魔王さまだって無双がしたい
「ハーッハッハッハ! ぬるい! ぬるいわ勇者よ! 顔を洗って出直してこい!」
「ば、馬鹿な! こんな事が……、ぐわぁあああ!」
キラキラと光る鎧に身を包んだ少年が力尽きて倒れこむ。その体は次第にあわい光をおび、少年よりも先に倒れた仲間たちがそうであったように消えていった。
「ふっ、たわいもない。余にたてつこうなどと、千年早いわ!」
整った造形の顔へ笑みをうかべて、豪奢なマントをふわりとひるがえした男は、そのまま戦いの場となった広間を後にする。
男が立ち去った後の部屋には、床や壁などいたるところに傷が刻まれている。そのひとつひとつが今しがた繰り広げられた戦いの激しさを物語っていた。
ここは魔王の城。
人類の宿敵、悪の根源である魔族の領域。その大地にそびえ立つ禍々しくも豪壮な魔の本拠地である。
幾多の勇敢な戦士たちが打倒魔王を掲げて挑み、そして某黒い悪魔捕獲器のごとくホイホイと吸い込ま――――――、もとい志半ばに力尽きていった悲哀と嘆きの地である。
城の主は代々魔王を名乗り、凶悪な魔族たちを強大な力で束ねていた。その力は恐怖の代名詞となり、近隣諸国を震え上がらせている。
人間たちは魔王と魔族の前に無力であったが、生きるため、そして未来をその手につかむため必死であらがい続けた。
しかしすでに軍隊は魔族の前に敗れ去り、組織としての体をなしていないのが現状だ。
追い込まれた人間たちが一縷の望みを託し、死地へと送り出すのは世界中から選りすぐった戦士たち、そして異界から召喚したという勇者だった。
決死の覚悟で戦い続ける戦士たちに、人々は最後の希望を託す。
行く先々で魔物の脅威を振り払い、困窮する民を救い、時に自ら傷つきながらも決して歩みを止めない勇者達は人類に残された最後の光だ。
そうして様々な苦難を乗り越え、ようやくたどり着いた魔王の城。
覚悟を決めて臨んだはずの彼らであったが、そんな勇者たちの剣も魔族の頂点に君臨する魔王には届かなかった。
女神の祝福を受けた聖剣を手にし、精霊王の加護を受けた衣に身を包み、聖女、剣聖、獣王、大賢者を引きつれても軽くあしらわれ、一太刀すら浴びせることが出来ない。
それほどに魔王の力は強大であったのだ。
まるで食後の軽い運動をこなすように勇者たちを退けた魔族の王は、悠々と執務室へ戻り、きらびやかな装飾の施された椅子へと腰掛けると次の瞬間――。
すぱーーーーん!
宰相が右手に持ったスリッパの一撃を後頭部に食らっていた。
軽薄な音を立てて魔王の頭が揺れる。
「い、痛いではないか!」
唐突な味方の裏切りを受け、それまで良い感じで自分のかっこよさに浸っていた魔王が声をあげた。
たかがスリッパの一撃、されどスリッパの一撃だ。
なんせ見た目よぼよぼの魔法使い風に見えても、宰相は魔王に次ぐナンバーツーである。その実力はそこいらにいる魔族とは比べるのも馬鹿馬鹿しい。
いや、ぶっちゃけ宰相だけでも本気になったら勇者パーティ殲滅できるだろうしね。
「一体何を考えているのですか!? 『ふっ、たわいもない』ではありませんぞ! 勇者を返り討ちにしてどうするのです!?」
「いいじゃん、別に。どうせあいつら近くの町ですぐ復活するんだし」
「良・い・わ・け・な・い・でしょう! 魔王なのですから、勇者が来たらちゃんと負けてもらわねば困りますぞ!」
魔王は勇者に討たれるもの。
三代前の魔王から脈々と受け継がれるその役目は、この世界にとってもはや通例となっている。慣習と言い換えても良い。
真面目な宰相にしてみれば、それはごく当然のことであるらしい。
一方の魔王は不満そうに頬をふくらませると、ホームルームの時間延長で下校時間が遅くなって不満を訴える中学生のように、ぶーたれた。
「えー、余だってたまには勝ってみたいもーん。自分より弱いヤツに負けて滅びるふりするのももう飽きたぞ」
「飽きたも何も、それがあなたの役目でしょうが!」
「ここ八千年の間に二十五回! 二十五回だぞ!? ずーっと負け続けていたんだから、今回くらい大目に見ろ」
「だとしてもやり過ぎです! あの勇者たち、これでもう八連敗ですよ!? そろそろ負けてあげましょうよ!」
「まだまだずっと俺のターン! 『勇者たちの冒険は始まったばかりだ』」
うわー。なんか微妙な最終回を迎えた連載漫画みたいなことを言い出したよ、魔王さま。
「そんな遊んでる場合ですか! いいかげんにしないと勇者の心が折れますよ!?」
「ふっ。勇者ならばこの程度の挫折は乗りこえてもらわんとな」
