第十四話:発作
兄さんに嫌われた。どうしよう、どうして良いか分からないよ。
「っ、」
奈緒の呼ぶ声がしたが、影は彼女と顔を合わせたくなくて思わず逃げるように男子トイレに入った。奈緒は気付かなかったらしく、トイレを通過していく。
「う、うぅ」
個室に入り、堪えきれずに涙を溢した。ちょっと喧嘩みたくなっただけで、こんなに泣いてしまう。何て弱いんだろうと涙を拭いもせず自嘲する。
「…どうして、どうして、」
昨晩から何かがおかしい。日向も、自分も。
「っ、くっ」
急に胸が締め付けられる。汗がぶわっと吹き出す。心臓がどくどくと早鐘を打ち始める。気持ち悪い。「はっ、あっ」
苦しい、うまく息が吸えない。脳内で光点が明滅する。手足が氷にでも触れているかのように冷たくなる。
「…っ、」
必死になだめる。落ち着け、落ち着けと言い聞かせる。発作用の薬は鞄に入ったままだ。立て、立って教室に戻って薬を、
「あ、」
立ち上がろうとしたら、足元がふらついて上手く立てない。ずるっ、とドアにもたれて踞る。
「兄さんの、言った通り…だね」
他人の力がなければ何もできない。ーうざいから。
「は、はは」
何だか笑えて来て、影は気の抜けたように笑った。
「本当…だね」
「誰かいるのか?」
突然個室のドアがノックされた。
「お〜い」
「あ、」
「具合でも悪いのか?」
誰だろう、と思いつつ影は藁にもすがる思いで必死に鍵を開けた。
「お、おい大丈夫かよっ?!」
真っ青な顔で荒い息をする影を仰天した顔で見ていたのは、生徒だった。がっちりした体格で、影など軽々と背負えそうである。
「っ、」
「と、とりあえず保健室だな。ほら、掴まれ」
頷くだけで精一杯ながらも、差し出された手を掴む。
「冷てっ…、ってんなこと言ってる場合じゃねぇか」
男子生徒は慌てて影を担ぎ上げると、トイレを飛び出した。