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第六十三話:帰宅

後部座席には影とぐったりしたままの日向、助手席には奈緒が座る。

「じゃあ奈緒、またね」

微笑み手を振る遊子に、奈緒は憮然とした表情で吐き捨てる。

「・・・・・もう会いたくない」

「またすぐに会えるよ」

「嬉しくない」

「違いない。じゃあ笹原、頼んだよ」

「はい」

車はゆっくりと走り出し、来た道を行く。屋敷は木々に覆われすぐに見えなくなった。

「・・・・影、九連の様子は?」

「まだぐったりしてる。早く広いとこで寝かせないとな」

「だね」

影の眼はまだ赤いままだが、鬼気はなく穏やかな顔で日向を見下ろしている。普段ならお目にかかれない光景だ、と奈緒は思う。

「しっかし、九連のことは弟煩悩だと思ってたけど、影も結構な兄貴煩悩だね」

「う、うっせえ!」

影が顔を赤らめて怒鳴る。可愛いもんね、と奈緒は苦笑する。

「・・・・仕方ねぇだろ、こいつと居るとどうも調子が狂うんだから・・・・」

ぶつぶつと文句を垂れる影。それでも顔は日向に向いており、彼を心配しているのがよく分かる。

「とにかく良かった。ちゃんと屋敷を出れて」

もし陽のようにあの屋敷で荼毘に付されるようなことがあれば、自分は平静を保てないのだろうと、奈緒は何処か他人事のように思ったのだった。







ようやく咽元からナイフの切っ先が離れ、安堵に玲治は深い息をついた。

「・・・・・・・・・」

「佳那汰ご苦労だった、少し休め」

佳那汰は玲治をかえりみず、遊子の言葉に頷いて部屋を出て行く。遊子の寝室に、玲治と部屋の主である芦原遊子が残される。

「さて玲治」

「!」

「貴様にはほとほと失望させられる。何か言いたいことはあるか?」

玲治は首を横に振るのが精一杯で、声を出す事が出来ない。

「そうか。それは結構」

残忍な遊子の笑顔が、玲治に絶望を連れて来る。

(・・・・・・・・・もう、疲れた、)

