第二十七話:危機
影やばいよ、の巻。
「御鶴城先生、お客様ですよ」
年輩の教師に呼ばれ、御鶴城は気だるげに書類仕事をしていた顔を上げる。
「客?」
「碧石玲治君、という男の子ですけど」
聞いた瞬間、御鶴城は嬉々として椅子から立ち上がっていた。
こいつ本当に使えるのかと、白すぎる相手の顔を見ながら御鶴城は危ぶむ。
とろん、とした夢見る様な目付き。華奢な体に、時折苦しそうな息遣い。あまり頑丈そうには見えない。
「俺の希望、理解したか?玲治」
こくん、と頷く玲治。
「場所は会議室。邪魔が入らないようにしてくれ。万が一九連日向っつう奴が来たら、何があっても足止めしろ」
また頷く玲治。その眼に光はない。
「じゃ、行くか」
御鶴城は立ち上がる。己の欲望を満たすために。
その放送が流れたとき、影のクラスでは英語の授業が行われていた。いきなり放送時に流れるピンポンパンという気の抜けた音が響き、
「二年生の九連影君、ご家族のかたから緊急のお電話です。至急事務室まで」
「僕?」
教師が
「九連、行ってきなさい」
と許可を与えたので、影はは、はいと返事をして教室を出た。
(…家族って誰だろ。まさか兄さん…かな)
違うだろうと思いつつ、そうかも知れないと思う。両親は海外だし、九連兄弟に学校にまで連絡をするような親戚付き合いもない。まさか海外の両親に何かあったのだろうか。
「すみません、放送で呼ばれた……え?」
事務室のドアを開ければ、そこには人っ子一人いない空間が広がっていた。全員出払っているのか、と思ったがそんなこと滅多にないだろうと思い直す。
「あ、あの誰か」
「人なら此処にいるよ」
「っ!?」
背後から伸びてきた白くひやりと冷たい手に影は捕らえられた。手首を拘束される。
「な、何っ」
「君には何の恨みもないけど、悪く思わないでね…これも仕事なんだ」
「あ、」
細い腕から想像もできない力で、影は引き摺られて行く。事務室から、隣の会議室へと。
「君は無防備過ぎるよ。自分が狙われてること、気付けなかった?」
「な、何言って…」
「着いた。じゃあね」
開け放たれたドアの向こうに突飛ばされ、影は会議室に倒れ込んだ。訳が分からず眼を白黒させる影の前で、自分と同い年くらいの少年がドアを閉める。見たことのない人だ、と思いながらも立ち上がろうとしたとき、背後から声がした。
「…やっとこの時が来たな、九連影」
「!!」
ビクッと震え、影は声の方を見ることを恐れた。見ずとも分かる。
「まさかこんなにうまく行くとわな。久しぶりに密室で二人きりになれて嬉しいよ」
「っ、」
過去の苦しかった記憶がその言葉に刺激され、影は身を固くする。
「あの時、泣きわめきながら兄貴の名前を呼んでたな。今日も呼ぶのか?」
「……っ、」
ドアノブに咄嗟に手をかけるが、何故かノブは回らない。鍵など掛かっていないのに、ぴくりとも動かない。影は混乱する。
「開いて、開いてよっ」
もうあんな思いはしたくない。必死にノブを回そうとするのに、動かない。
「無駄だよ。お前をここに連れて来た奴が封印してるから。此処には誰も入れない」
ゾッと寒気を感じて振り返れば、細い眼を不気味に笑ませた教師が間近に立っていた。
「…っ、やだっ」
怯える影の手首を掴む。生ぬるい息が顔にかかり、影は嫌悪感に顔を逸らす。
「良いね、そんな顔もそそる」
「…助けて、兄さん」
「だから無駄だよ」
御鶴城の声が影の中で無情に響いた。