不敵に笑みをうかべて言う魔王さまに、宰相さんがため息をつきながらぼやいた。
「無茶を言わないでください。昔の勇者ならいざ知らず、今の勇者はゆとり仕様なんですから。能力や肉体的にはともかくとして、心の方は簡単にくじけてしまいますよ」
「なんだ、その『ゆとり仕様』というのは?」
聞きなれない言葉が魔王さまの興味をひいたようだ。
「昔と違い、今は勇者の成り手が少ないというのはご存じでしょう?」
らしいよね。昔は自前でまかなっていた勇者をわざわざ召喚しはじめたのは、ここ五千年くらいのことだもんね。
「そうなのか?」
「またあなたは……。大事なことなんですから、そういったこともキチンと知っておいてください」
二回目のため息をついて、宰相さんが勇者事情を説明しはじめた。
「魔王様が即位して間もないころと今とでは、勇者達に変化があったと思いませんか?」
「ふむ……、そうだな……」
魔王さまはアゴに手をそえて目をとじるとつぶやいた。
「そういえば……、昔の勇者はもっとこう……、たくましかったな」
確かにそう言われると、今の勇者はひょろっとしすぎだよね。
いや、強いことは強いんだけど、昔の筋骨隆々といった勇者に比べれば見た目がすごく頼りない。
「あとは……、最近はやたらと女性比率が高い気がする。勇者以外の男はひとり居るか居ないかという感じだな」
だよねー。
下手すると勇者以外は全員女のハーレムパーティだったりするもんね。しかも結構な頻度で。
「魔王様が即位した頃は、まだ勇者がこの世界で生まれていたのです」
魔王さまの見解を受けて、宰相さんが話を続ける。
「しかし五千年ほど前から勇者になろうという若者がどんどん減っていきました。どうしてだと思います?」
「人間が弱くなったからか?」
「いいえ違います。勇者という立場が敬遠されるようになったからです」
え? なんで?
勇者って言ったら子供達のあこがれ、人間にとっての英雄じゃ無いの?
「確かに魔王様を倒せば、この上ない名声を得られます。しかし、実態としては名声以上のものをほとんど得られないというのが現実です」
「それはおかしいではないか。魔王を倒したとなれば、人間の世界では富も権力も思いのままだろう?」
だよねー。
お姫様と結婚して王様になったりするんじゃないの?
「人間の世界はそのように単純なものではありません。元々王族や高位の貴族ならばともかく、庶民や一般兵士出身の勇者など、例え魔王様に勝った英雄ともてはやされたところでせいぜい与えられる地位は『男爵』止まりでしょう。財産にしても『一生食うに困らぬ』程度の報奨はあっても、それ以上は実益の無い『名誉』を与えて終わりです」
「え? それだけなの?」
「下手をすればその名声と力を危険視されて、密かに『病死』させられる可能性すらありますぞ」
なにそれ、怖い。
人間怖っ。
「見た目華やかに見えて、その実非常にブラックで報われないのが勇者という役どころです」
「ふむ……、白衣の天使ともてはやされても、実は過酷な職業だという『かんごふ』なる者どもと同じというわけか?」
魔王さま、魔王さま。今は『かんごし』って言わないと『じょせいけんりだんたい』っていう一族が攻めてくるらしいよ?
「む、そうなのか? そなたは博識だな」
えへへ。先代の勇者が野営中に仲間の神官へ言ってたのを盗み聞きしたんだー。
今だと『かんごし』よりも『えすいー』の方がブラックの代名詞になってるんだって。
「ほほう、異世界の流行廃りはずいぶんと激しいな」
「これ、話を脱線させるでない」
ありゃ、ごめんなさーい。
「話を元に戻しますが、魔王様。そんな事情から、勇者になるほどの力を持っている者が生まれても、結局本人が名乗りでないという状況になったのです。身を粉にして勇者業を何年もやるなら、そのたぐいまれな戦闘能力を利用して冒険者や傭兵をやった方がよほど金になりますから」
「なんと……、行き着くところは金か? 夢もロマンもないではないか」
「現実は物語のようにきれい事だけですみませんからな」
現実は厳しいってことだね。
「ふむ……。勇者の成り手が減っているというのはよくわかったが、なんだかんだと言って今もこうして勇者はやってくるよな?」
「自前の勇者が名乗りでてこないのなら、異世界から勇者を召喚すればいいと人間は考えたようです。召喚術をより高度に発展させ、勇者の素質を持った異世界人がこの世界にやってくるよう、見当違いの方向へ力を注ぎました」
その頑張りを勇者の努力が報われるように、待遇改善の方へ向けられなかったのかなあ?
