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第六十一話:閉塞感

影が少しあれな声出してるかも……知れません(汗)

「九連!!」

日向が遊子に後頭部を殴られ倒れ込んだのを見た瞬間、装っていた“冷静”という仮面が剥がれた。奈緒は椅子から立ち上がると、日向に駆け寄る。

「九連、九連っ!!」

「何、少し頭に衝撃を与えただけさ。すぐに眼を覚ますさ」

軽い口調で言う遊子を、奈緒は睨み付ける。

「兄さん……?」

代わって、呆然と日向を見つめる少年が一人。日向の呼び掛けに眼を覚ましてしまったのだろう、ソファーから身を起こしている。

「兄さんっ!!」

兄が意識を失っていることをはっきりと認識したのだろう、顔を蒼白にしてソファーから下りる。奈緒に、

「は、蓮本さん……兄さんは、」

「影、」

「っ、」

ぐらっ、と小柄な体が揺れて奈緒は慌ててそれを支えた。

「影、大丈夫!?」

「は、はい、」

息遣いが荒く、まだ体は熱い。眼は黒いが、いつ赤い眼になるか不安になる。日向が危害を加えられ意識を失っていることが、影響を与えはしまいか。奈緒は影を安心させるように肩を抱いてやる。

「大丈夫、九連もあんたもあたしが助ける。だから、落ち着いて。大丈夫だから」

笑える、と思う。他人を、陽を殺しておいて何が助ける、だ。そんな力も、資格もないくせに。


「………僕、兄さんを殺そうとした、」

「!」

その記憶はあるのか。奈緒は思わず影の肩を抱く腕に力を込める。そうでもしないと影が舌を噛み千切ってでも自分を殺しそうな気がしたからだ。影が息を呑む気配。

「は、蓮本さん、」

「あれはあんたのせいじゃないから!」

「で、でも、僕は、」

「あんたのせいじゃない。あんたが九連を殺す訳がないってこと、あんたが九連を大切に想ってること知ってるから。あれは、あんたの本心じゃない」

奈緒が矢継ぎ早に言うのを、影は半ば呆然と聞いていた。奈緒が熱心に何かを伝えようとする姿が意外なのだろう。

「蓮本さん、ありがとう」

抱く力が強すぎたらしく、影が苦し気に声を発する。奈緒はハッと慌てて影を解放する。

「ご、ごめん力が入り過ぎた……」

「大丈夫…です。蓮本さんが一生懸命なのが分かったから………」

影はそう言って微笑むが、その笑顔は弱々しい。やはりまだ引っ掛かるものがあるのだろう。

(それもそうか……。影は兄貴大好きだし、あたしと違ってマトモな神経してるから)

他人を殺そうとして平気でいられるはずもないだろう。しかも半身である双子の兄を殺そうとしたのだから。奈緒は少し息をはいて、影にソファーを示す。

「取り敢えず、座って落ち着いて。あんたに何かあったら、九連が起きた時に哀しむから。ね?」

影は素直に頷いて、ソファーに座り直す。日向に心配気な視線を送ったまま。

「ほう。奈緒も人間らしくなったな。他人の心配をするなど」

「うるさい、黙れ」

遊子には冷たい反応を返す。じろじろと興味深そうに影を見る遊子から彼を守るように、二人の間に立つ。

「蓮本さん、」

不安げに奈緒を呼び、奈緒のシャツの裾を掴む姿は迷子になった幼子のようだ。

「あらあら、嫌われてしまったようだわ」

ビクッ、と影は身を震わせて俯く。奈緒はもう一度大丈夫、と言ってやる。

「遊子。本当にいい加減にしてもらえるかしら」

奈緒は日向を起こし、ソファーを背に座らせる。

「兄さん、」

息をしていることが確認できたのだろう、影は不安げながらも良かった、と小さく呟いた。

「……遊子、あんた一体何がしたいの?他人を弄んで、楽しい?」

「人殺しに言われたくないな、それ」

「!?」

影が背後で息を呑む気配がしたが、奈緒は怯まなかった。

「それは失礼」

日向と影がこちらがわに戻り、幾分か余裕が出来たのだろうか。ちらり、と玲治を見る。玲治の件があるが、あれこれ成し遂げようとすれば所々に綻びが出来ることを、奈緒は長くはない人生の中でいやという程体感し、実感していた。それに、

(おそらく玲治は、“薬”からも佳那汰にぃからも離れられなくなっている。無理に引き剥がすのは危険過ぎる……)

