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第五十八話:屋敷と異変

どうして僕なの。

僕、先生に何もしてない。

授業だって真面目に受けたし、風紀委員だってさぼらずに参加した。外見のせい?昔からからかわれるたびに、女みたいって言われて来た。だからなの?でも、女みたいな男は僕だけじゃなかったはず。なのに先生に選ばれたのは僕。どうして、僕じゃないといけなかったの?それを訊きたくても、先生はもういない。だって先生は殺されたから。

僕が…殺したから。

赤い、赤い、赤い海。

ぽっかり開いた穴。

もいだ腕は適当に転がしておいた。

食べようかと思ったけど、さすがに先生のは不味そうだと思った。

僕を凌辱しようとした手が汚らわしかった。僕は、僕の体は僕だけのものだ。なのに先生は僕の体を犯した。だから殺したんだ。僕に触れる者は、誰一人許さない。あ、でも遊子様や兄さんには触られても…良いかなぁ…。あの綺麗な指先で、僕の体を、僕という存在に触って欲しい。僕の体と心は、遊子様と兄さんだけのもの………。




「………」

ここはどこだろう、と日向は思う。最初は見慣れた月舘町の景色が流れていたが、しばらくすると雑木林を眼にすることが多くなった。

「っ、」

一瞬“痣”のあたりに鋭い痛みが走ったが、痛みはすぐに消えた。

「九連、大丈夫?」

奈緒が目敏く気付いて気遣ってくれる。

「…大丈夫、」

ー本当に?

「!?」

誰かの声が聞こえた気がして、日向は眼を見開く。頭の中に直接響いてくるような、そんな、

ーあなたは大丈夫かもしれないけど、半身は?

「影……?」

何だ、凄く嫌な予感がする。影に、何か危険なことが近づいているのではないかという危惧がある。

「九連、酔った?顔色悪いけど………」

「大丈夫、何でもない」

声はもう聞こえない。笹原が笑みを含んだ声で言ってくる。

「もうすぐ着くよ」

日向はえもいわれぬ不安感を圧し殺しながら、顔を上げる。フロントガラス越しに、日向が今まで見たことのないような大きな洋館が見えた。




大崎警部の前で奈緒に携帯をかけてみるが、どうやら電源を切っているようで繋がらない。

「警部さん、奈緒、携帯電源切ってるみたいです」

「そうか…。じゃあまた後で連絡をとってみてもらえるかな。私がいないときで良いから」

「え、良いんですか」

「ああ。君が蓮本さんに訊いてみて、彼女がどういう様子を見せたか教えてくれれば良いから」

それで良いのか、と麻理花は少し意外に思う。

「私が嘘をつく、とは思わないんですか?」

「つくのかい?」

ーこいつ、狸め……。

麻理花は目の前の警部に興味を抱き始めていた。

「蓮本さんにまた会えるの、楽しみにしてる」

大崎は麻理花に仕事用の携帯電話の番号を教えて、そんなことを言った。麻理花はクスッ、と微笑むとはい、と笑った。久しぶりに心から楽しくて笑った気が、した。




影の睫毛がぴくりと動いたのを見て、遊子は眼を細めた。

「おはよう。良い時間だよ」

「う、」

影が呻いて眼を開ける。

「おはよう、気分はどうかな……私のペット」

影は応えず、頭を押さえながら体を起こした。体がひどくだるい。

「……僕は、」

「どう?“薬”の効果は。自分が自分だという認識は、あるかい?」

影は遊子の問いに虚を突かれたような顔をし、次いで顔を青くする。呆然と、震える両手を見る。

「あ、れ…」

浮かぶ焦りの色。遊子はその様が愉快で仕方ない。早くあの言葉を聞きたい。

「ぼ、くは……、」

「ん?」

「……僕は、誰?」

遊子はニンマリ、と不気味に微笑んだ。




「で、けぇ……」

「そこ。御上りみたいな顔しない」

屋敷の大きさに呆気に取られ、繁々と眺めている日向の頭を奈緒が叩く。影は此処に連れ去られたというのに、何か緊張感が足りない気がする。

「あれ、」

「九連、どうかしたの?」

「何だろう、俺、この家を知ってる気がする……」

「え?」

今何と言った?この家を知ってる?奈緒は眉を寄せて、日向を見詰める。

「他の屋敷と間違ってるんじゃないの?」

「そう…なのかな」

「お二人さん、行くよ」

笹原に急かされて、奈緒と日向は彼女を追った。




重厚な樫の木のドアを開き、笹原が二人を中に誘う。どんな内装なんだろう、と思いながら足を踏み入れた日向は、瞠目する。咄嗟に思ったのは、此処は研究所か何かか?という疑問だった。いきなり銀色の光を放つリノリウムの床が真っ直ぐ伸びている。裸足だと足元から冷気が這い上がってきそうで、日向は上がるのを躇う。

「あぁ、この屋敷は土足OKだから、そのままどうぞ」

笹原の言の通り、奈緒はローファーのままで上がっていた。

「九連、行くよ」

「あ、あぁ」

先導はいつの間にか笹原から奈緒に切り替わり、奈緒がこの屋敷に暮らしていたのだと日向に知らしめた。

「影は何処」

歩いて行くほどに研究所の印象が強くなる。左右には鉄製の扉が縦横無尽に並び、たまに薬品のつん、とした臭いが鼻についた。

「……」

奈緒の後を付いていきながら周囲をキョロキョロ見回している日向は、妙な感覚に襲われていた。すわ、自分はこの場所を知っているような、そんな感覚。

「影は最奥……遊子様の寝室にいるよ」

寝室、という単語に奈緒は激しく顔を顰める。悪趣味、と口が象る。

「それにしても広い」

日向は一人呟く。何度か左右に折れたが、景色に変化がないため自分が今屋敷のどの辺りにいるのか全く判断できない。遊子の寝室があるという最奥に本当にたどり着けるのか不安にすらなる。鉄製の扉が不気味で仕方ない。歩いている最中にその一つが微かに開いたように感じたが、止まることは出来ず確認が出来なかった。

「……影?」

三分程は歩いただろうか。

リノリウムの床が急に漆喰のそれになり、壁紙も柔らかなクリーム色に変わった。

張り詰めていた息を吐いたとき、日向の眼にある人物の姿が入った。双子だけど、あまり似ていない。華奢で体があまり頑丈ではない双子の弟。九連影が、ある部屋の前に立っていた。どうやら行き止まりらしく、ここが笹原の言う最奥なのだろう。そして彼女の言の通り、影がいた。じっ、と日向を見ている。

「影!」

影ならば日向の姿を認めればーしかも拉致されたのだー飛び付いて来そうなものなのに、彼はただ突っ立って日向を見ているだけだ。だが日向は影が無事だと分かったことで、他には何も考えられなくなっていた。おかしいと気付いた奈緒が、

「九連、ダメだ、止まれっ!!」

影に走り寄る日向を制止する声を投げる。

「え?」

日向が足を止めて振り返るが、もう遅い。

「………しね、」

影が小さく呟いたのが日向の耳に届いた瞬間、鮮血が散った。







兄弟戦に突入……かも、知れない。日向は屋敷に覚えがあるみたいですが、さてさてどうなるんでしょうか。

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