「その試みは成功しました。異世界から強い魂を持った人間を呼びよせ、なんやかんやと丸めこんで勇者として送りこむことができたようです」
「ふむふむ」
ふんふん。
「ところがそれがうまくいっていたのも二千年ほどのこと。だんだんとこの方法もほころびが見え始めたのです」
「ほう」
へえ。
「これをご覧ください」
「なんだそれは?」
「これは『ふりっぷ』というものです」
宰相さんが空間魔法で取り出したのは、平らで薄い板のようなもの。
「武器か?」
「違います」
「防具……にしては薄すぎるな」
「戦いから少し離れていただけませんか? ――この戦闘脳筋め」
最後の部分だけ魔王さまに聞こえないよう、ボソリと宰相がつぶやいた。
けっこうストレスたまってるんだね。宰相さん。
「これは勇者志望者の人数と勧誘時の拒否率を図にしたものです」
宰相さんが持つ『ふりっぷ』には、カクカクといびつなナナメの線が二本引いてある。
「こちらの線が勇者になりたいという異世界人の数。こちらの線は勇者になることを拒否した異世界人の率です」
勇者志望者は右肩下がり、勧誘時の拒否率は上がる一方みたいだ。
「ここの部分で急激に拒否率が高くなっているな」
「おっしゃる通りです。そして拒否率が高くなった後、続くように志望者が減っております」
なんでだろ?
「何があったのだ?」
「召喚の際に異世界の神がちょっかいを出し始めたらしいです」
「なんと!?」
あちゃー! 神様でてきちゃったの!?
「むろん、神といえど他の世界に対して過剰な干渉はできないのが世の摂理というもの。異世界の神がやったのは、召喚される人物を一時的に留め、勇者の現実と実態を説明しただけです。なんでも『みすまっち対策』というものらしいです」
「それだけでここまで拒否率が上がるのか?」
「さようです。理想と現実のギャップを知った異世界人が召喚を拒否する事例が増え、その結果異世界でも勇者のブラックっぷりが知れ渡ってしまったのでしょう。ご覧のように急激な志望者数減少につながっております」
「ふむ……。それはよくわかったが、それが勇者の『ゆとり仕様』と何の関係があるのだ?」
あー、なんとなく分かっちゃった……。
「志望者が減り、成り手が少なくなるということは、それまで勇者候補としてふさわしくなかった者達を候補にせざるを得ません。まず、真っ当に仕事をしている者、真面目に学校へ通っている者はほとんどが勇者召喚を拒否します。となればそれ以外の者に声をかけるしかなくなります」
まあ、そうだよねー。家族やそれまでの人生を捨ててまで異世界に召喚されたあげく、勇者の現実が厳しいものだと知ったら、多少つらいことや納得できないことがあっても生まれ育った世界で日常を送る方がいいよね。
「働きもせずにダラダラと生きているだけの者、人とコミュニケーションを取れない者、自分からは何もアクションを起こさず他人に依存しているだけの者。そういった箸にも棒にもかからぬ者達しか勇者の成り手がなくなったわけです」
宰相さんは、やれやれといった感じで肩を上下させる。
「ですから昔の勇者みたいに『何度障害につまずいても努力と根性で乗り越える』などというかつての勇者像を求めるのは無理です。最近の勇者はやれ『経験値百倍』だの『敵の能力奪取』だの『無詠唱魔法』だの、そういったチートスキルが無いとまともに戦おうとしませんから。最初から圧倒的な強さが実感できないと、すぐに心が折れてしまうのです」
「え……、なにその微妙な……、それって勇者か?」
だよねえ。
なんかこう、勇者じゃなくて勇者(?)くらいでちょうど良い感じがしてきた。
「加えて自動で読み書きと会話を成立させる自動翻訳能力の標準装備や、理由もなく惚れる女性達が周囲に集まってくるという摩訶不思議な状況も必須条件です」
「いや……、そこまでしてやる必要があるのか? いたれりつくせりじゃないか」
「だーかーら、『ゆとり仕様』なんですよ。ちなみにいくらチートスキルを持って強くなったところで、精神はもともと打たれ弱いままです。言語の壁なんてあった日には早々にくじけますし、まわりが気をきかせてチヤホヤしてあげないと孤立してしまいます」
「あー、なんか敵ながら……情けないな」
需要と供給ってやつ?
