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ナミダイロシンフォニー  作者: クロウ
第二楽章 サクライロカノン
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第03話 夏目幽香+夏目幽香=?

 陽介と麗奈は幽香の部屋に向かった。扉は半開きのままで、入ってみると幽香はすやすやと眠っていた。


「眠っているわね……」


 陽介はベッドの前に膝をつき、幽香の手を取った。

 顔色は悪くない。寝顔は穏やかで、一見何の問題もなさそうに見える。


「幽香、お前が僕の体を……?」


 そう問いかけた時だった。


「……んぅ」


 幽香が身じろぎをした。


「幽香?」

「幽香ちゃん?」


 そして。

 幽香の姿が──ブレた。


「ぇ……?」


 麗奈は目を見開いた。麗奈の見間違いでなければ、今目の前の幽香の姿が、二重に重なって見えている。


「なんだ、これ……」


 陽介も己の目を疑った。まるでノイズが走ったように、幽香の姿がブレている。そしてそのブレは、次第に大きくなっていく。

 片方の半透明な『幽香』がふわりと浮かび上がり、完全に分離し──

 やがて、陽介たちの目の前には『二人の幽香』の姿が現れていた。


「ん、あれ……お兄ちゃん……?」

『ふぁあああぁ……』


 僕たちに気がついた幽香と『幽香』は、声を揃えて言った。




『「おはようございます、お兄ちゃん」』




「麗奈、僕には今……幽香が二人見えているんだが」

「残念ながら私にも見えてるわ……」


 どうやら陽介だけの幻影ではなかったらしい。

 不可解な出来事が続いているが、その中でもこれは突出しておかしい。

 寝ぼけ眼を擦って伸びをする幽香。

 半透明で、ふわふわ空中に浮かんでいる『幽香』。

 これではまるで──


「まるで、幽体離脱だな……」


 もはや現実の摂理では説明できない出来事に、陽介は思わず頭を抱えた。


☆★☆


『私があなたの愛しの妹幽香ですよ』

「私があなたの未来の妻幽香ですよ」


 テーブルの向かいに座る幽香と『幽香』が得意げにシンクロしながら言った。


「厄介さも二倍だな」


 陽介は頭痛がした。一人いるだけでも厄介極まりない妹が二人がかかりで連携攻撃を仕掛けるようになってきたのだ。もう到底一人で捌き切れる量ではない。


「妹が突然スタンドを使えるようになった場合、兄はどういう行動をとればいいんだろうな」

「知らないわよ。私に聞かないでよ」


 麗奈は困り顔で「というか、スタ……なに?」と首を傾げている。


「んー、厄介だ。非常に、厄介だ……」

「厄介とは酷いですね」

『可愛い幽香ちゃんが二人に増えて』

「お得感も二倍」

『「最高じゃないですか」』

「ややこしいからどっちか一人が喋れ」


 このザマである。


「『幽香』、結局お前はなんなんだ……?」

「だから愛しの妹だって」

「お前じゃない」

『ワタシですか?』

「そうだ。そっちだ」


 あまりにも面倒くさすぎる状況に、陽介は「あーーーーー!」と頭をガリガリ搔きむしると、


「お前が幽香! お前がユーカ! 分かった!?」


 順に指差し、命名。半透明の謎の存在はユーカということになった。


「幽香」

『ユーカ』

『「分かりました」』

「……頭がおかしくなりそうだ」

「アニメだと分からない表現ですね」

「メタ発言はやめろ」


 とにかく、落ち着いて状況の解明に努めなければならない。


「大丈夫?」


 麦茶をコップに注ぎながら、麗奈が心配そうに聞いた。

 麗奈の問題を解決したと思った矢先に、これだ。陽介は休む暇なく問題に立ち向かわなくてはならない。


「僕は大丈夫だ。ただ……」


 目の前の超常現象に、陽介は頭を悩ませていた。


「どうしたもんかな、これは」


 陽介は、とりあえずユーカに話を聞いてみることにした。

 しばらく彼女と会話を続けてみて、分かったことが幾つかあった。

 一つ。幽香もユーカも倒れる前までの記憶を保持しているということ。

 二人が分岐したのは、少なくとも倒れた後の段階で、それ以前の記憶は共有されている。

 二つ。それとなく探りを入れてみても昨夜の出来事は記憶にないようだった。

 麗奈が言うには、「昨夜の陽介は幽香みたいだった」らしい。実際の光景を見ていないので陽介にはなんとも言えなかったが、麗奈がそう言うならば信じるのみだ。

 仮定としては──信じがたいことだが、ユーカが何らかの霊的存在であり、昨夜の『陽介』の行動はユーカが取り憑いたことで起きた……というところだろうか。

 昨夜のことは覚えていないようだが、無意識的に陽介を操っていたと考えることはできなくもない。これだけ超常現象が起きてしまえば、もはや常識を持ち出している場合ではない。

