0-2 事の始まり
気が付いた時には運転席側に車が突っ込んできていた。
衝撃で鼓膜は破れ視界も奪われる。必死に目を凝らし靄がかかったような視界で子供たちと妻を探す。意識は無い様だが目立った外傷もない。
「ヴぁ・・い・・。」
声を掛けようにもうまく言葉にならないが子供に微かに動きがある事に安心した。
安心した事で周囲に目を向ける余裕が生まれたが瞬時に余裕など吹き飛んでしまう。
衝突してきた車が炎上している。このままではこちらの車も炎に包まれるのは時間の問題だろう。意識を失っている家族をこの車から早く脱出させなくては。
そこで初めて自分の体の異常を認識する。
右腕は車体に挟まれ潰され、脇腹にも車の部品らしきものが突き刺さっている。
あまりの現状に傷みさえ感じていない。
身動きは出来ず、残り時間さえ碌にない。付近には助けを期待できそうな人はいない。
詰んでいる。
このまま家族揃って炎に焼かれるなど・・・、
現状で意識がある自分だけが家族が焼かれるところを見せられるなど許容できるものではない。出来る出来ないの問題ではなく救うしか選択肢は残されていない。
親になって初めて理解したが脳は子供が出来ると作り変えられるらしい。傍から見れば不可能のことでも可能になるのだ。ぼやけたままの痛みの中アドレナリンの助けを全力で利用する。感覚的に腕の骨は砕かれ使い物にならないだろ。ならばちぎれかけた腕を案ずるより一刻も早く子供たちの安全を確保するべきだ。歯を食いしばり鬼の形相で体を動かし腕を引きちぎる。脇腹の傷も広がってしまったが止むを得ない。あまりの痛みに意識を手放したくなるが必死につなぎとめる。チャイドルシートからシートベルトを外し上の4歳の子を左腕に、下の1歳の子を肘までしかない右腕の脇に抱え込む。チリチリと焼かれるような熱気に襲われつつ考える。妻を救う手段を。
子供を安全な場所まで非難させてから妻を助けに来たのでは間に合わないだろう。
そして今こうしている間にも体から大量の血液が失われていく。
俺は生き残れないかもしれない。だが幼い子供の為にも両親のどちらかは生き残る責任が有る。ならば同時に救い出すしかない。
精神力が持つ限り足掻いてやる。
妻の洋服を口に咥え全身の力を込めて車から引っ張り出す。
一歩一歩倒れそうになりながら歩く。迫りくる熱気を背中で受け止めながら。
体は焼かれ脇腹からは内臓が飛び出していた。
後ろでは車が爆発炎上する音が聞こえた。
垂れ下がった己の内臓で足を滑らせる。瞬間身を捩じらせ衝撃を自分の体で受け止める。
やり切った・・・・。
全てを使いつくした。
もう傷みどころか体の感覚すらなくなっていた。
そして意識を失った。