第二十一話:崩壊開始
乃村正人の死因、頭部強打による頭蓋骨陥没。
「今まで通りの方法だね。記憶の抑圧はうまくいった?」
遊子の問いに、カルテらしきものに眼を落としている佳那汰が一つ頷く。
「…はい。昨晩修正を施しました。微かに殺した際の感覚が残っている可能性もありますが、あったとしても夢の範囲で納得できる程度のものと思われます」
「ならば結構。詩堂梓…だったかな。あの女に人を殺したと訴えたときには心臓が止まるかと思ったよ」
遊子が苦笑し、佳那汰も頷いたとき、机上の電話が鳴った。
「はい、芦原」
相手が名乗ると同時に、遊子がしかめつらをした。愉快な相手ではなかったのだろう。
「お前か。何、決行する…?仕方ないな、貴様の叔父には借りがある。…言っておくがイレギュラーがあっても尻拭いはせんぞ。…分かった。貸し切りにしてやる。ああ、ではな」
遊子はふん、と鼻を鳴らして受話器を下ろした。
「遊子様?」
「例の変態教師だ。“あれ”を敢行するのだと」
佳那汰の眉も寄せられる。
「…本気だったんですか、あれ」
「あれはああいう男だ。そして必ず最後には泣きを見る」
「……」
「玲治を貸し出す。薬の投与を通常の三倍にしろ。玲治という自我を押し潰して構わん」
物々しい言葉に…、実の兄であるはずの佳那汰はひどく嬉しそうに微笑んだ。
学校を抜け出したものの、日向は嫌な予感から抜け出せずにいる。御鶴城研吾のいやらしい笑みが頭から離れない。
「くそっ!!」
イラついて、思わずそばにあった空き缶を蹴飛ばす。時間帯のためか、人の疎らな駅前。日向はそのロータリーにあるベンチの一つに腰かけた。
(あいつは本気で影に手を出すつもりなのか)
まさか不審者対策の風紀委員見回りすらもそのために発案したのではあるまいな。
(だが)
自分から突き放した手前、影を守ろうと単純には思えない。自分がひどく勝手な人間に思えて来る。
(…俺は何をやってる)
項垂れ、日向はため息をつく。
(それに御鶴城が本当に影に手を出すって決まったわけじゃなし…)
そう思い込もうとした日向は、この何時間後かに酷く後悔することになるのだが、今は知る由もなかった。