 実際、半透明でふわふわ浮いているユーカは、まさしく幽霊のようだ。

 試しに触ろうと手を伸ばしてみた。


「ん。やっぱりすり抜けるのか」

『んっ……』

「え、なに?」

『なんか、体を触られてると思うと恥ずかしくなってしまって』

「私の体が触られてると思うと、なんだがムラムラしますね」

「妄想力で気持ちよくなるな」

「生身の体の妹はいかがですか? ほら」

「お前ら歪みねえな」


 捌ききれない。

 とにかく、簡単に言えばユーカはおそらく霊的存在である。

 これもまた、心象病のもたらす影響なのだろうか。

 あと、最後に分かったこと。

 どうも、幽香本体の方が若干図々しい。


 ──「私があなたの未来の妻幽香ですよ」

 ──「私の体が触られてると思うと、なんだがムラムラしますね」


 発言を見返すと、だいぶ図々しい。

 なんというか、僅かだがユーカよりも、好意を積極的に伝えてくるというか……。

 些細だが、何年も一緒に暮らしてきた陽介にはそれが引っかかっていた。

 服装も同じ。容姿も同じ。声音も同じ。だが、性格は若干異なる。

 という訳で、解決の糸口は依然として掴めないものの、なんとか『幽香とユーカ』という存在の一端を理解することができた。


 ──さて、これからどうするか。


 陽介が次に取るべき行動を模索していると、ピンポーンとドアのチャイムが鳴った。

 陽介が玄関に向かいドアを開けると、そこには寧々が立っていた。サイズが合っていない袖がだるだるのセーターを着ており、今日の髪型はウェーブのかかったサイドテールだ。


「幽香ちゃんが倒れたって聞いたんだけど、大丈夫なの!?」

「あ」


 そういえば、寧々に経過報告するのをすっかり忘れていた。

 寧々は陽介たちが帰ってきたあの日、寝ずに夏目家の前で待っていた。そのため、無事を確認するとすぐに「もーむり! 寝る!」と言って自宅に戻ってしまった。その直後に幽香が倒れたのだが、寧々にはメールでそのことを伝えていた。それで心配になって、朝から夏目家に押しかけたのだろう。


「あ、じゃないよもう! ……それで、大丈夫なの?」

「あー、ええと、大丈夫といえば大丈夫なんだが、大丈夫すぎて厄介さが二倍になったというか」

「んにゃ? どういうこと?」

「見れば分かる」


 陽介は寧々を居間に案内した。

 事情を一から説明するよりもユーカを見てもらったほうが早いだろうという判断だ。

 陽介はリビングのドアを開いた。幽香はソファにちょこんと座り、ユーカと何やら話している。


「あれを見てくれ。……あいつをどう思う?」


 寧々は幽香を見て、訝しげな視線を向けた。

 それからしばらく眉を潜めて幽香を観察したのち、


「幽香ちゃんは、頭でも打ったの?」


 そんな、微妙に的外れな回答を出した。


「え? いや、それよりもっとこう、驚くべき光景が広がってるだろ?」

「ま、まあ、そりゃ幽香ちゃんが誰もいない空間に話しかけてるのは異様な光景だけど……」

「……は?」


 陽介はここでようやく違和感に気がついた。

 話が噛み合っていない。

 誰もいない空間?

 だってそこには、ユーカが……。


「おい、ユーカ! ちょっとこっち来い!」


 混乱した陽介はユーカをこちらに呼んだ。すると、スーっと滑るようにユーカがソファを透過してやってきた。


『何ですか? 夜の予定ですか? 空いてますよ? ちなみに今日は安全日です』

「余計な情報は付け加えなくていい」


 厄介。


「え、え……!?」


 寧々は大仰に仰け反りながら驚いていた。何か信じられないものを見るような目で陽介を見ている。


「陽ちゃんまで……おかしくなっちゃったの……?」

「残念だが僕はまともだ」

『ああ、いたんですか寧々さん。おはようございます……って、あれ?』


 どうやらそこでユーカも気がついたようだ。




 ──自分の存在が、寧々に認識されていないということに。




『これは……どういうことなんでしょう』


 ユーカは首を傾げた。彼女も、自身の存在については疑問が多いようだ。


「寧々。驚かずに聞いてくれ」

「う、うん」

「今この部屋には、僕たちには見えていて寧々には見えていない幽霊がいる」

「ええ!?」

「ちなみにそいつは幽香のようなそうでないような存在で」

「う、うん……」

「今日は安全日だと言ってる」

「うん……うん!?」


 もう何が何だか分からない寧々は、今にも倒れそうだったが、かろうじて意識をつなぎとめて陽介に問うた。


「向こうにいる幽香ちゃんじゃなくて、目の前に……いるの?」

『いますよ~』


 ユーカが寧々の前でくるくる回っている。体の動かし方に慣れてきたようで、いつの間にか自由自在に空中を飛び回ることができるようになっている。物も透過できるようだし、幽体というのはかなり便利そうである。

