1-6 想定外
何者って?俺は何者なんだろう?難しい質問だ。正直に答えても面倒な事態になるのは間違いないだろう。地下で生まれた迷宮のBOSS?人類絶滅阻止運動家?そんなこと正直に答えてしまったら今後会話が成立するイメージが全くわかないし下手すれば討伐対象にされかねない。何とか取り繕わなければと思うが考えてなかったものは急に設定など思いつく筈も無い。五十嵐 啓治ですと名乗っても余計に怪しさが増すだろうし、サーシャもファミリーネーム的なものは無かった筈だ。ここは当たり障りなく生前ゲームなどで使用していた名前を名乗るのが無難だろう。
「俺の名前はアッシュだ。迷宮で迷った挙句ここにいる。」
下手に嘘をつくと襤褸が出る。名前だって今決めたので嘘ではないし迷子っていうのも格好は悪いが真実だ。ただ必要な事は喋ってないだけ、おっさんになればこの程度の事は造作もない。
途端にサーシャの表情が曇る。
「まっ、迷子・・・ですか。」
胡乱なものでも見る様な目つきでサーシャはアッシュと名乗った人物を見つめる。魔物の巣窟である迷宮で迷子になっている人間なんて大概碌なもんじゃない。踏破を目論む冒険者といった風にも見受けられない。それでも魔物を退けるだけの攻撃手段を持ち得ない自分はこの男に頼るしかない。ならば見捨てられないようにアッシュの要求を出来る限り満たしてやるしか方法は無かった。この亜人の娘とアッシュの関係性も疑問だが私同様にゴブリン共に連れ去られてきたのだろう。
「全快までは難しいですが傷自体は、ほぼ治癒されているので何とか動ける程度には回復できると思います。」
「どのくらいで回復できる?」
「えっ?すぐですけど・・・。」
何のことを聞かれたのだろうとサーシャは疑問に思いながら、横になっている少女に手を翳し治癒の魔法を唱える。
「我に集いし力以て癒しの力となれ」
翳した手の平から光が溢れ少女に吸い込まれて行く。みるみる少女の血色が良くなり呼吸も穏やかなものになった。
様子を見ていたアッシュはしきりに感心していたがヒーラーであるサーシャにとっては何か特別に感心される事などあったのだろうかと首を傾げる。ヒーラーとしての力もさほど強くない為、少女一人全快に出来ない。優秀なヒーラーなら扱える魔法力も大きく部位欠損なども癒せるヒーラーもいるくらいだ。驚き称賛してくれるアッシュに心苦しさを覚えてしまう。未だに目を覚まさない少女に無力さを感じ謝罪の言葉がついて出る
「ごめんなさい、これが限界です。目を覚ませば多少は動けるはずです。」
「ありがとう。十分だ。」
動かしても問題なければ一人ぐらい背負って移動しても邪魔にならない。それに初めて見た魔法には素直に感動させられた。発見当初は瀕死と言っても過言ではなかった少女が今は安らかに寝息を立てている。前の世界では考えられないほど驚異的な回復である。魔法の力を目の当たりにし高揚した気分のまま徐に立ち上がる。このままゴブリン共の食事の時間までここで大人しく待ってやる理由は無くなった。
「じゃあ、ちょっと片付けてくるよ。」
「何する気ですか、ちょっと待ってくださいよ。」
恐怖に顔を引きつらせながらアッシュの腕に縋りつく。
優しくその手を解き、まるで子供を安心させるように頭を撫でる。ゆっくりと一度膝をついた。目線の高さを合わせ微笑む。
「ちゃんと戻って来るから安心して待ってなさい。」
落ち着いた声で優しくサーシャを諭し再び立ち上がったアッシュは煙草に火をつけ扉の前で深く深呼吸をする。
集団戦は初めてだ。
最初に数を減らし各個撃破。
脳内で模擬戦を行いながら左手に十歩を握り火炎放射のイメージで射程を最大限にするべく魔力を込める。もう一度深く深呼吸し行動を開始する。
次の瞬間けたたましい爆音と共に扉が粉微塵に蹴り砕かれていた。
扉があった場所から飛び出し、ゴブリン共の視線を一身に集めながら左手の十歩に着火し右から左へと一薙ぎすると辺り一面に業火をまき散らす。放射線状に放たれた炎は驚くゴブリン共に声を上げさせる間も与えず消し炭に変えていった。予想以上の炎に溜め込んだ怒りが窺える。洞窟内という事もあり火炎放射は最初の一撃に止めておいたが既に視界に動くものは存在しなかった。
「あれ?ゴブリンのBOSSとかがいたんじゃなかったっけ?」
いくつかの横穴から気配を感じるがこの惨状をみて怯えでもしてるのだろ。出てくる気配は無かった。このゴブリン全体からすると食料や物資を探しに出ている集団たちをすべて含めれば100匹前後の大所帯ではあるが半数と群れを率いるリーダーを一瞬にして消し炭に変えられたのだ。最早、抵抗どころの話ではなかった。
抵抗されることもなく目的を果たしてしまい消化不良な気持ちが残るが、アッシュはこの惨状の言い訳を必死で考える事にした。