それに佳那汰は玲治曰く記憶のブレがあるらしい。そのブレと、佳那汰の中に未だにあるであろう実弟への愛情に期待するしかない。

「強気になったね。呼吸にも乱れがない」

「それはどうも」

遊子の眼はまだ影がいる位置から離れない。歪に歪んだ口元が、奈緒に警鐘を鳴らす。嫌な予感がじわり、と沸いてきた瞬間、

「うんっ……!?」

「影!?」

いきなり影が呻き声を上げ、胸を抱えてソファーの上で体を丸めた。

「はっ、はっ、…はぁっ………!!」

息がおかしいくらいに荒く、顔が蒼白い。

「影、どうし……あつっ!?」

影の肩に手をやった瞬間、手のひらが焼きごてが当てられたかのような熱を感じた。

「蓮本さ、……苦しっ、はぁっ……!?」

ビクッ、と影の体が大きく痙攣する。

「影、影っ!!」

奈緒は遊子をギロリとねめつける。

「あんた、影に何をした!!」

「“薬”は絆などには負けないということだよ」

「!まさか、」

「どうやら効き目が完全になくなったわけじゃなかったようだな?」

「くっ、」「ふぁっ……、あぁっ……!」

汗がびっしり浮いた顔が苦痛に歪み、真っ白になった手が兄の手を掴んでいる。

「兄さん、苦しっ……ううっ、」

まずい。このままだと、また影は日向を殺そうとしてしまう。そうなれば、影の自我は壊れるかも知れない。

「九連、起きろ!!」

今ならまだ間に合う。影の自我がある内に、日向を起こして声を聞かせれば。

「弟がピンチなのよ、起きなさいっ!!」

胸ぐらを掴んで揺さぶっても、日向はぐったりしたままだ。

「あっ、はぁっ……」

「九連、しゃきっとしろ!」

焦りも相まって、手が出た。

「今度こそ守ってみせなさいっ!!!」

往復ビンタを見舞う。ばちん!と派手な音が響き渡る。

「おやおや、必死ね」

遊子が笑いながら影に歩み寄る。

「!」

影がその気配に気付いて兄にしがみつく。まだ、間に合う。

「九連!!」

「いっ、」

起きた。そう思った瞬間、

「遅かったね、奈緒?」

影が再び遊子に捕らわれていた。歩み寄っていたのは気付いていたのに、と奈緒は愕然とする。目と鼻の先に、まるで幽霊のように接近されていることに背筋が凍る。起き抜けの日向は状況を呑み込めないらしく、呆然と捕らわれた弟を見ている。

「うっ、にっ…さ、」

兄を呼ぼうとした影の口を遊子が手で塞ぐ。

「!影、」

立ち上がろうとするが、目眩を感じたらしくソファー戻る羽目になる。頭を殴りられたのだから無理はない。

「少し遊ぼうかなぁ。お姉さん、少し暇してたからぁ」

「遊子っ!!」

「……冗談じゃない。怖い顔しないでよ」

そうは言いながら、遊子の手が影のシャツの胸元から入り込んで、

「っ、ぁ」

微かに動いている。

「お遊びはこのくらいにしておこうか。ねぇ、お前も辛いだろう……憎い兄貴を殺せなくて、」

「っ!!」

「遊子!九連も座ってないで、影を助けてみせなさいよっ!!」

「っ、」

日向は立とうとしているが、力が入らないらしい。

「っ!」

手を伸ばせば、影に届く。日向が無理な以上、自分が動くしかない。

「奈緒、動いたら玲治は死ぬよ?」

「っ!!」

何だ、この閉塞的な空間は。誰かを切り捨てなければ、この状況からは逃れられないのか。

(陽君、あたしはどうしたら良いの?)

(また、あたしは人を殺してしまうの……?)

ちらつく陽の笑顔。美緒の笑顔。赤い、

「……」

赤い、眼。奈緒は日向を見る。影を助けたいと顔には書いてあっても、足が萎えているらしく立てずにいる。奈緒は玲治を見る。また佳那汰に捕まり、ナイフを突きつけられている。心的に疲れがあるらしく、ぐったりと俯き顔を上げない。

「……、」

影がビクビクと細かく痙攣するが、日向に手は伸ばしたままだ。

「起きろ、」

「?」

遊子が眉を寄せる。奈緒は怒鳴る。

「あんたの宿主がピンチなのよ、九連はヘタレで戦力にならないから、あんたが起きて戦いなさい!!!」

ヘタレ、と言われた日向は世にも情けない顔になる。九連ごめん、と心中で謝り、影を見遣れば、口元が不敵に笑んでいる。開いた口から、低く淀んだくくくという笑い声が漏れる。

「……随分乱暴な起こし方だな、蓮本奈緒」

赤い眼の影が、遊子に捕らわれたままで不気味に笑った。





赤い眼バージョンの影、登場!遊子に一矢報いることが出来るのでしょうか?

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