 そんなユーカに、寧々が恐る恐る手を伸ばした。やはりその手はユーカをすり抜けるが、


「うわ、なんか、もわってした」

「?」

「目の前のここらへんの空気だけ、なんか生温かいんだけど……」

「あー、たぶんそれがユーカだ」

『ワタシって生温かいんですか……』


 どうやら、ユーカという存在は見える人と見えない人がいるらしい。

 陽介と麗奈は見える。

 寧々は見えない。

 見えない人には、ユーカの存在は謎の熱源として感じられるようで、触れようとすると変な温もりがある……らしい。

 その線引きがどのような基準で行われているのかは現状分からないが、何か明確な線引きがされているように陽介は感じた。


「陽ちゃん、幽霊とか苦手じゃなかったっけ?」

「めちゃくちゃ苦手だ」


 誰も信じてはくれないのだが、陽介はどうやら霊感が強いらしく、昔から謎の物音や振動に悩まされている。それゆえ、その手の類の話題になると人並み以上に敏感になるのだ。

ホラー映画が好きな幽香に付き合わされて何度か心臓麻痺で死にかけた。


「それで、信じがたいけど……目の前に幽香ちゃんの幽霊がいて、平気なの?」

「まあ、見た目めっちゃ幽香だしな」


 四六時中一緒にいる妹と全く同じ見た目、ほぼ同じ性格の幽霊なのだ。怖がろうにも怖がれない。


「ほへぇ……ほんとにいるんだ、ここに」


 未だに信じられない様子の寧々は、ぶんぶんと両手で目の前の空間をかき回している。


『ひゃぁん! 寧々さん、激しい……♡』


 別に何も感じないだろうに、それっぽいリアクションを取るユーカ。


「んにゃあ。まあ、幽香ちゃんに何事もないならそれでよかったんだけど……」


 若干疑問系の寧々に、やってきた幽香本体が答えた。


「多分平気ですよ。私の身体にも何かおかしなことが起きてるみたいですけど、麗奈さんみたいに命に関わる訳じゃないみたいですし」


 お気楽にそんなことを言う幽香。ユーカも『そうそう、むしろお得感が』などとほざいている。


「ねえ陽ちゃん」

「どうした」

「麗奈の件が解決したならさ、何かするべきことがあるんじゃないの?」

「すること?」


 はて。何か忘れていただろうか、と陽介は記憶の引き出しを探る。

 思い返してみると、この一週間はあまりに濃密すぎて、何か色々と後回しにしていたことがあるような気がしてくる。


「なんだっけ」

「もう! ちゃんと思い出して! タスクに最重要案件が残ってるでしょ!」

「うーん……」


 最重要案件……最重要案件……。


「あ」

「お!」

「生徒会の仕事、この冬休みの間に終わらせないと霧島会長に優しくシメられる」

「……」


 寧々はじっとりと半眼で陽介を睨みつけた。


「さすがのアタシもおこだよ」

「違ったか?」

「違うよ違いまくりだよ! 薄情な男は嫌われるんだよ!」

「嘘だよ」

「にゃ?」


 今にも怒り出しそうな寧々の言葉を遮るように、陽介は求めているだろう解答を口にした。


「ドリームキャッツ」

「!」

「パフェ」

「!!」

「これだろ?」


 陽介がしてやったりと得意げにしていると、


「~~~~~~~! もう!」


 寧々はポカポカと陽介の胸をたたき始めた。


「アタシをからかうのがそんなに楽しいか!?」

「楽しいんだなあ、これが」


 陽介は満面の笑みでそう返してやった。


『うわあ……』

「我が兄ながら、酷い性格ですね……」


 隣で見ていた幽香とユーカが、兄の所業に体を軽く引いている。


「私は基本的にお兄ちゃんの行動は全肯定する生き物ですが、こればっかりは……」

『ねえ』

「お前らが言うかお前らが」


 麗奈が来たばかりの時、熱湯をぶっかけようとした前科のある女が言える台詞ではない。


「と、に、か、く!」


 寧々は頬を膨らませ、腕を組んで仁王立ちした。


「陽ちゃんは今日、アタシをドリームキャッツに連れてけ!」

「今から?」

「今から!」


 有無を言わせない口調に、陽介も抵抗は無意味と悟り、


「……分かった。準備するから待っててくれ」


 そう答えるしかなかった。


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