせる気もないしね。それでは行っておいで。
次に覚醒するまでに情報は入れておいてあげる。」
世界が歪むのか意識が歪むのかすべて闇にのみ込まれる。