陽輔の事が心配だったので大人たちが奮闘しました
太陽本編11話の裏
御前ファミリーをお借りしてます。
らいとすたっふと櫛姐とダルタスも借ります。
その夜―――三月兎は朝霧と念話をしていた。
『例の作戦をやるにあたって、早苗に少しお願いが有るんだが』
「何ですか?急に改まって」
朝霧から頼み事をする時は、大抵は本当に重要な事が裏に潜んでいる。
案の定、大規模作戦に絡んだ話だった。
『明日からの取引だが、野菜の値段を少し下げてもらいたいんだ』
「はぁ…」
相も変わらず気の抜けた返事だが、二人の間ではいつもの事なので、朝霧は気にせずに続けた。
『今も安く仕入れさせてもらって悪いが、今後は作戦が完了するまでなるべく値段を抑えたくてな。試作ポーションは明日、取引の時に渡させる』
「分かりました。で、幾らにします?」
『…うむ……今の一割引きでどうだろうか』
「良いですよ」
数秒の沈黙の後、朝霧が出した提案に三月兎は即答した。
「じゃあ一割で」
『え、おい、』
何か言いたそうな朝霧の念話をそのまま切り、酒を呷った。
◆ ◆ ◆
翌日。
「あいよ~」
「じゃあ、これを…」
<三月兎の狂宴>のロビーで、三月兎と真人が会話をしている。
早朝のギルドハウスに、他には人が居ない。
二人の間には小瓶一ダースが入った箱が置かれていた。
代わりに、真人の<魔法鞄>に<狂宴>の野菜が詰め込まれる。
「真人です…はい、受け取りました」
真人が朝霧に念話を掛ける間、三月兎は小瓶のケースを台所の隅に置く。
レベル的に<魔法鞄>を持てない三月兎は、持ちきれない分をエリア指定などして保管するしか無いのだ。
「それにしても先輩、そんなに大量の野菜、何に使うんだろう…?」
「えっと数と金額は…」
請求書を片手に報告している真人をチラリと見ながら、三月兎はぼやいた。
「えっ?は、はい、確かにその金額ですが…」
真人の素っ頓狂な声が三月兎の意識を現実に引き戻す。
金額とな。何か不備でも有ったか。
真人が念話を切った途端、三月兎の方に念話が掛かって来た。
「もしもし?先輩、どしたんすか?」
『おい早苗!その金額はどういうつもりだ!?』
そんなに怒鳴らなくても聞こえている。
「どうってイチワリデスケド」
『お前、一割引きと言っただろう!何で値段が一割なんだ!?』
面倒そうに棒読みだった三月兎と違い、朝霧は更に突っかかる。
もしここに居たら詰め寄って来そうだ。
というか、昨夜の念話で「一割引き」と提案したのは朝霧で、三月兎は「一割」と言ったのだ。
「…じゃあお得意様って事で」
『じゃあって…』
まさに今考え付いた様な言い訳だが、三月兎は譲らない。
朝霧の数十秒に亘る押し問答は暖簾に腕押しだ。
やがて、朝霧の溜息が念話の向こうから聞こえて来た。
『…まぁお前がそれで良いなら構わんが…』
「あい」
『昨日もそうだったが、逆にビックリしたぞ全く』
「はぁ…そうっすか」
念話を切ると、真人にOKの返事をする。
何も知らない真人は素直に家を辞した。
「やれやれ…先輩もメンドイ性格してるなぁ…」
三月兎は小瓶のケースを見下ろしながらぶつくさと呟く。頑固と言うのか律儀と言うのか。
こっちがあれで良いと言ったのだからそれで良いのに。
と言うか、もっと値下げを頼まれるかと思ったぐらいで、そもそも自分と先輩の誼なのだから別にタダでも良い。
大体、ゲーム時代からしたら、普通の野菜でさえかなり高騰している。こんな状態は不健全極まりないと思う。
三月兎の記憶が正しければ、<ホネスティ>に流している値段は現在のマーケットと比べると割安だが、昔と比べると三~五倍程度になっている。
朝霧に卸している野菜は更に安くしているが、これでも以前より二~三割ぐらい高いのだ。
しかもこっちからも野菜を少し貰っているので、それで相殺でも良いと思っているぐらいだ。
とは言っても、値段を一割にすると流石に安すぎるか?
