第一話:ある日の夕方
「ねぇ、麻理花のことどう思う?」
「は?」
夕焼けに染まる教室に、九連日向はいた。窓の外を見遣る彼の横には、クラスメートである蓮本奈緒の姿がある。
「可愛いでしょ?」
「…そりゃあまあ。何だよいきなり」
怪訝そうな日向には構わず、奈緒は窓を背にして壁に凭れた。いつ見てもその横顔は気だるそうである。
「別に。ただなんとなく訊いてみたかっただけだから」
「ふ〜ん」
日向は麻理花のことを思う。奈緒に比べてふっくらとし、何より目を引くのは目の大きさである。化粧の効果でもなく、元から大きいらしい。ぱっちりした目は、微笑むと一本の線になるから不思議だ。少しかかった緩いパーマは、彼女のほんわかした空気にマッチしていると思う。
「ねえ、九連」
「…どうでも良いけど、蓮本、お前いい加減煙草吸うの止めろよ。すげえ香る」
「どうでも良いなら言うな」
奈緒はにべもなかった。日向ははぁ、とため息をつく。
「で、さぼり魔の蓮本が何で放課後になっても居るんだよ」
「別に。ただの気まぐれ」
「お前と話してると、空気と話してる気になるよ…」
「うるさい、弟煩悩兄」
「…何だよ、それ」
奈緒が唇の端に皮肉げな笑みを浮かべる。スカートのポケットに手を伸ばすが、日向の視線に気付いて止めた。
「分からない?影だってあんたと同じ17の男の子なんだよ。委員会が終わるのを待つ必要あるの?ってこと」
「別に俺の勝手だろ」
日向は思わずムッとして窓の外を見遣った。グラウンドでは、サッカー部が部活に勤しんでいる。帰宅部である日向には関係ない光景。
「そう言えば山城は?いつも一緒にいるのに」
「さぁ。気付いたらいなかった」
然したる感慨もなく奈緒は肩を竦めた。
「あ、兄さん」
双子の弟の声に、日向はドアの方を向いた。双子ではあるが、母方の血が濃く出ている影は父方の血が濃く出ている日向とは余り似ていなかった。体格はほっそりしていて、顔は白く女の子のような中性的なもの。体はあまり頑丈ではなく、幼い頃は度々体調を崩しては寝込んでいた。
「おう、お疲れ」
日向が手を挙げると、影が心底嬉しそうに破顔した。
「お待たせ。あ、蓮本さんもいたんだ」
「気付くの遅」
奈緒は小さく呟くと、鞄を手に取った。
「邪魔しちゃ悪いから行くわ」
「邪魔って何だよ」
「いちいち突っ込まないで。じゃね、影」
「あ、うん。また明日」
影にヒラヒラと手を振りながら、奈緒が教室から出て行く。
「蓮本さんと何話してたの?」
「ただの世間話。うし、俺らも行くぞ。夕飯の材料買って帰らねぇと」
「うん!兄さん、今日は何作るの?」
料理は専ら日向の仕事で、影は主に洗濯・掃除を担当している。指先は器用なものの、味の志向が異なるのか影は料理は苦手なのだった。
「影は何食いたい。…俺が作れるもんにしてくれよ」
「兄さんは大抵のもの作れるからなぁ」
「そうでもない」
日向が作るのは基本的に日本の家庭料理にありがちなおかずばかりである。影が料理が苦手だから日向の腕前を美化している可能性が高い。
「じゃあハンバーグかな」
「…じゃあの意味は分からんが、まぁ今日はハンバーグにするか」
「うん」
影が鞄を持ったのを確認して、日向は歩き出す。影が彼の後を追う。
お読み頂きありがとうございます。拙い文章ですみません(汗)