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第十七話:逃避と慟哭

やっぱり九連の様子がおかしい。日向の背中を見ながら奈緒は思う。飛び出した影が授業に来ないというのに、焦ったり心配したりしている様子が一切ないのだ。普段の日向ならば授業など抜け出して影を探しに行きそうなものなのに。

(そもそも九連が影をあんなに突き放すなんて今まで見たことがない。…九連に一体何があったのか)

一瞬遊子の顔が脳裏を過るが、恐らく彼女は関係ない…筈だ。そう思いたい。「うん、もうこんな時間か。切りも良いし、終わりにしましょう」

数学の教師が出ていくと同時、奈緒は席を立つと日向に迫った。

「九連!」

「…何だよ。んなデカい声出さなくても聞こえるよ」

「あんた、何かあったでしょ」

「何かって何だよ」

いかにも日向はダルそうで、奈緒の顔を見もしない。

「…影を突き放すような何か、よ」

「……別に。今までがおかしかったんだよ。蓮本だって昨日言ってたろ、影だってもう高校生の男の子だって」

「でもあんたは俺の勝手みたいなこと言ってたじゃない、それがなんで」

「うるせえよっ…!」日向が怒鳴り、奈緒は思わず口をつぐむ。ざわっ、と室内がざわめく。

「九連」

「俺と影のことだろ!お前には関係ない、放っとけよっ!!」

弟の“中”に何かいるんだよ。赤い眼を持った、狂暴な何か。…そんなこと、言えるか。そいつに、自分のせいで影は本当の自分を出せないのだと言われたー自分が影の重荷になっているんじゃないかと不安で仕方ないんだ。なんて、そんなこと言えるかよ!!「…そうよね、そうだった。何であたしがあんたら兄弟のことをこんなに考えないといけないのよ。そうよ、無関係だった」

奈緒は淡白な口調で確認するかのように呟く。眼を逸らしたままの日向の顔を見るのが、何故か苦しい。この気持ちは、何ー?

「余計な口出ししてごめん。もうしない」

ガタッ、と大きな音を立てて日向は席を立つ。

「春日」

「な、なに九連」

隣の席の春日という男子生徒に言付けを頼む。

「俺早退するから。何か言われたら適当に作っといて」

「え、おいっ!」

春日の呼び掛けを無視し、日向は教室を出ていく。奈緒は日向の机をガンッと蹴りつけた。



そろそろ二時間目が始まるから早く動かないと、と思いながらも影は保健室のベッドからなかなか離れられないでいた。教室に戻るのが不安だった。日向に会うのが怖かった。またウザイと拒絶されたらどうしようかと思わずにいられない。日向の冷たい視線が心に刺さる。

(あんな眼で、初めて見られた。…絶対兄さんに嫌われた)

「山城さん、もう大丈夫なの?」

「はい。寝たら大分」

聞こえてきた馴染みの声に、影は現実に引き戻された。耳を澄ませる。

「デリケートなことだし、無理はダメよ」

「はい」

影はベッドから出ると、周りを囲む淡いピンクのカーテンを引き開けた。

「山城さん」

「あ、影君」

山城麻理花が養護教諭と話している姿があった。

「そう言えば同じクラスよね。九連君も大丈夫そうなら教室に戻る?」

「あ、はい」

反射的に頷く。「じゃあ一緒に教室行こうか」

「う、うん」

麻理花に引っ張られる形で影は保健室を出た。

「まさかお隣のベッドで寝てたなんてね。全然気付かなかったよ」

「うん…僕も」

麻理花が不思議そうに影を見る。

「山城さん?」

「もしかしてまだしんどいの?何だか元気ないね」

「そ、そんなことないよ?大丈夫」

「なら、良いんだけど」

麻理花に話してみようかと思う。日向に嫌われたかも知れないと。疎まれているかもしれないと。

思い切って話してみようと決意を固めた瞬間だった。麻理花の方が先に口火を切る。

「そう言えば聞いたよ、風紀委員の見回りのこと。影君、風紀委員だよね。あれは強制参加なのかな」

「御鶴城先生はそのつもりみたいだよ…」

「あの先生本気なのかしら…。教育委員会が知ったら何て言われるか」

麻理花が、はあ…と憂いため息をつく。「九連君、影君が参加すること知ってるの?」兄の話題が出た瞬間、影はビクッと身を震わせた。だが麻理花は気付かなかったらしく、微笑んで

「九連君なら絶対止めるよね。目に浮かぶなぁ」

幸せそうな口調で呟く。

「……」

確かに昨日は止められた。絶対参加というなら俺が出る…とも言っていた。

「…影君?やっぱりまだ具合が、」

「兄さんは…止めないよ」

気付けばそんなことを口走っていた。麻理花が、え、と不思議そうな声を上げる。影を見る。

「影君?」

「…僕は、見回りに参加する。兄さんには、従わない」

「…九連君と何かあったの?影君、泣いて…?」

「え、」

呆然とした様子の麻理花に言われて初めて、影は自分が泣いていることに気付いた。

「か、影君!?」

「どうしよう、山城さん。僕、兄さんに嫌われた。拒絶…された」

影は廊下にしゃがみ込んで慟哭する。麻理花がおろおろしている。迷惑をかけていると分かっていても、溢れる涙は止まらない。日向が手の届かないところに行ってしまった。そう思うと、涙がさらに溢れてどうしようもなくなった。

当事者ではない外野までおろおろ(笑)よほど九連兄弟は仲良しで通ってたみたいです。

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