1-7 ゴールとスタート
アッシュが飛び出してからどれくらいたったのだろう。扉を蹴破る音に驚きサーシャは頭を抱え目と耳を塞いでいた。襲われた時のことを思い出し、恐怖で体が硬直する。もう直ぐにでもゴブリン共が押し寄せてくるのではないだろうかと嫌な想像で体が支配される。出て行ったアッシュに不安や怯えなどは見られなかった。でも結局は捕まっていたことに変わりはない。戦うなら微力ながら回復でも役に立つべきことは分かっているのだが恐怖に打ち勝つことが出来ない。嬲り者にされた挙句、生きながらに腹を裂かれて死んでいく現実を待つより、同じ殺されるのなら一緒に戦い命を落とした方が絶対にましなことだ。立ち上がり前に進むことを拒否する体に活を入れるように頬を打つ。
隣で眠る少女に
「ごめんね。」
と告げるとアッシュの後を追って倉庫から飛び出した。
サーシャが飛び出した先には悠然と立ち煙草を一服しているアッシュの姿と辺り一面に黒く煤けたものが転がっていた。肝心のゴブリンは1匹残らず消えていた。
状況の整理がつかずアッシュに状況説明を求め見つめるが不思議そうな顔をして逆にアッシュに見つめ返される格好となった。
「ゴブリンはどこに行ったんですか?」
堪らずサーシャが問いかけても。
「ん?・・・・。そこら辺の黒いのがそうだよ。」
アッシュからは気のない返事が返ってくる。
この辺り一面の黒く煤けたものが全部ゴブリン?いったいどんな事があったら原型を無くすほど焼き尽くせるのだろうか、表面が焦げているとかではなく炭化しているのだから恐ろしい。この飄々とした男の何処にそんな力があるんだろう。ゴブリンよりも何よりもアッシュの方が危険な気がする。
「何が・・・、あったんですか?」
恐る恐る聞いてみると微笑みながらアッシュはサーシャの頭に手を伸ばしグリグリ撫でてくる。大概に女性の頭を撫でながら誤魔化す男は嘘つきの屑が多い事をサーシャは今までの経験で学んでいた。アッシュも例に漏れず嘘つきなんだろうと確信しながらも屑では無い気がすると評価を多少は上昇修正する。
「よくわかんないんだけどね。」
結局はぐらかされてしまう。煙草を吸い終わったアッシュは納得のいかない顔をするサーシャを気遣うように話しかける。
「ゴブリンの巣から迷宮の出口は近いと思うんだ。街道に襲撃に表れるくらいなら地上から遠い距離に巣を作る筈も無いしね。俺が女の子を背負うから、さっさと出発しようか。倉庫で使えるものを見繕ってこんな場所から早く脱出しようぜ。」
脅威は無くなったとはいえ悪臭漂う倉庫に長く留まって居たい筈も無く、そそくさと最低限必要なものを背嚢に詰め込み、アッシュの背に少女を括り付けると一行はゴブリンの巣を後にした。
予想通りゴブリンの巣から地上までは大した距離もなく驚くほど簡単にたどり着けた。ゴブリンの虐殺を目撃していた魔物たちが怯えて襲ってこなかったという理由も大きな要因なのだがそれに気が付いているのはアッシュ一人しかいなかった。