表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/64

第五話:兄と弟

「お話されなくて宜しかったのですか?」

「あそこで闖入するのは野暮というものだろう、佳那汰?」

「…そういうもの、ですか」

佳那汰、と呼ばれた黒髪の青年が微かに苦笑する。彼に対する女性が不敵に笑う。

「しかし、どうだった?久しぶりに元恋人の妹に会って」

「変わってませんでした。美緒さんに似ていることも、相変わらず」

女性がふん、と鼻で一笑に伏す。皮肉げに眉を上げ、言う。

「ふん。自分が殺した女の名前をよく口に出来るな」

佳那汰はにっこりと子供のような無邪気な笑みを浮かべた。

「普通でしょう?」

「違いないな」

女性はあっさりと肯定する。

「生と死など僕たちにとってはどちらも同じこと」

歌うように口ずさみ、佳那汰は目を閉じる。

「素晴らしい銀世界に散らばる、あの深紅。今でも僕は覚えてる…」

「ふうん」

「遊子様にもお見せしたかったです」

女性ー芦原遊子が佳那汰の言葉に満足気に頷こうとしたとき、

「にっ、兄さんっ」

少しトーンの高い声が上がった。途端、穏やかだった佳那汰青年の表情が苛立ちに塗り変わる。冷たく他者を寄せ付けないような目で、闖入者を見遣る。

「何の用だー玲治」

闖入者の名前は碧石玲治。佳那汰の実弟。まだ幼さを残す顔立ちをした詰襟姿の少年は、兄ではなく芦原遊子を見ていた。遊子が妖艶な笑みを返すと、玲治は慌てて視線を反らした。そんな弟に、佳那汰がつかつかと歩み寄る。兄を探していたのだろうに、兄が歩み寄ると弟はその瞳に恐怖を宿した。

「に、兄さん、」

何かを言おうとするのに、少年の口は酷く震えていた。兄から発される酷薄な気配に体がすくむ。グイッと胸倉を掴まれる。

「遊子様といるときは邪魔するなと言っていたよな?僕は」

「兄さん、苦し…」

「どうしてお前はいつもそうなんだ。どうして言うことを聞けない。僕を困らせてそんなに楽しいか」

不穏な空気に周囲がざわつく。煽る者、知らん顔で通り過ぎる者、不安げな者。反応は様々だ。

「じゃ、邪魔なんて…俺はそんなつもり、なくて、ただ、その人と会うのを止めて欲しいだけで」

「貴様に指図される覚えはない!」

佳那汰は苛立った声を上げ、玲治を突き飛ばした。

「いっ、」

尻餅をついて呻く玲治を、佳那汰は汚らわしいものを見るような目で見下ろす。

「兄さっ、あぅっ…!」


まだ言いつのろうとする玲治の右手を、佳那汰は何の躊躇もなく踏みにじった。

「やめっ、痛いっ…」

「痛いのが嫌なら黙れ。そして僕の前から消えろ」

「落ち着きな、佳那汰」

遊子の愉しげな声に、苦痛を訴えていた玲治はビクッと身を震わせた。佳那汰も夢から醒めたかのように目をぱちくりとさせ、玲治の手を踏みつけていた足を退ける。玲治の右手の甲は、赤く腫れていた。

「遊子様」

「落ち着きなよ、佳那汰。ものは使いようだろう?ん?」

邪な笑みに縁取られた遊子の白い顔に、玲治は息すら満足にできなくなる。

「邪魔なら利用すれば良い。ただそれだけではないか?」

遊子がスーツの内ポケットから、白く丸い錠剤が詰まった薬瓶を取り出すと、玲治が完全に怯えきってガタガタと震え始める。遊子が持つ錠剤がなんなのか骨身に染みて知っている、といった風に。

「こんなヤツ、‘これ’で一ころだよ」

グイッと遊子が玲治の顎を掴み上げ、口の中に一粒放り込む。絶対に噛まない、という意志がにじみ出ていたが、呆気なく遊子の手で噛み潰してしまった。途端に体から力が抜け、玲治はへたりこむ。目が霞む、うまく呼吸出来ない。

「兄さ…、助けて、」

弟が伸ばしてきた救いを求める手を、兄は取らなかった。

「にぃ、」

ガクン、と玲治の顔が沈んむ。彼が完全に意識を手放したことに、佳那汰は至極満足そうに微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