第十五話:玲治と梓(2)
梓が教室に行くと、玲治はすでに登校していた。窓際最前の自席に腰掛け、雨にけぶる外を見ている。室内はまだ彼一人で、ひどく静かだ。
「おはよう、玲治」
「梓。…おはよう」
自信なさげにぼそぼそと喋るのは玲治の悪い癖だと思う。梓は複雑な思いで玲治の愁いの浮かぶ横顔を見ていたが、左頬に貼ってある真っ白なガーゼに気付いた。
「玲治、左頬…どうしたの?」
ピクリと長い睫毛が震える。
「…何でもない」梓の脳裏に、玲治が謎の男に連れて行かれる姿が思い出される。まさか。
「梓、なにすっ、」
玲治の声を無視し、長袖シャツの袖を捲る。捲って息を呑んだ。玲治が眼を伏せる。
「どういうことよ、」
「……」
「どうして、こんなに痣が、」
恋人の細い腕には、たくさんの青痣があった。大きさや形は様々だが痛々しいことに変わりはない。中には明らかに煙草を押し付けられたような痕まであった。
「どういうことよ、」
「梓、痛い放して」
弱々しい声に梓は自分がかなりの強い力で玲治の腕を掴んでいたことを知る。
「ご、ごめんなさい」
「……」
玲治には説明する気がないらしかった。無言で袖を直す。
「玲治」
「…何」
感情ののらない乾いた口調。こちらを見ようともしない。
「お願いだからあたしを見て」
反抗もせず、玲治が梓を見る。望洋とした力のない瞳で。梓は居たたまれなくなる。いつからだろう、恋人のこんな瞳を見るのが日常茶飯事になってしまったのは。「痣、どうしたの」
「……」
玲治は答えない。自分の意思で答えないのか、それとも、答えられないように操作されているのか。
「あたしには、言いたくない?」
卑怯な訊き方だと思う。こうやって訊けば、玲治がどんな反応をするか分かっているから。案の定、玲治が梓の言葉に大いに反応する。
「そんな…こと」
震える声。震える肩。あたしもあいつらと同じことをしている。玲治の弱味につけこんで、彼の心に土足で踏み込もうとしている。それがどんなに玲治を傷つけるか分かっていて、あたしはそうしている。だって、(あたしは誓ったの。あたしの大切なものを奪った芦原の人間に復讐してやると。だから玲治に近づいた。利用するために。なのに、なのに、)
いつの間にか、梓は玲治を本当に愛していた。好きになっていた。
(あたしは、バカだ)
玲治は気付いているのだろうか。梓が自分に近づいてきた本当の理由を。
「俺は、」
今にも泣き出しそうな声に、肺腑が抉られるような錯覚を覚える。
「痛いよ…」
「っ!」
心臓が高鳴る。泣きそうになる。
「俺…、痛くて、痛くて。昨日、殴られて」
「玲治、」
「どんなに謝っても許してもらえなくて。一杯、痣が出来た」
「玲治、もう良い。ごめん、やなこと訊いた。ごめん、ごめんなさい」
梓は玲治をギュッと抱き締める。ついに泣き出した玲治の、苦しげな嗚咽が梓の心を焦がした。