1-11 パーティー
その日の深夜、なかなか横になる気にもなれず部屋の椅子に腰かけ外を眺めながらアッシュは一人静かにこれからの事を考えていた。このアゴルの村を出てより大きな街を目指すか、一先ずアゴルの村で活動拠点を作るか。どちらの選択がよりよいのだろう。一人なら迷わず危険な賭けにでも出られるのだがフォウを連れて行動するとなると制約が出てくる。安全策を取るならばこの村で拠点を作る方がフォウにとっても厄介事が及ばす良い事は分かっている。村の住民たちも良くしてくれている。しかし辺境の村では世界情勢を知るにも新たな情報を仕入れるにも時間が掛かり過ぎてどちらも役に立たない可能性が高い。街がどのようになっているのか想像できない以上、実際に目で見て判断するしかないのだろう。一ヶ月程生活してみて問題なさそうならその時にまた判断しても良いだろう。嫌なら直ぐにでも別の場所を目指して旅立っても良いし、アゴルの村に帰ってくるという手も残されている。何処かで落ち着いた拠点を作ることが出来ればフォウに拠点を任せて一人で行動することも可能だろう。ただ今日の雰囲気を見る限り一人で大人しく留守番などすんなり受け入れてくれるかどうか不安が残るところである。考えが纏まるより早く部屋の外に気配を感じ何事かと様子を伺う。扉の前で止まった気配はノックをすることなく扉を開く。部屋に鍵などはついてないが深夜の訪問者に碌なものはいない。素早く臨戦態勢へと移行し死角となる位置に身を潜め相手の出方を伺う。相手が村人の可能性もある為こちらから攻撃を仕掛ける事も躊躇われる。部屋に侵入してきた者の正体が窓からの薄明かりに照らされ露にされる。寝間着と思われる薄手の服で身を包んだサーシャだった。
「こんな時間に何の用だ?」
サーシャは背後から急にかけられた声にびくりと肩を震わせるが、ゆっくりとアッシュの方へと向き直った。
「こんな時間にすることは他にはあまりないんじゃないかしら?」
年齢とは結び付かないような妖艶な笑みを湛えながらゆっくりと近づいてくる。
「俺にしてみれば、こんな時間に訪問を受ける程の近しい間柄とは思えないんだが?」
後退りしながらアッシュは距離を保とうとする。
「距離なんて命の恩人に対して関係あるわけないじゃない。それに冒険者にとっては命なんていつ失うか分からない職業だもの楽しめる時には楽しまないと。」
サーシャはアッシュとの距離を少しずつ詰める。いつの間にか寝台の上まで追い詰められたアッシュは観念したのか寝台の上に座り込むとやれやれといった表情で笑い始める。
「そうだな、言い分は理解した。いくつか条件さえ飲んでくれればギルドまでの護衛と報告だっけ?それも引き受けてやる。だから無理しなくていい。それにこれ以上放っておいたら部屋の入口に潜んでるフォウにサーシャが襲われそうだしな。」
今まさにアッシュに覆いかぶさろうとしていたサーシャは驚き振り返ると入り口の方からはフォウがバツの悪そうな表情を浮かべながら出てくる。
それぞれ居住まいを直すと椅子に座り、3人が昼間の延長でもあるかのような錯覚に陥る。
気まずい雰囲気の中ため息をつきながらアッシュが口火を切る。
「ええっとフォウにも色々言いたいことはあるとは思うんだが、とりあえずサーシャについてギルドとやらに報告に行ってみようと思う。もちろん無理強いする気もないがフォウが反対するなら留守番としてこの村に残って俺の帰りを待っててくれてもいい。用が終わったら必ず戻って来るから。その後の仕事に関してだが2人の場合は山分けで問題ないが、フォウも一緒に行く場合は3人で山分けだ。条件はそれで以上だ。あとサーシャは寝込みを襲って篭絡しようとするなら、足が震えないくらい経験を積んでからだろうな。」
「失礼ね。経験ならあるわよ・・・。一応。」
尻すぼみなサーシャの反論を聞き流すとフォウがアッシュをまっすぐに見つめてくる。
「ご主人様。何卒お供させてください。出来る事なら何でも致します。夜伽・・・」
最後まで言葉を発することなくアッシュに強引に口を手で塞がれる。フガフガ何かしゃべり続けているようだが抵抗されることは無かった。このままだと悪い方向にしか進みそうにないフォウにも少し強めに釘をさしておく。
「何度も言うが、俺に様は必要ない。そして奴隷も必要としてない。契約の上での奴隷との主従関係はあるが助けた以上、本当に助かったと思えるまで面倒見るだけだ。フォウの同意なしに契約を解消したりなど絶対にしない。だから安心してサーシャの様に普通に接して欲しいんだ。必要以上に敬語も使用しなくていい。堅苦しいしお互いに疲れるだろ?」
フォウとしても無理やり契約させた負い目があるのか、そのうちアッシュに契約を解除される事になるかもしれないという不安から必要とされる事を望んでいたのだろう。自分が思っていても口に出せない不安な部分を突かれ目頭が熱くなるのを感じる。今まで辛い事に耐える術ばかり磨いてきたフォウにとって他人から優しくされることに慣れる事は無かった。今までは涙する度に殴られたり打たれたりした。次第に涙も出なくなっていた筈なのに優しくされる度に流れる涙は止めることが出来なかった。アッシュたちはフォウが泣き止むまで静かに待ってくれていた。
「一緒に行きたいです。留守番は嫌です。お願いだから一緒に連れて行って下さい。…マスター?」
「何だ。その微妙に譲歩したような呼び方は。まぁ喋り方は今までよりよっぽどましだな。目覚めた時の素直さが消えて不安になってたところだ。あとサーシャは何か異論があるか?」
「別に協力してくれるのならそれで問題ないわ。一つ不満があるとすればフォウはまだしも私のことまで子ども扱いは酷いんじゃないかしら?」
口を尖らせるサーシャにすかさずフォウが反論する。
「サーシャ様、それは子ども扱いではなくて魅力の問題ではないでしょうか。マスターはお優しいだけですよ。」
お互いに上手に貶しあいながら夜は更けていった。軽くなったり重くなったりする空気にうんざりしながらアッシュは欠伸をする。結局、夜が明けるまで話は続き、一日、休息及び準備に当て次の日に出発することに決まった。