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「産毛」

作者: doremi

がらんとしたベッドが、音のない病室をいつもより白く見せた。たった一人の家族が居なくなった。私は、本当に「たった一人」になった。


入院中に運び込んだタオルも、パジャマも、遺品になった。本。携帯電話。新聞。カレンダー。写真立て。右手にバッグ、左手にゴミ袋を抱え、それらをただ事務的に仕分けた。もう何を思えばいいのか分からなかった。涙が、流れない。


ふと、手が止まった。私が持ってきた桃が、無機質なサイドテーブルに載っていた。母の一番好きな果物だった。朦朧とする意識の中で香りだけでも感じられただろうか。


桃を、どうしようか。きっと私は、一人でその桃を食べることも、捨てることも、供えることも出来ず、ただ腐らせるのかもしれない、そんな気がした。


柔らかな産毛に覆われたその桃を見ていたら、いつか見た、名も知らぬ子供の頬を思い出した。甘く香るような、瑞々しいあの笑顔。あの子は。遠い日の私かもしれない……と気付いた。冷えた鉄製の机が自分に重なる。戻れない記憶が眩しくみえる。もう戻れないのに。


戻りたい。と呟いて、気付けばベッドの陰にしゃがみ込み、子供のように泣いていた。閉じた四角い病室が、ひんやりした机が、自分の心のようで、一人では何も出来ないのに、誰にも見られたくなかった。それでも。涙はまだ、熱くて、苦くて。いつかまたあの子に会える、そんな予感がした。

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