いや、よくよく考えたら、試作ポーションを貰っている時点でこっちの方が払う金額が多くなると思うのだが…。
向こうからは何も言って来ない辺り、気付いて無いのか、或いは必要経費と割り切っているのか。
三月兎は気付いて無い。現在、あちらから貰うよりこちらから卸す量が格段に多い事に。
「先輩は相変わらず堅物だなぁ。もう少し夜櫻先輩みたいに気楽に構えても良いと思うんだけどなぁ」
三月兎は欠伸をしながらポーション一瓶を掴み上げた。
◆ ◆ ◆
昼前、フェイディットから三月兎に念話が掛かって来たのは、<本部>への定期連絡を終え、<狂宴>に戻って酒を飲んでいる時だった。
「ちっ、全く、報告なんて念話で出来るってのにアインスの野郎…んぉ?フェイ君どったの?」
『早苗さん、ちょっとご報告が有るんですが』
「報告?」
『えぇ。今、近隣のエリアで素材アイテムの収集をしているのですが…』
多少言い淀んだフェイディットだったが、意を決して話し始めた。
『そこで陽輔君を見かけましてね』
「ふぅん」
『様子がおかしかったんですよ。ぼうっとしている感じで、モンスターを倒してもドロップ品を取らずにフラフラと行ってしまって…』
あの様子は街中で燻っている連中と似ている、と。
取り敢えず遭遇した付近のドロップ品は拾っておいたそうだが、その後は見失ったとの事である。
ただ、アキバから見て北の方角に行った事は確実らしい。
『一応、所長にはこれから報告しますが、まだ依頼が忙しいので…』
「おう、分かった。こっちで探してみるわ」
フェイディットとの念話を切った後、すかさず陽輔に念話を掛ける。
「…ちっ、出ねえな」
三月兎は直感した。想定よりヤバイ状態だ。
コールを切り、頭をフル回転させる。
冒険者は死んでも復活するから、そっちの心配はしなくて良い。
だが心の問題となると、早急に対処する必要が有るだろう。
この状態のまま死んだら、取り返しがつかない気がする。ただの勘だが。
誰か説得する必要が有るだろう。それも直接。
自分は無理だ。レベルが低い。
今日の予定は…。
『あぁマーチさん、どうかしたんですか?』
「ガックリちゃん、今日は周辺の調査だよね?」
『はい、そうですけど…?』
聞くと、現在はアキバとシブヤの中間辺りだった。
シブヤ支部全員で出てきているらしい。
街の外に居るなら丁度良い。
「ちょっとさぁ、陽輔探してくれる?」
『えっ?良いですけど、何か有ったんですか?』
「フェイ君から連絡有ってさ、陽輔見かけたらしいんだけど、様子が変だったっつって」
『様子、ですか?』
「それがさぁ、ドロップアイテムも拾わずにぼーっとしながらフラフラどっか行ったらしいんだ。そんでさっきあたしも念話してみたんだけど出なくてさぁ」
いつもとは違う少し焦りがちな三月兎の口調に、ガックリもただならぬ気配を察知したようだ。
『分かりました。北の方角ですね、探してみます』
「うん、お願い。こっちも他に手伝ってくれる人探すよ」
ガックリとの念話を切り、知り合いの名前を思い浮かべる。
真っ先に消したのは舞だった。
心配掛けてもいけないし、今日の<ホネスティ>主催の戦闘訓練ではアキバの南側に行っている。
こっちに来るまでに時間も掛かるだろう。
ジョージやカイトたちもそっちに居るし、説教までするとなると、精神的に近すぎる気がする。
他の候補は。
「あ、居た」
三月兎はフレンドリストからその名前を選択してコールした。
「おう、康介か」
『おや、早苗さんじゃありませんか?』
「久しぶりだな」
『えぇ、そうですね。どうかされましたか?』
こっちで連絡を取るのは、大災害以来か。
今では他ギルドのメンバー、しかも大ギルドの幹部クラスに連絡を取るのはご法度の様な雰囲気が蔓延している。
その不自然さと焦りを感じ取ったらしく、ランスロットも挨拶をそこそこに続きを促している様だ。
「陽輔が精神的に参ってるみたいでさ、今、どっかにフラフラと出かけてるみたいなんだけど」
『陽輔君もですか』
「おう、<D.D.D>もか」
『えぇ、まぁ何人か塞ぎ込んでますね。それで、フラフラと仰いましたが、念話はされましたか?』
