第三十二話:奈緒と赤い眼の影
「影!!……っ!?」
会議室に勢いよく飛び込んだ奈緒だったが、目の前に広がる光景に愕然とした。室内にいた影が、赤い眼を奈緒に向ける。
「あ、蓮本奈緒だ」
影の姿をした人間に呼び捨てにされることに、果てしない違和感を覚える。そして、
「御鶴城…あんたがやったの?」
御鶴城は、いや御鶴城研吾だったものは、両腕をもぎ取られ、自分の血で濡れた床に倒れていた。背中の真ん中にぽっかりと開いた大きな穴から視線を逸らせない。
「だって気色悪りぃからさ。天誅だよ、天誅」
軽い口調で言う影は、忌々しそうにため息をはいた。奈緒を見たまま、
「俺、御鶴城に強姦されかけたんだぜ?男だってのによ」
「強姦……」
御鶴城はそこまでしようとしていたのか。奈緒は唖然とする。
「だから殺してやったんだよ。俺を怒らせたらどうなるか知らしめるためになあ」
ケラケラ、と陽気に笑う。何から何まで影とは正反対な性格のようである。奈緒は何とか平静な声で影に問う。
「…それで、影は今何処にいるの?」
「あの日向を呼ぶしかできない弱虫の影君か?あいつなら俺ン中でぷるぷる震えながら日向を待ってるぜ。ーしかし意外だな」
急に影がまじまじと自分を見るので、奈緒は何よ、と眉を寄せる。
「いや、蓮本奈緒。あんたって他人に興味ない人間だろ?日向は別みたいだけど」
「なっ…」
「それが影のこと気にしてくれてるなんてな。あ、そうか影に何かあったら日向が悲しむからか。そうか、そういうことか」
「な、何勝手に他人を分析してんの!」
「焦ってる。図星か」
「……っ」
ムカつく、と奈緒は鼻の頭に皺を寄せる。
「あたしのことはどうだっていいのよ。…御鶴城はどうするんだ」
「そうだな」
影はシューズを履いた足でどうでも良さそうに死者の頭を小突く。
「あんたねぇ…」
「死者を冒涜するな…とでも言いたいのか?」
「別に…」
「まぁ、食ってもいいんだが胃もたれしそうだし」
しれっと発っされた言葉に、奈緒はギョッと身を引く。
「なんてね」
奈緒の動揺を鼻で笑う。
「あんたねぇっ…!」
ひゃははははっ!と影は笑う。
「あんた、俺が思ってた奴とは違うみたいだ。面白いな」
「……」
「そういや日向はどうしたんだ?あと俺をここに閉じ込めた奴は?」
「九連は左腕を折られてた。玲治は昏倒してる」
言葉少なに語る奈緒を影は不思議げに見遣る。
「術者が意識を失ってるのに誰も来ない…か。まだ術の効果は切れてないらしい。なあ」
「…何よ」
「もしかして携帯、不通じゃなかったか?」
「…なんで分かるのよ」
「じゃあ日向は外に転がしてるんだな?」
「携帯は通じないし、校外に出ようと思っても見えない壁みたいなのがあって出れないんだもの…」
「ふぅん、よし俺たちはここからおさらばするぞ」
「御鶴城は!?」
「放置放置。処理は大変だし、第一俺たちが死体と一緒にいたって知られたら面倒だろ」
「そ、それは」
「誰もいないうちにずらかれば分かりゃあしないよ。行くぞ」影はさっさと立ち去ってしまう。奈緒は躊躇はしたものの、結局は影に従った。