プチ小説「光る板」
―――――――彼らは、光る板を爪でひっかいたり、指先でつつきながらニヤニヤしていた。
「・・・あれは、なんだろう。」
僕は一週間も入院していたらしい。
入院先の先生の話だと、警備員の仕事の最中にケガをしたのだそうだ。
とあるビルの巡回中に、突然何者かに襲われ頭を強打したのである。そのため脳の側頭葉を損傷し、僕はここ二十年の記憶を失った。
僕の記憶は二十歳。見た目は四十歳。鏡を見て愕然とした。
鏡の向こうには、頭に包帯を巻いたおっさんがいる。それが現在の自分だと理解するのに数分かかった。
そうして、何とか退院した僕は、駅前のベンチでほうけていたのだった。
「・・・記憶喪失・・・か。」
目の前に広がる景色は、二十年後の未来ではあったが、さほど珍しい感じはしなかった。
しかし、ただひとつ気になる事があった。
手のひらサイズの薄い板である。ある者は眉間にしわをよせて、にらむ様にして指先でさすっている。
「・・・あれは何だろう。」
この光る板に夢中、といった若者たちであふれているのである。
次の瞬間、その答えが目に飛び込んできた。耳にあてて喋りだしたのだ。「はい。」とか、「了解です。」とか言っている。
―――――――携帯電話だ。
ヴーン・ヴーン。突然、僕のポケットの中で何かがうめきだした。
見ると、あの光る板であった。僕も矢印にそって板をひっかいてみた。
「あなた?」女性の声である。
「スマホのスイカに一万円チャージしておいたから、スマホがあれば、一人で帰って来れるわよね?」
「え、あ・・・。」ヴツ、ツー、ツー、ツー。
今のは、誰だったのだろう・・・。
不思議な事を言っていた。スイカに一万円って・・・。
「ぷはっ・・・。」
スイカを財布代わりに、レジでお金を払う自分を想像して、ついふきだしてしまった。
「ははっ・・・。」
笑いながらも心には、空虚な風が吹いていた。
晴天の空に、昔と変わらない白い雲がゆっくりと流れていた。
「光る板」終。