第二十四話:届かぬ声
目覚めたときに感じたのは、酷い寒気だった。
(俺は…どうしたんだっけ…。っ、痛)
米神がズクンッと痛んだ。玲治は数回ゆっくりと瞬きを繰り返す。
「な、何っ、これ」
少し落ち着いた後で玲治は両手両足を拘束具で固定されていることに気付く。しかも自分のベッドかと勝手に思い込んでいたが、実際はぎしぎしと軋む音のするパイプベッドである。布団はなく、板に直に寝かせられている。必死に手足を引っ張っても、拘束具は外れそうにない。
「起きたか」
「っ!!」
聞こえきた女の声に、玲治は身をすくませた。嫌な汗がぶわっと全身の汗腺から吹き出す感覚に襲われる。コッ、コッ、コッというヒールの音が近づいて来る度に、玲治の心臓が悲鳴を上げる。
「だ、嫌だっ…」
拘束具から逃れようとするほど、白い手首に小さな擦過傷が出来て痛い。
「気分はどうだ」
ついに女ー芦原遊子が枕元に来る。玲治は顔を背けるが、彼女に顎を掴まれてあっさり眼を合わせる羽目になる。
「相変わらず怯えた眼をしているね。いい加減慣れたらどうだい」
遊子の背後に、幸せそうに微笑む兄の姿を認めて玲治は眼に涙を浮かべた。
「兄さん助けて、助けてよっ」
だが、兄・佳那汰からの返事はない。遊子が玲治の口を手のひらで塞ぐ。
「っ、ふぐっ…!」
「少しばかり仕事が入ってね。薬、入れさせてもらうよ」
遊子の顔が徐々に近づいて来る。玲治が暴れるも、遊子に傷一つつけることすら出来ない。
(助けて、…梓助けてっ…!!)
不甲斐ない自分を呪いながら、玲治は最愛の人の名を心の中で叫ぶ。遊子の唇が玲治の唇に触れ、遊子が噛み潰して液状になった薬が彼の口内に注入される。敢えなくごくりと飲み込んでしまう。
「…っ!!」
頭がぐらりと揺れる感覚に、更に汗が吹き出す。
「あっ、…っ」
意識がどろりとした闇に覆われるイメージ。自分が自分でなくなる。堕ちていく。闇の中へ。
「…ぃ、さん」
意識が完全に消える直前、もう一度兄を呼ぶ。やはり返事は返ることなく、玲治の意識は完全に途切れた。