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第四十九話:拉致

影の病室から出た笹原理恵子は、笑顔を引っ込めて無表情になった。院内でも使用可能に改良されているPHSで御鶴城翔子医師に連絡を取る。相手は三コールで出た。

「笹原か。首尾は」

投げ遣りげな口調の声に、笹原は内心で苦笑する。

「先生の弟さんを殺したのは、九連影で間違いないようです」

「そう。今はどうしてる」

「兄の日向と影の病室に。先生の名前を聞いて可笑しいくらいに動揺していました」

「…遊子様に連れてくるよう言われているのは影の方だったな」

「はい。色々と知りたいことがあるようです」

少しの間があり、やがて翔子の呆れたようなため息が聞こえてきた。

「遊子様の仰る通りに。早い方が良いから、回診のときに確保するか」

「分かりました。では、後程」

「いつもすまんね」

「遊子様の我儘と道楽、それに先生の苦労性は昔からよく知ってますから」

違いない、と笑う翔子の声に、笹原は満足げな笑みを浮かべた。




「ぽっかりと開いた穴、ねぇ。出来の悪いホラー映画みたいだ」

「え、何か仰いましたか?」


大崎の独り言に、横で店屋物を頬張っていた部下の柊巡査が徐に顔を上げた。

「何でもないから、ぼろぼろ溢すな」

「す、すみません」

赤くなってお茶を啜る柊を、大崎は呆れ顔で見つめる。

(こいつが百戦錬磨の柊先輩の子供たぁね。世の中不思議なもんだ)

自分はどら焼を噛み下しながら、大崎は不思議といえば、と朝に出会った女子高生を思い出す。気が強そうで、でもどこか望洋としている……。何を考えているのか今一捉えにくいタイプだった。

(しかも、あの嬢ちゃんは何かを知っている)

大崎の直感がそう告げている。御鶴城を殺した、とまでは行かないが、おそらく氏殺害について何らかのことを知っているはずだ。九連影についても、何か知っている筈だ。

(まずはあの嬢ちゃんから攻めてみるか)

腹ごしらえを済ませた大崎は、柊を急かした後立ち上がった。




コンコン、という軽いノックの音がして、日向と影の間に走っていた微妙な空気が霧散する。

「は、はい」

「失礼するわね」

笹原を伴って現れたのは、背が高くすらりとした女性だった。墨のように黒い髪がさらりと流れている。くっきりとした二重の瞳が影を見た。

「初めまして。外科医であなたを担当してる御鶴城翔子です」

「あ、は、はい」

「で、あなたが双子のお兄さんね?」

日向はこくり、と頷く。

「あまり似てないのね。私の知り合いには双子はいないから、ちょっと興味があったのだけど」

そう言って微笑む。優しい雰囲気の人だな、と日向は安心して影を見るが、影は身を固くして俯いている。どうしたんだろう、と日向は怪訝に思うが、本人のいる前でこの先生が怖いのかとは訊けない。

「触診するから、触らせてね」

「っ!!」

伸びてきた医師の指を拒むように、影が身を捩る。日向は慌てて影をたしなめようとする。

「おい、影どうしたんだよ。先生に失礼だろ」

「………」

「う〜ん、私、怖い?」

単刀直入な質問に日向は驚いて医師を見るが、彼女は微笑んだままだ。だが彼女の背後にいる笹原の表情を見た途端、心臓が凍るような錯覚に陥った。笹原の顔には表情というものがなかった。色のない瞳を影に向け、口は苛立ちを示すかのように尖っている。

「ねぇ、私怖い?」

「いや、嫌だ……」

身を乗り出す御鶴城医師に対し、影は体を丸め逃れようとする。

「あ、あの先生、」

今はそっとしてほしい、といいかけた日向だったが、いきなり腹部に鈍痛を感じて息を詰めた。

「え、なっ…」

何が起こったのか、分からなかった。ただいつのまにか目の前にいた笹原に腹を殴られたらしかった。霞んでいく視界の中、御鶴城に両手を掴まれて抵抗する影が映る。

「か……げ、」

「にいさ…っ!」

「少し弟、借りるよ」

「少しだけ、寝てなさい」

四者の言葉が同時に交差する。

(くそっ…、影を放せ…)

あの赤い眼はこんなときに何をしているんだ、と日向は思った。

「じゃあね」

笹原の声がした瞬間、日向は彼女の腕に崩れ落ちた。


「兄さんっ…!嫌だ、放してっ…!」

涙でぐしゃぐしゃになった顔を歪めて抵抗するが、全く敵わない。

「お前に会いたいという方がいてね。少し辛抱してくれ」

「嫌だっ!!」

「笹原」

「はぁい」

笹原は嬉々とした表情で立ち上がると、ポケットから注射器を取り出した。

「!」

暴れるが、針は容赦なく近づいて来る。

「お願いだから、止めてっ……」

「はい、行きます!」

影の細い腕に針が突き立てられ、中に入っているアンプルが注入される。

「少しだけ、寝てな」

「う…、」

影の体がぐにゃりと弛緩し、御鶴城の腕に倒れ込む。御鶴城医師は無表情で影を見下ろす。

「あんな弟でも肉親なのにかわりはなかった」

「……っ、」

影が息を呑む気配。

「おやすみ」

体を抱え上げられながらも、影に抵抗する術はなかった。

「に…いさ、ん……助け、て……」

床で意識を失っている日向に掠れた声で助けを求めるだけで精一杯で、しかもその声は日向には届かない。





どうなるどうする(えっ…?)次で五十話…。伏線の回収が全く出来てませんね……。

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