「したけど出なかったんだ。多分気付いて無ぇな」
『気付いて無い、ですか。彼にしては相当ですね…行先は分かりますか?』
「フェイ君によると北の方角らしいんだ。一応シブヤ組には捜索頼んどいたんだけど」
『なるほど、確かに捜索人数は多い方が良いですからね』
「うん」
ついでに言うと、現実でもある程度顔見知りできちんと叱れる立場の人間の方が良いと思うのだ。
そう言う意味ではランスロットはうってつけである様に思える。
「…て訳でよ、康介にも頼みてーんだけど…」
『ふむ…分かりました。外回りのついでに探してみます。シブヤ組の皆さんには、早苗さんの方からお伝え下さい』
「おう分かった、んじゃ頼むな」
念話を切った後、すぐさまシブヤ組に掛け直し、ランスロットの助力を伝えた。
向こう側からウィリーの「絶対先に見つけてやる」という息巻いた声が聞こえて来た。
実際競争では無いのだが、早く見つけてくれるなら別に構わないだろう。
念話を切って一息吐く。そして再び酒を呷る。
「ちっ…」
頗る不味い。
元々味が無い物だが、気分の所為かより一層不味く感じる。
まあお蔭で潰れる事無く他の思考に脳を使う事が出来るが。
さて、ランスロットへの報酬は何が良いだろうか。
金貨数百枚?酒でも奢るか?
レアアイテムの類はあまり持って無い。と言うか向こうの方が色々持ってるだろう。
だが、一番確率が高いのは報酬を固辞する可能性だ。
三月兎に取ってはそれが一番思い浮かぶ場面である。
何せ堅物なのだ。”朝霧の息子”を言葉通りに体現した様な堅物だ。
あのクラスティ相手に一歩も引かない堅物だ。自由な言動で有名な”らいとすたっふ”や彼らを統率出来るリチョウと三羽烏の二人でさえ一目置く程の堅物だ。
だから後で決めても良いだろう。
三月兎なりに結論を出し、すっきりした。
朝霧に報告しようかとも考える。
しかし、今は忙しいらしいし、シブヤ組とランスロットには頼んである。
自分から言わなくても、別ルートで情報を掴むぐらいはやってのけるだろう。
ならば、最終報告ぐらいで良いだろうか。
「あ、そう言えばβ版貰ってたな…」
部屋の隅に置いてある瓶をチェックすると、4.6とうっすら見える。
一体どれほどのテストをしたのか。
まあ良い。
気持ちを切り替えた三月兎は、酒を片付け、クレスケントポーション一ダースを持って庭に繰り出した…。
◆ ◆ ◆
<ホネスティ>本部、ギルドマスターの執務室。
「はぁ…」
そこの主であるアインスは、こめかみを押えて溜め息を吐いた。
今は正午を過ぎた頃か。
先ほど上げられた報告に、彼は耳を疑った。
まさか提携ギルドの人間が直接、大手ギルドの幹部を動かすとは。
何やら頭痛がしそうだ。気のせいだと思いたい。
「先生、どうなさいますか?」
「ふむ…どうと言われましてもねぇ…」
菜穂美の問いかけに、アインスは半ば諦めた様に言葉を吐き出した。
向こうが何も言って来ないなら、こちらからも特に動く必要は無いだろう。
だが、もし何か要求してきたら、表に出ざるを得ない。
その辺は彼女も他の幹部も分かっている。
問題は要求が有った場合の中身だ。
「やれやれ…三月兎さんは相変わらずですねぇ…」
土方歳三から聞いた話では、三月兎は「ただ知り合いに個人的に依頼しただけだ」の一点張りらしい。
<ホネスティ>が何故出しゃばって来るのか分からないとの事だ。
<D.D.D>の名前を出すと、「たかが一ギルドじゃねえか!能面眼鏡は確かにギルマスだけど、あたしもギルマスだ!」と吠えているそうである。
理屈は分かる。中小だろうが零細だろうが大手だろうが、「ギルド」は「ギルド」だ。そして大災害前には、個人レベルの頼み事はギルド云々など挟まなくても良かった。
しかし大災害を経た今、状況は変わっている。たとえ知り合いでも、他のギルドであれば直接依頼するのはご法度と言うのが暗黙の了解だ。
「先生!」
執務室の扉を勢いよく開けて下の階に居た冒険者が飛び込んで来た。
「おや、どうされましたか?」
「あ、あの、その…エントランスに客人が…」
「客人?一体…」
慌てる武士の後ろから、靴音がコツコツと響く。
「なっ…!?」