今は勇者の売り手市場ってことかな?
有効求勇者倍率が高いんだね!
「またお前はわけのわからんことを言って……」
宰相さんは呆れ顔だ!
「それも勇者知識か?」
うん。先々代の勇者がボヤいてたよ?
なんでも『しゅうしょく氷河期』ってのから脱出してきたんだって。
異世界って寒いのかなあ?
「まあ、とにかく魔王様。これ、ここ見てください」
宰相さんがさっきの『ふりっぷ』を魔王さまに見せて線の一部を指差した。
「勇者を『ゆとり仕様』で優遇することによって、異世界では『異世界召喚ブーム』が起こっているんです。ほら、勇者志望者数と勧誘拒否率が少し改善されているでしょう? 今『ゆとり仕様』をやめると以前の状況に後戻りすることは明白です。だから勇者には挫折を味わわせることなく、円滑に使命を果たしてもらう必要があるんです」
あ、魔王さまが目をそらした。
「ま・お・う・さ・ま! だから次に勇者が挑んできたときは、ちゃんと負けてくださいね? 少しくらい苦戦させるだけなら構いませんが、返り討ちにするのは、も・う・無・し・で・お願いしますよ!」
「う、うむ……、そうだな……。まあ、少しは手心を加えてやっても……良いぞ」
思いもよらぬ勇者事情を知ることになり、非常に気まずい空気の中、魔王さまがしぶしぶと答えた。
でも宰相さん。ずいぶん勇者事情に詳しいよね。
異世界の神様が介入したことまで知ってたみたいだし。
「それは余も気になったところだ。なぜそなたは勇者達の事情をそこまで把握できているのだ?」
「あ、あなたがそれを言いますか……? 魔王様?」
あれ? 宰相さんの額に青筋がうかんでる。
「ど、どうした?」
「勇者の実情にしても、ここ数千年の傾向にしても、異世界神の介入にしても、すべて――、ぜんぶ残らず回覧に載っていたでしょう!」
回覧、……って何?
「む? 回覧? ……そのようなものあったか?」
魔王さまもきょとんとしている。
「あったか? じゃありませんよ! 毎月ちゃんと魔神様から回って来てたでしょうが!」
何それ? 初耳だけど。そんなものがあったの?
「キチンと執務室の机に置いてあるのに、いつもいつも……いっ――――――――――――――つもあなたが見向きもしないだけでしょう!」
異常に長い最後の溜めが、宰相さんの腹立ちをこれでもかと表しているようだ。
「少しは窓口になる私の苦労も考えてください! 『回覧まわって来ねーぞ!』ってご立腹の海神様を毎度毎度なだめて、『あんまり回覧止めないでよね』って魔神様のお小言を毎回毎回聞かなきゃならないこっちの身にもなってくださいよ!」
宰相さんがちょっと涙目になって訴える。
「あ、ああ……、それは悪かった……」
さすがに申し訳なくなったのか、魔王さまがしょんぼりとして謝罪する。
「本当に反省してますか?」
「う、うむ……。これからはできるだけ回覧も読むことにしよう」
「で・き・る・だ・け・ぇ?」
バキリ、と音を立てて宰相さんの指が『ふりっぷ』を握りつぶす。
あう。宰相さん、ちょっと怖いよ。目が血走ってるよ。
「どうやら反省がたりないようですね。ちょうど良かったです。先月の回覧で極界の清掃当番に欠員が出て募集していましたので、魔王様の名前で申し込んでおきましょう」
「な!? ちょ、ちょっと待て! あれ、ものすごく面倒なのだぞ!? 極界ってこの大陸の数千倍も広さがあるのだぞ! 清掃当番なぞやっておったら二百年は時間を取られてしまうではないか!」
「長い魔生の三万年に比べれば、たかだか二百年程度たいした長さではありません」
「あ、いやしかし……。そうだ! 勇者はどうするのだ!? 勇者相手に戦うという魔王としての役目を放り出すわけには……」
あれ?
