第四十一話:苦悩
「“記憶が戻りかけてる”?本当に遊子がそう言ったの?」
「は、はい…。俺、確かにそう聴きました」
奈緒は玲治と携帯で話し始めてから五本目の煙草に火を点けた。
「…記憶が、ね…。言葉通りなら…佳那汰にぃは遊子に記憶を弄られているってことにも取れるけど」
玲治を刺激しないため、奈緒は言葉を選びながら話す。
「どうして、どうしてそんなっ……!」
玲治の悲痛な叫びが奈緒の胸を打つ。「玲治!しゃんとしなさいよ!佳那汰にぃを助けたいんじゃないの!?」
「でも、でもどうしたらいいの?俺には何も出来ないのに…うっ、」
「玲治?玲治!?」
電話の向こうで玲治が激しく咳き込むのが聞こえる。何かを吐き出すような音。奈緒は焦燥感に汗を浮かべる。
「ごめ…なさ、」
「どうしたの!玲治っ」
「咳が、止まら…、げほっ、ごほっ!!」
「苦しいの!?」
「げほっ!!」
びちゃっ、と奈緒の耳元で粘着質な音がした。
「…あ、うぁ」
「玲治?」
「俺、死んじゃうの、奈緒さん…」
「玲治」
「血を、吐いた」
「吐血…?」
「兄さんを助けるなんて、俺には、む…」
次の瞬間、
「とまあ、そういうわけだよ。奈緒」
「あんた、遊子っ!」
微かに、玲治の弱々しい
「放して…」という抵抗の声がする。「まさか、玲治にあたしの携帯番号を教えたのはあんた?」
「さぁ、どうかな」
「あっ、」
ぱしん、と皮膚を叩かれる音がした。
「ぎゃあぎゃあうるさいんだよ、この愚図」
遊子が吐き捨てる。玲治が沈黙する。
「遊子!!佳那汰にぃをどうするつもり!?」
「あれをどうしようがお前には関係なかろう。“屋敷”を逃げ出したくせに、今さら“仲間”気取りか?」
遊子の口調が嘲りのそれになる。奈緒は唇を噛む。
「それは…」
「切るよ。ちょっとこの馬鹿兄弟に仕置きが必要だからね。あんたを構ってる暇、無いんだわ」
「ちょ、」
待て、と呼び止める前に通話を終わらせられた。奈緒は長くなりすぎた煙草の灰を荒々しく灰皿に落とすと、携帯を壁に向かって投げつけた。
「あの、くそ女っ…!」
姉さん、あたしはどうしたら良い?玲治を助けに、佳那汰にぃを助けに行くべき?…でも、でもあの場所には、ー陽君がいるのよ。実際は死んでいるけど、陽君はずっとあたしの中にいる。“屋敷”に戻ったら、あたしはきっとー
(ねえ九連、あたしはどうしたら良いの?)