誰にも届かない心の中、玲治はそう思った。






ご丁寧にも車は九連家に横付けされ、その親切さに奈緒は何か魂胆があるのではないかとすら思った。

「何だ、その目は」

笹原が奈緒を睨みつける。

「別に・・・・・影、降りるよ」

「あぁ」

奈緒が先に下りてドアを開けてやると、影は日向の腕を肩に回して彼を支えながら車から降りた。

「確かに送り届けたからな」

「ご苦労様。遊子に、もう手を出すなって伝えといて」

奈緒の言葉を、笹原は笑う。

「伝えるが、無理だろう」

「・・・・・・そうね」

笹原はにやりと笑うと、車を発進させた。

「蓮本奈緒、少しうちで休んでいくか?」

「あら、いいの?早く二人っきりになりたいんじゃないの?」

奈緒のからかい言葉を、影が鼻で笑う。

「止めろ。昔の恋物語じゃあるまいし」

「ふふ・・・・・そうね、お言葉に甘えていい?」

「ああ」

誰かと一緒にいたいと思うのは久しぶりな気がするなぁ、と思いながら、奈緒は影に従った。







影は意外と優しい手つきで日向をソファに横たえさせると、

「蓮本奈緒、何か飲むか?」

奈緒はぼんやりと周囲を見回す。日向と影が仲たがいの状態になったときに来たが、あの時はゆっくり中を見る余裕はなかった。だが今日は少しゆとりがある。

「蓮本奈緒!聞いてんのか?!」

赤い眼の影が苛立ったようにもう一度訊く。

「何か飲むかって訊いてるだろっ!」

「えっ、あ、あぁ・・・何があるの?」

スリッパの音をぺたぺたと鳴らしながら、奈緒はキッチンに立つ影の横へ歩いた。

「・・・・大抵あるけどな。紅茶にコーヒーにお茶に牛乳にジュースに、」

「あんた紅茶淹れられるの?普段の影ならお似合いだけど、あんたには相応しくないような気がするんだけど」

紅茶缶に手を伸ばしかけた影の手が引っ込み、尖った眼で奈緒を睨み付ける。

「てっきり紅茶が良いって言うのかと思っただろうが」

「あたし紅茶苦手だし。簡単に水道水で良いわ」

「簡単すぎるだろ。しかも冷水じゃなくて水道水って」

影は呆れたように言うが、ガラスコップに水道水を注ぐあたり素直だ。奈緒はありがと、と軽く言って一気に飲み干す。

「・・・・・・どれだけ咽渇いてたんだよ、蓮本奈緒」

「このくらい、よ。・・・いい加減普段の影に戻ったら?赤い眼になる時間が長いほど、体への負担は大きいんじゃないの?」

「・・・・まぁね。蓮本奈緒って、日向だけかと思ったけど、影のことも心配してくれてるんだな」

「何よ、その言い方。それにその“蓮本奈緒”っていう長ったらしい呼び名、どうにかしてくれない?」

「じゃあ何て呼べば良いんだよ。奈緒様?」

奈緒はがっくりと項垂れる。

「何でいきなり敬称になるのよ?蓮本か奈緒で良いわよ」

影は赤い眼を奈緒に据えていたが、不意に顔を背けたかと思うとプッと噴き出した。奈緒が噛み付く。

「何笑ってるのよ、あんた!」

「・・・いや、別に」

「・・・・・・・・・」

奈緒は影の足を蹴った。

「いでっ・・・!何しやがる!」

「うっさいうっさい!さっさと元の影に戻れ!!」

何故か顔を赤くしてさらに蹴ろうとする奈緒を慌てて制止する。

「分かった、分かったから暴れるな!」

「暴れてない!!」

影は眼を閉じて、何事かを口の中で呟く。

「・・・・・・・う、ん」

そのときソファに横たわっていた日向が微かに声を漏らした。

「九連?」

赤い眼から普段の黒い眼に戻りつつある影をそのままに、奈緒は日向の下へ急いだ。

「九連!大丈夫!?」

日向は苦しげに呻きながら眼を徐徐に開いていった。顰められた眼が、奈緒を捉える。

「・・・はす、もと・・・?俺、」

「大丈夫?ここ、あんたの家よ・・・ちゃんと戻って来れたの」

日向はしばらく状況確認を出来ずにいたらしい。だがすぐ我に返る。

「蓮本、影は・・・影はどうしたんだ!?」

影なら無事よ、と言おうとした奈緒より先に影本人が兄に声をかけた。

「兄さん・・・僕なら、こっ」

しかし影の言葉は全て発される前に途切れた。何故なら、

「に、兄さん苦しい、」

日向が影をギュッと抱き締めたからだ。

「良かった、無事で・・・良かった・・・!」

影は戸惑い顔だったが、嬉しげに頬を緩めた。そして御鶴城たちに拉致されたことを思い出したのだろう、緩んだ頬が強張った。白い頬に伝う透明な雫。

「こわか、った」

堤防が決壊するかのように、黒く戻った瞳から涙がブワッと溢れ出した。

「本当に、恐かった・・・殺されるかと、思った・・・・・!」

日向は震える影を安心させるように、影の頭を抱え、腕に力を込めた。

「ごめんな、ちゃんと守ってやれなくて・・・・本当にごめんな」

「そんな、ことっ・・・・ない、兄さんは、僕を、ちゃ、ちゃんと守ってくれ、」

それ以上は言葉にならなかったらしい。影は大声を上げて泣き始めた。

日向は影が泣き止むまで、影が落ち着くまで抱き締めているつもりだった。

(・・・・・・・・色々あったけど、とりあえず戻って来られただけでも感謝しなきゃ、な)

奈緒は双子の兄弟が互いに支えあう姿を、ただ黙って見守っていた。









ようやく自宅に戻れ、日向に会えて安心した影は大声を上げて泣き、兄である日向はただ影を抱き締めます。そんな二人を、奈緒は亡き姉の姿を重ねて見守っていました。

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