1-12-3 ギルド支部を目指して 3
野盗アジト奥の広間に設置されている椅子に座りサーシャとフォウは顔を合わせ何故にこうなったと首を傾げる。目の前には地べたに正座をさせられたまま力なく俯く12人の男たち。サーシャの当初の目論見では武器も携帯せずに女連れの一行など追い剥ぎ共の格好の獲物となり少なくても一度くらいは襲撃されるだろうと踏んでいた。それでもアッシュの力なら問題になる事もなく、ねじ伏せ路銀の足しに変えようと考えてはいたのだが野盗一味の壊滅までは想定されてなかった。尚且つアッシュが人を殺す事を躊躇わなかったことがサーシャにとっては一番の誤算だった。ゴブリンの巣や村での振る舞いを見る限り甘く他人に優しい人物と評価していたのだが蓋を開けてみれば、火葬2名、肉塊4名。死屍累々である。何処に殺戮モードのスイッチがあるか分からない以上、慎重に事の成り行きを見守ろうと傍観者を決め込むことにした。
一方フォウとしては今までの心優しいマスターが絶望を振りまく殺戮者に豹変したものだから気が気ではない。すでに運命共同体なのだから、マスターに心を失ってもらっては困るのだ。自分がしっかり事の成り行きを見守りマスターを支えるべき時にしっかりと支えることが出来れば野盗が殺されようとサーシャが企み事をしてようと些末な事と自分自身を鼓舞する。野盗を値踏みするように歩くマスターの姿は野盗を従える頭目にしか見えない事にフォウは心を痛めた。
当の本人アッシュは正座する男たち周りをゆっくりと歩く。アッシュからの無言の威圧で野盗たちの背中に嫌な汗が伝う。足が止まり選ばれたら最後、頭目の様に見せしめに殺されると怯える野盗。すでに股間を濡らすものも出ている。アッシュは無言で歩くことによって十分に恐怖を植え付けた後、静かに口を開く。
「男は売ったら幾らになる?1号答えろ。」
1号と呼ばれた男はクイズ大会参加者ですでに十分にアッシュに痛めつけられ、歯も所々失い呼吸と会話がままならなくなっているが慌てて口から血をまき散らしながら答える。
「は、はいっぃぃ。大銀貨5枚ほどになりやす。見た目と頑丈さで多少の色はつきやすが。」
「男の命の値段は大銀貨5枚か・・・。で?お前ら金は幾ら手元に残ってるんだ?正直に話した方が良いと思うぞ。」
「有り金、全部合わせても金貨3枚あるかどうかって。何卒、ご容赦をぉぉ。」
野盗たちは額を地面に擦り付け懇願する。アッシュには金銭価値が理解できない為、瞬時に判断できないが金貨3枚というのは全員分の命の値段には及ばないのだろう。煙草を取り出し火をつける。深く吸い込み煙を野盗たちに吹きかけていく。当然、野盗たちは何をされているか理解できないまま傷を癒され、内容を知っているサーシャとフォウもアッシュの行動が理解できなかった。
「今吹きかけた煙は呪いで他人の恨みの念に反応するものだ。強い恨みに反応し煙のかかった部分から腐り落ち死に至る。要するに他の誰かを害すれば死ぬってことだ。これからお前たちは真人間を演じてもらおうと思う。嫌なら死ぬか奴隷として売られるか選ばせてやるが?・・・・。反対意見も出ないようなので話を続けるぞ。ここから徒歩で数日歩いたところにアゴル村がある。最近は魔物の襲撃で多くの働き手を失っているから仕事がある筈だ。そこの村長に俺の名前と金貨1枚分の金を持って、この間の礼として金と働き手を用意したと伝えろ。衣食住には困らない。お尋ね者のお前らが他の土地に行く必要もないだろう。精々頑張って真人間を演じて生きていけ。あの村なら悪さをしない限り、恨まれることもないだろう。残った寿命を全うできるぞ。どうだ、悪い提案ではない筈だが?」
野盗全員があっけにとられた表情でアッシュを見る。その中で1号が恐る恐る尋ねてくる。
「たった、たったそれだけでいいんすか?殺されたりしないんすか?」
「なんだ?殺して欲しいなら殺してやるぞ。」
十歩で大きな炎を作り出すとアッシュは1号に詰め寄る。慌てて距離を取る1号。
「とんでもねぇ。有難いっす。ただ俺らは仕事にあぶれ食うに困って野盗になった集団っす。お尋ね者集団に対しての条件としては破格の条件っす。少しばかり疑う気持ちがあったりなかったり~ってとこっすね。」
1号は煙草の煙によって出血は止まっているが歯自体を失っているので相変わらず何を言ってるのか聞き取り難い。口調に苛つきを覚えながらもアッシュは自らが行った結果として仕方なく受け入れる。
「殺しても俺に益はないし殺人快楽者でもない。売り払うために街まで連れて行くのも面倒だが、かといって利用できる人間を利用しないのも無駄だ。一番俺にとって得になる選択をしたつもりだが、罰が欲しいならくれてやるぞ。だがここにはすでに被害者もいなければ俺に関係ある話でもない。なら困窮している村の助けにした方が得だと思っているだけだ。もちろん害悪になるようなら即座に呪いで死ぬようにもしているがな。生涯、真人間を演じるのが罰だと思え。」
ひれ伏す野盗たちを確認してアッシュは1号に馬の手配と必要な物資を用意させた。結果一部始終を見守っていたサーシャとフォウ。サーシャとしてはやっぱりアッシュは甘くお人好しで今回の1件で一部危険な部分もあるが、想定以上に人に甘いという結論に至った。
本来なら今回の身入りは多くの収入に繋がるはずだったのだが、任せていた事であれよあれよと減っていき残ったのは馬が2頭・銀貨80枚・大銀貨4枚・銅貨240枚・大銅貨30枚。纏めれば金貨1枚と少しって所になる。自分が主導していれば10倍にはなったであろう。サーシャは悔しさに歯噛みしながら貨幣の詰まった袋を見つめる。
フォウはアッシュの行動に感動していた。アジト襲撃の動機は馬が欲しかったという不純なものだったのかもしれないが結果として野盗たちもアゴル村にもそれぞれ希望を与えた。
悪鬼の様な激しい部分もあるが自分が信じたマスターに間違いはなかったと誇らしい気分に浸っていた。
出発の準備が整うのを待つためにアッシュは2人が座る椅子に近づき腰を掛け一息つく。それぞれ違う温度の視線を浴びて困惑するも予定外の収入と移動手段の獲得を誇らしげにに報告した。
「随分と気前の良い事で、丸く収めたようね。ところであなた本当に魔術師なの?呪いまで掛けられるなんて魔術師でも、そんなに数いないわよ。」
サーシャの皮肉がたっぷり詰め込まれた言葉をアッシュは理解できず褒められたと勘違いして指で頬を掻く。そんな姿に少し悲しそうな目でフォウが見つめるが、視線の意味を読み違えたアッシュは野盗に聞こえないように小声で囁く。
「ただの方便。嘘でも信じている間は従うだろ。それに命を懸けて実践するやつもいないだろうしな。」
2人の残念な視線を受け野盗に対してやり過ぎたかと少々反省するのであった。