第十六話:吉備と影
「遊子様、乃村正人の検体が到着しました」
佳那汰の言葉に、遊子は頷きながら立ち上がる。
「状態は?」
「極めて良好です」
「それは良かった」
遊子は不敵な笑みを浮かべ、歩き出した。
「んっ…」
「お、眼ぇ覚ますかな」
三年の吉備実俊は、下級生であろう男子生徒を保健室に運んだまま一時間目をサボっていた。養護教諭は教室に行けと渋面を作っていたが、吉備は梃子でも動かなかった。
「…ここ、は」
下級生が眼を開けた。蛍光灯の眩しさに眼を細め、小さく唸る。
「起きたか」
「えっ、」
何を慌てたのか、下級生はいきなり上体を起こした。そのせいか目眩がしたらしく、苦しげに息をつく。
「急に動くからだ。…取って食ったりしねぇから落ち着けよ」
下級生が顔を赤くして、小さい声ですみませんと呟く。何処かで見たような顔の気がするが…と吉備は記憶の箱をひっくり返してみる。
「あ、あの僕は、」
「あぁ、三年の教室が並んでる階のトイレでぶっ倒れてたんだよ。覚えてないのか?」
「トイレで…。あ、」
思い出したのか、下級生が小さく呟く。
「お前、二年?会ったことあるっけ?」
下級生はキョトン、と眼をしばたいて、
「は、はい。二年の九連影です、けど」
「おぉっ、九連日向の双子の弟!!」
日向にはたまに吉備が所属しているバスケ部に応援として出てもらうことがあるから、彼とは親しい。目の前の下級生は、一回だけ日向に連れられて練習試合に見学に来たことがあるはずだ。だから特に何も考えずにそう言ったのだが。
「兄さんの、お知り合いですか…」
スッと悲しげに眼を伏せ、九連影はギュッと拳を作った。何か言ってはいけないことを口にしたのかとビックリする。
「え、おれ言ったらまずいこと言ったか!?」
「ち、違います。ごめんなさい」
謝られても困ってしまう。
「よく分からんが、一時間目が終わるまで横になってれば?」
「は、はい。すみません」吉備はポリポリと坊主頭を掻く。
「あ、あの、保健室まで運んでくれたんですよね…。ありがとう、ございました」
「気にすんな。じゃ、あんま無理すんなよ」
残りの時間は屋上に避難しよう、と思いつつ吉備は保健室を後にした。影の視線を痛いほどに感じながら。
吉備さん初登場。今後絡ませるかは不明(えっ!?)