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第五十五話:反撃の狼煙

奈緒が紆余曲折をしつつ、遊子との対決を決意しますが……

「……九連、九連」

「ん、」

「九連!」

「!!」

日向が慌てて上体を起こすと、奈緒が呆れ声を上げる。

「やっと起きた。あんた、何で床で寝てんの?看護師も何やってんだか」

「は、蓮本!影は!?」

「は?」

日向は奈緒の肩を掴み、必死の形相で問い掛ける。

「影は?影を見てないか!?」

「み、見てないけど。あたし来たばかりだから、トイレにでも行ってるんだと思ったんだけど……。ねえ、どうしたの」

「連れて行かれたんだ。御鶴城って医者に!」

「!?」

御鶴城?院内にそういう名の医師がいるのか?

「絶対あいつの縁者だ、だから影を連れていったんだっ!!」

「九連、一先ず落ち着いて!何があったかちゃんと話して」

「影が拐われたんだぞ!落ち着いていられると思うか!?」

「あぁもう、黙れ!」

奈緒は怒鳴ると、影の鞄を振り回して日向の頭を殴った。日向が食って掛かろうとするが、奈緒の口撃(こうげき)のほうが早かった。

「黙れ、弟煩悩兄貴っ!あんたがこうやって混乱してる間に影に何かあったらどうするんだっ!!」

日向がビクッと体を震わせて眼を見開く。膝をついて、弱々しく

「影」、と呟く。

「また、守れなかった」

「……」

「御鶴城っていう女医に腕を掴まれて、助けたかったのに……俺は看護師に捕まって何も出来なかった…。影、泣いてたのに」

影の涙ぐんだ声がまだ頭に響いている。

「何があったんだ。話して」

奈緒の言葉に、日向は眼を真っ赤にして頷いた。




「……大体は分かった。その女医は恐らく御鶴城の姉みたいね。そして遊子と繋がりがある、と」

「復讐のために影を拐ったのかな」

奈緒が奢ったカフェオレを飲んでいる日向の顔色は大分良くなっている。

「さぁ、ね。それは本人じゃないと分からないと思う。………」

「なあ」

「ん?」

「昨日…のこと、だけど」

奈緒はハッとする。そうだ、今日はそのことを話すために日向に会いに来たのだ。

「ほ、本当に、影は…御鶴城を殺した、のか」

日向は憂いと不安がない交ぜになったような表情で顔を伏せる。奈緒は唇を噛み、そんな彼を見つめる。

「嘘、だよな。影が、人を殺す……わけない、そんなわけないんだ…」

兄の、切なる願い。弟が殺人をおかすわけがない、と信じたい。

(九連……)

奈緒は惑う。自分が肯定すれば、日向は信じるのだろうか。信じて、くれるのだろうか。

「なぁ、嘘だって言ってくれよ」

日向は赤い眼の影から、御鶴城を殺したと聞いたという。他でもない弟がそう言ったのに、日向は信じられないー否、信じたくない。性的暴行をされたとはいえ、影が人を殺すなんて。

「なあ嘘だろ、嘘って…嘘って言ってくれよ!」

奈緒はギュッ、と拳を作り、疼く胸を無視して、言った。

「……本当よ」

「!え、」

「殺す瞬間は見てない。でも、死体の前に影が立っているのは見た。あの子言ったよ。自分が殺したんだって……」

「!!」

日向は顔をはねあげて奈緒を見ていた。すがるような眼に、奈緒は無表情で返す。そうでもしないと、決心が鈍ってしまいそうだった。

「信じるかどうかは九連に任せる。…嘘は言ってないけどね」

「……」

日向はなんと言って良いか分からないようだった。呆然と奈緒を見上げている。奈緒は毅然とした視線を返す。

「信じたくないならそれでもいい。虚構に身を浸して、本当のことから眼を逸らしていれば良い」

こんなことを言いたいわけじゃないのに。どうしてあたしはいつもこうなの。

(あの時だってそう。あたしは陽君を突き放した。陽君があたしに助けを求めていることを知りながら)

傷付いた瞳。項垂れた、頼りない体。手を伸ばせば届く場所にいたのに、あたしは手を伸ばさなかった。

(…だって、怖かったから、)

あんなに真っ直ぐに愛情を向けられたことがなくて、怖くなったのだ。もし陽君の手を取って、繋がったとしたら。繋がって、裏切られたら。裏切ることになったら。

(あたしは、きっと弱いんだ)

強く見えるのは、ただのフェイク。本当の蓮本奈緒は、弱い。他人が、怖いのだ。何を考えているのか、分からない他人が怖い。だからあの時も陽を突き放した。陽が何を考え、奈緒に“あんなこと”を言ったのか、分からなくて。

「……九連、あたしは」

「はす、もと?」

「あんたが思うようにすれば良いと思う。周りがどう言おうが、九連は影を信じたら良い。信じられることは、すごいことだから」




奈緒が泣いている。日向は呆然とそんな彼女を見上げるしかできない。

「蓮本、泣いてるのか?」

バカな質問をしたと自嘲する。涙を流しているじゃないか。なのに泣いてるのか?だと?もっと気の利いたこと言えないのか、うすらバカめ。赤い眼の影がいたらそんなことを言われそうな気がする。

(だって仕方ないだろ…女の涙は苦手なんだ)

焦って何と言ったら良いか分からなくなるのだ。どう言えば相手が泣き止んでくれるのか考えれば考えるほど、うまく話せなくなる。それに、今泣いてるのは奈緒なのだ。毅然とし、憮然とすることはしょっちゅうでも、逍然とすることは殆んどない蓮本奈緒が、泣いている。どうすればいいか余計に困惑する。

「は、蓮本、泣くなよ」

弱々しい声でそう言うしかできない。気の利いた台詞なんて、全く出てこない。自分まで泣きたくなって来て、日向は俯きかける……と、

「……九連、あんた女の子と付き合ったことないでしょ」

「!?」

「あ、図星」

眼の端に涙を浮かべ、奈緒が日向を見て笑う。素直な、優しい笑顔だった。

「は、蓮本…!」

「泣いてる女一人も慰められないとはね、呆れた」

「うっ、うるさい!!」

「ま、あたしも人前で泣くなんてどうかしてたわ。九連、行くよ」

そう言っていきなり日向の怪我をしていない右腕を掴み、立たせる。

「い、行くって?」

「取られたものは取り返す。あたしはそうやって生きてきた」

眼を白黒させる日向に、斜に構えた笑みを送る。

「遊子のところに行って、あんたの大事な半身をお返しいただくのよ」

それは“屋敷”を逃げ出した蓮本奈緒という少女の、反撃の狼煙が上がった瞬間だった。





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