勇者に倒される役目を放り出して、気ままに無双しまくってたような……。
「お前は黙ってろ!」
はーい。
「ですからさっさと勇者に倒されてください。魔王様を倒したとなれば勇者もやってくることはありませんよ。『まおうをたおしてせかいにへいわがおとずれた』となれば二百年程度魔王様が不在になったとしても気にする者はおりますまい」
「う……、しかしせっかく『余、TSUEEE!』が楽しくなってきたところだというのに……」
「いい加減にしてください! 魔王様が倒されたあとに城が崩壊したり、曇天から陽がさしこむ演出を毎回準備する我々の苦労がまったく分かっていないようですね! 『今度こそは』と用意した仕掛けが無駄になるあの徒労感が魔王様にわかりますか!?」
そういえば魔王さまが勇者を返り討ちにするたび、裏方の魔族たちが疲労もあらわにトボトボと普段の持ち場へ戻っていってたなあ。
そりゃあ、根をつめて用意した演出が八回も空振りさせられたら、うんざりもするよね。相手が魔王さまだから文句も言えないだろうし。
「むう……。そのような苦労をかけておったのか……」
宰相さんの剣幕に押され、魔王さまはしぶしぶながらも『次回は勇者に勝たせる』ことを了承した。
それから一ヶ月後――。
ようやく勇者たちが魔王の城に乗り込んできた。
あれ? びみょーに間が空いたね?
前は一週間くらいで再チャレンジして来てたのに。
いつも通り戦いの場となった広間では、ハイテンションな魔王さまがはっちゃけていた。
「ハーッハッハッハ! 笑止! こんなものか、勇者よ! この程度で余に勝とうなど、九百九十九年と十一ヶ月早いわあああああ!」
魔王さまの前で最後まで立っていた勇者のヒザがガックリと折れる。
一ヶ月前とまったく同じような展開が繰り広げられていた。
だが結果としては前回と同じであっても、やはり手も足も出ない九連敗というのは精神的にかなり来るものがあったのだろう。当の勇者には明らかな変化が現れていた。
「もう……、ヤダ……」
勇者らしからぬ弱々しいつぶやきを最後に、その体が光に覆われて消え去る。
あれ?
折れちゃった?
心折れちゃった?
なんか、今回乗り込んでくるまでちょっと時間かかってたみたいだし。
魔王さまに勝てるよう、修行でもしてきたのかと思ってたけど……もしかして、若干引きこもってたのかな?
「ふっ。魔族の王たる我が身を打ち倒そうというからには、せめて自力でかすり傷くらいはつけてもらわねばな」
かっこつけてる魔王さまに向かって、広間脇の扉からローブに身を包んだ宰相さんが全力でダッシュしてきていた。
「ハーッハッハッハ! まだまだ当分余のターン! 『勇者たちの冒険は始まっ――」
すぱーーーーん!
そこまで言いかけたところで、魔王さまの後頭部に宰相さんのスリッパアタックが命中した。
さえぎる物のない広間にその音が鳴り響く。
「い、痛いではないか!」
「あ、あなたという方は……、何度言えばわかるのですか!? 勇者に勝たせるってこの前約束しましたよね!?」
「いや、それは……その……」
魔王さまの目が泳ぐ。
いや、こっち見ないで魔王さま。
フォローとか求められても期待には応えられないよ?
だって完全に自業自得だよね。
「あ、いや、なんだ。前回よりも多少なりと強くなっておれば、倒されてやってもよいかと思ったのだがな。あやつ、まったく成長しておらなんだ。むしろ前回よりも覇気が無くて手応えを感じなかったのでな。こんなやつに倒されるのも癪にさわるなー、と思ったらつい……」
「つい、じゃあないでしょう! 見ましたか、あの勇者の目!? 死んだ魚みたいになってたじゃありませんか! このままだとあの勇者、心が折れて宿屋に引きこもりかねませんよ!」
「いや、さすがに勇者が宿屋に引きこもるとか、無いだろう? …………無いよな?」
「引きこもりのダメっぷりを甘く見ないでください! チートもらったくらいで生き方変えられるんなら、誰も苦労はしませんよ!」
広間では宰相さんのお小言がギャアギャアと木霊し、小言を食らっている当の魔王様は居心地が悪そうに頬を指で掻いている。
今回も演出の準備が無駄に終わった裏方魔族さんたちが、肩を落として通常シフトに戻る姿を横目に見つつ、『あの勇者、次はいつ来るのかなー?』とかあくびをかみ殺しながら思った。
――記念すべき第十回目の勇者襲来は、それから三ヶ月後のことだった。
「ハーッハッハッハ! 愚かなり、勇者よ! この程度で余に勝とうなど、九百九十九年と八ヶ月早いわあああああ!」
城の広間では、無双を楽しむ魔王さまの高笑いが今日も響きわたっている。