現れた顔に、幹部全員が息を呑んだ。
クラスティ本人である。脇には三羽烏の一人、高山三佐が付き従っている。
「お忙しい中申し訳有りません。アポイントは取っておりませんし失礼かとは思いましたが、直接お伺いした方が宜しいかと思いまして」
「いえこちらこそ、提携ギルドの者がお手間を掛けまして」
ソファに座り、挨拶もそこそこに早速本題だ。
「サナエさん…今は三月兎さんですか。大災害後も面白い方ですね」
「えぇ、こちらの世界に来ても相変わらずのようです」
「相変わらず、ね」
含みのある様な言い方である。
確かに三月兎とは<エルダーテイル>を通じてクラスティも面識が有るが。
「相変わらず御前たちと付き合いが有り、相変わらず周りの人間を巻き込み、相変わらず古巣の幹部も振り回し、相変わらず自由な人…ですか」
「クラスティ…殿…?」
クラスティは不敵に口端を吊り上げ、眼鏡を持ち上げた。
アインスたちは固唾を呑むが、三佐には分かる。ポーカーフェイスの下で、彼女は溜息を押し隠した。
どうやらこのギルマスは三月兎に対して興味が湧いているらしい。
まぁ無理も無い。たった今クラスティ本人が言った様に、朝霧たちと縁が深い相手なのだ。
しかも、セルデシアに島流しに遭っても全く腐る事無く、自分を保ち続けている。
勿論自分たちも腐ってはいない訳だが、それに加えて予測不能な行動を取る人間と言うのは、クラスティに取っては興味をそそられる相手らしい。
一見して粗暴な人間が朝霧の交友関係の範疇に有ると言う事実も、彼の好奇心に輪を掛けているようだ。
「実は先ほど、打ち合わせの最中に念話が掛かって来ましてね」
「今回の件で報酬をどうするか、と言う打ち合わせの途中でした」
クラスティの言葉に、三佐が重ねる様に補足する。
「その時、ミロードに御前から念話が掛かって来たのです」
「釘を刺されましてね。『あまり無茶な要求はするな』と」
ついでに「悪い様にはしない」とも言われたそうだ。
一体何処から嗅ぎ付けたのか。耳聡いと言うか地獄耳と言うか、その情報収集力は健在らしい。
逆に言えば、朝霧に取って三月兎はフォローをさせるに値する相手だと、クラスティたちに暗に知らしめたのだ。
「そこで考えたのですが」
クラスティは表情を変えずに眼鏡を上げた。
「お互いに実の有る提案を、と思いましてね」
「実の有る提案…?」
「えぇ…例えばですが、お互いに戦闘系ですから合同訓練など如何かと思いましてね」
「合同、訓練…?我々とそちらが…ですか?」
「えぇ、その通りです」
ホネスティ側の幹部たちの呆気に取られた表情とは対照的に、クラスティと三佐は全く表情を動かしていない。
曰く、<D.D.D>は様々な状況・相手との手合せを介して柔軟な対応力を身に着けられる。
曰く、<ホネスティ>は<D.D.D>が得た戦闘に関する情報を収集出来る。
曰く、各冒険者はそれぞれが交流の場を持てるので、知見が広がり新たなコネクションを開拓出来る。
曰く、<狂宴>は<ホネスティ>の下部ギルドであるため、この取引が成立すれば直接報酬を渡さなくて良い。
「それが…提案の理由…?」
「いけませんか?」
「Win-Winの関係です。双方ともに享受出来る恩恵は少なくないと考えます」
クラスティは眼鏡を上げながら、三佐は表情を一切変えずに手元の資料を見ながら、アインスたちに相対した。
「本当にそれだけなら…願っても無い事ですが…」
アインスはこめかみをグリグリと親指で押さえている。
困惑やら疑いやら迷いやらが頭に渦巻き、クラスティの真意を図りかねているようだ。
どうにも決断が鈍る。だがボールはこちらに渡った。それにお互い大手である。もし関係がこじれて悪化すれば、全面戦争にもなりかねない。
「先生、早苗さんに聞いてみては如何でしょう?」
「我々は構いません」
菜穂美と三佐の言葉に背中を押されたアインスは、三月兎に連絡を取る事にした。
「よぅ能面眼鏡!相変わらず元気そうだな!」
数分後、到着した三月兎は部屋に入るなりクラスティに声を掛けた。
あっけらかんとした態度も相変わらずの様だ。
「ご無沙汰しております…今は”マーチヘア”さんとお呼びした方が宜しいですか?」
