第四話:予兆
駅前のミスタードーナツは学生服の少年少女たちで混雑していた。店頭の幟に『全品100円、今日まで!!』とあったから、それに連れたのであろうと奈緒は判断する。麻理花とはしょっちゅう寄っているが、難点が一つ。学生が寄り付きやすいからかそれとも風潮なのか店内全席禁煙なのである。まあ喫煙席があったとしても麻理花が喫煙を許さないだろうけど。
「奈緒〜、こっちこっちだよ〜」
二階を覗いていると、それに気づいた目の大きな少女が奈緒を呼んだ。うまい具合に窓際の二人席に座っている。
「麻理花、あんた買いすぎ…」
麻理花の前のテーブルには、トレーが三つもあった。そのすべてにドーナツが積まれ、おそらく全種類一品ずつあるだろう。麻理花は何気に大食漢であった。
「奈緒が来るって言ってくれたから奈緒の分も買ったんだよ〜?遠慮しないで食べてね」
「…はいはい」
奈緒も椅子に座ると、エンゼルを手に取った。
「あとコーヒーもね。奈緒はブラックだよね」
「これはどうも」
麻理花からコーヒーを受け取り、一口口にする。
「電話したとき奈緒、どこにいたの?」
「学校から駅に向かう途中。どうして?」
「ううん、早く此処に着いたなぁと思って」
「ふぅん。…そういえば九連があんたのこと可愛いって言ってたよ」
途端に麻理花の顔が赤くなる。
「く、九連君が?」
麻理花は九連日向のことを好きなのである。そして恐らく日向は彼女の気持ちに気付いていないだろう。麻理花に対する態度を見ていれば何となく分かる。
「そう。良かったね」
オールドドーナツを手にする。
「ほ、ホントに九連君がそう言ってくれたの?」
正確には奈緒の麻理花は可愛いでしょ?という問いにうやむやな感じで日向が頷いただけのことなのだが。
「ま、そんなようなことをね」
麻理花はいまだに顔を赤くしている。本当に素直な子だと奈緒は思う。素直過ぎてー苛々する。自分にはないものを持つ相手には憧れるか、嫉妬するか。奈緒は明らかに後者だった。
「麻理花は家に帰ったんだと思ってた。市内をぶらついてたの?」
「うん。ちょっと人と会ってたの」
「ふぅん」
それ以降、二人はしばらく食事に集中した。消化する量は明らかに麻理花が上ではあるが。
「は〜、食べた食べた」
満足そうにジュースを啜る。奈緒は微かに胸焼けを感じつつ、携帯に目を遣った。
(…)
メールの欲しくない相手から連絡が来ている。メールを開くと、こんな文面が踊っていた。
【一緒にいる子、可愛いじゃない。紹介してみない?高値で買うわよ?】
(……!)
奈緒は思わず周囲を見回そうとして、止めた。麻理花に変に思われる。
「奈緒、どうかしたの?何だか顔色悪いよ…?」
「そんなことないよ。ていうかあんた食べ過ぎ。この前体重が増えたって大騒ぎしてたのに」
麻理花が再び顔を赤くする。分かりやすいなぁ、と奈緒は苦笑する。
「ちょ、ひどい、人の気にしてることを」
「ほんとに気にしてる?私にはそう見えないけど」
「もうっ、奈緒のバカっ!!」
「ごめんごめん」
奈緒は携帯を閉じた。今は麻理花との会話に集中しよう、と。