第二十五話:揺れる女心
電話を終えた麻理花は悲しげに項垂れていた。
(やっぱり私じゃだめなんだ。…そうだよね、そんなに深い仲っていうわけでもないし)
そう自分を納得させようとしても、無理だった。どうにかしたい、という想いが消えない。
「影君」
昼休憩終了五分前に影が教室に戻って来たが、あまり顔色が良くない。まだ具合が悪いのではなかろうか。奈緒を見遣れば、突っ伏してふて寝をしている。今から授業だというのに。
「影君」
影の席に歩み寄ると、影は不安気な顔を上げた。
「あ、山城さん…」
「顔色悪いよ?大丈夫?」
「…うん」
「九連君のこと、考えてるの?」
ふるふる、と影は首を横に振る。
「…そう」
影が俯いてしまい、麻理花はおとなしく自席に戻った。
「奈緒。起きてたの」
奈緒が不機嫌そうに眉根を寄せて天井を睨んでいるのだった。
「…気に入らない!」
いきなり喚いたかと思うと、奈緒は唖然としている麻理花の前で帰り支度を始めたのである。
「な、奈緒?」
「あの馬鹿野郎に説教してくる!!」
「は、はあっ!?」「それじゃ、また!」
麻理花に挨拶をすると、奈緒は教室を出た。
「…いきなりどうしたんだろう、」
ちらり、と影を見遣れば、小柄な少年は何か他のことを考えているらしく奈緒の奇行には一切の注意を払ってはいなかった。
「!」
玲治に呼ばれたような気がして、梓は半紙から注意を逸らしてしまった。
「あ、」
筆先が変な震え方をしてしまい、余白に墨が一滴垂れてしまった。
「詩堂さんにしては珍しいミスね」
「…先生、」
書道の教師が落ち着いて、というように梓の肩をポンポンと叩く。
「何か聞こえたような気がして…。すみません」
「気にしない気にしない。さ、次」
「…はい」
空耳だったのだろうか、と梓は新しい半紙を用意しながら思う。
(…気のせいなら良い。でも、もし本当に玲治に危険が迫ってるなら…)
どうしよう、と梓は筆を握るのを躊躇していた。一度集中力を削がれ、且つ玲治のことが気になっている今良い字を書ける気が全くしない。
「詩堂さん?」
なかなか書き始めない梓に、教師が声をかける。
「どうしたの?」
「いえ、」
あと数分で1日の授業は終わる。終わったらすぐ学校を出るんだ。梓は固くそう誓い、筆を手に取った。