「あぁ?あぁ~…どっちでも良いよ」
三月兎は気楽に応じた。
実際、昔馴染みの連中は自分の事を”サナエ”と呼ぶ。だから個人的にはどっちでも良いのだ。
数瞬の後、クラスティと三佐は”マーチヘア”と決めたらしい。
「で、話って何だ?」
「実は…」
菜穂美やアインスからこれまでの内容を聞いた。足りない部分はクラスティたちが補足した。
「ふ~ん…分かったよ。わざわざおめーらがこっちに来たしな、折れてやるよ。まぁ、アイツがそれで良いって言えばな」
先ほどの怒りが収まって冷静になったらしく、後頭部をポリポリ掻きながら承諾した。
「分かりました。では彼にもその様に伝えておきます」
合同訓練を早速、今日の午後に行う事で合意し解散となった。
◆ ◆ ◆
アキバの北東、ウエノの近くの森に、何人かの冒険者が居た。
二体の獣と対峙しているのは、<武士>、<守護戦士>、<付与術師>の三人だ。
他の冒険者も何人か周囲に居るが、その三人を遠巻きに観察していて、手を貸す様子は全く無い。
「ちょっ!この熊レベル72とか俺より強いじゃないっすか!!」
「あっはっは!大丈夫大丈夫!ダル太にはフェイ君が付いてるから!」
「えええええええ!?そ、そんな無茶な!!」
<守護戦士>の少年が泣きそうな声で叫ぶが、<武士>の女性はあっけらかんと笑って眼前の敵に集中する。
<フォレストベア>と<ミノタウロス>、どちらもレベル70台前半だ。
だが、<守護戦士>の少年は50を越えた程度である。本来なら勝ち目など無い。
それでも渡り合っていられるのは、偏に<武士>の女性の巧みな誘導と<付与術師>の男性のサポートに有る。
「まぁ実際、夜櫻さんとフェイディットさんが居るなら大丈夫だと思うけどな」
「全くその通りでござる」
「ダルタスさん、その方々にご迷惑が掛からない様、しっかりやって下さいね…もし不甲斐無い出来だったら、私が許しませんわ」
「ヒィッ!」
リーゼの脅迫めいた言葉にダルタスが震え上がる。
「うちの所長がすみませんねぇ」
外野の声に返事したフェイディットが、<アストラルバインド>を発動し熊を拘束した。
「敏腕弁護士ktkr!いやMAJIDE!」
「全俺が敵に回したくないと思ってるぜ」
「ほ~、凄いですねぇ~」
本当に申し訳無さそうな口調で、眉を八の字に下げつつ、だが敵には容赦しない辺り流石だ。
直後、ダルタスが<クロス・スラッシュ>で熊に斬りかかった。
そのまま、<タウンティングブロウ>で畳み掛ける。
<キーンエッジ>やら<アキュラシィサポート>やらが有るのでいつもより調子が良い様だ。
<付与術師>と言うのは地味な職業だ。一人では殆ど戦えない。
だが、チーム連携をする上でここまでサポートが出来る職業だとは…正直驚いた。
今も、自分の技の隙間を見て<ソーンバインドホステージ>を熊に付与した。何とも抜け目無い。
ダルタスは内心でフェイディットに感心し、たった今<森熊>に巻き付いた茨を切った。
「ギャオオオオオオオオオオ……!」
茨の追加ダメージで、<森熊>が泡と消えた。
「おっ、ダル太やるねぇ。じゃあアタシも!」
夜櫻は唇を舐め、残りHPが二割を切ったミノタウロスを睨み付ける。
フェイディットの指導とダルタスの奮闘、そして夜櫻自身の立ち位置の調整の結果、牛頭の敵愾心は彼女に固定されたままだ。
ミノタウロスが威嚇として両手を振り上げ、雄叫びを上げる中、夜櫻は刀を鞘に納め、深呼吸を始めた。
夜櫻の脱力を確認したフェイディットはすかさずミノタウロスを拘束し、更に眠らせる。
妙な緊張感を覚えたダルタスは、さっきまでの戦闘の疲れを忘れ、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
その間、夜櫻は目を閉じ、深呼吸しつつ体の余分な強張りを抜いて自然体を意識する。
少しずつ少しずつ、体の力を緩め、理想の状態に近づける。
十秒を超えた辺りだろうか、体感では一分を超えていた気がするが、夜櫻がゆっくりと目を開け、ミノタウロスに焦点を合わせた。
ヒュッ――ジャキイイイィィィィィィィィン―――!
刹那、夜櫻とミノタウロスの間に閃光が走った。
――カチン…
ダルタスには、閃光が走った後、何時の間にか夜櫻が納刀モーションに入っていた様に見えた。
舌を巻いたのはその後だ。
目の前のミノタウロスが、三つの肉塊に分断されていたのである。
上中下に分かれていた。つまり、あの一瞬で横に二回ぶった切られたと言う事だ。
ダルタスは目を見開き、口を開けたまま固まっている。
フェイディットはやれやれと言った風情で苦笑いを浮かべた。
ダルタスの保護者兼夜櫻たちの監視役として付いて来たらいとすたっふの面々も、一様に驚きを隠せないでいるらしい。
ゆずこに至っては、「今何が起きたんですか?ミノタウロスがいきなり倒されましたけど」と周りに聞いている始末だ。
「あの一瞬で、夜櫻さんがミノタウロスを二回斬ったんだ。二回抜刀したんだよ」
「神速の居合い抜きでござるよ…まさか実際に見られるとは思わなかったでござる…!」
高レベルの戦士職と武器職であるリチョウと狐猿が説明するが、ダルタスにはそんな物は見えなかった。
説明する二人でさえ剣先は見えなかったらしい。つまり、抜刀する所と納刀する所が各二回、間に閃光が二回見えただけで、途中の斬る所は分からなかったと言う話だ。
「緋天○剣流MAJIDE!?まさかの免許皆伝!!?」
「完全再現ktkr!全俺が感動した!!!」
「ククク…流石は選ばれし女神の血族…やはり俺の右手も敵わない高みに座しておられるか」
「拙者、セルデシアに来て良かったでござる!」
「皆言いたい放題だな…まぁ気持ちは分かるけど…」
ユタが苦笑しながら横を向くと、リーゼが夜櫻に熱い視線を送っていた。完全に堕ちた目だ。
やれやれお前もか。
相変わらず緊張感無く騒ぐらいとすたっふを後目に、戦闘を終えた夜櫻はダルタスとフェイディットに合流した。
「夜櫻さんすげーっす!あんなの見た事ねえっす!!」
「にゃはははは、脱力する時間少なかったから二回しか斬れなかったよ」
「…えっ…?」
今サラッととんでもない事を言った。
「む~…あと数秒脱力してればもう一回斬れたかもねぇ~…今度試してみるか」
これにはダルタスよりらいとすたっふの方が反応した。
「リアルで『これが限界だといつから錯覚していた?』でござるか!」
「今ので『一歩手前』MAJIDE!?」
「いや、今ので『二歩手前』も有り得るでござるよ!」
「こ、これが…選ばれし女神の血族か…」
「俺衆議院と俺参議院が全会一致で驚愕した!!」
「おいおいマジかよ…バケモンかあの人は」
これに関してはリチョウも言葉に詰まって固まったままだ。
ゆずこは”要するにもっと速くなれる”という中核の部分だけは理解出来た様だが、凄すぎて付いていけてないのが正確な所か。
リーゼに至っては「凄い凄い」しか言ってない。
「よーし、休憩したら次向こうの方行こっか」
「あ、うっす…」
先輩たちの馬鹿騒ぎに乗り切れずに図らずも冷静に戻ったダルタスは、夜櫻の指示通りドロップ品を回収した。
「リア充副長にも見て欲しかったでござる!」
狐猿の言葉にらいとすたっふ一同が頷いた。
「そう言えば副長の方は今どうなってんだ?」
「あぁ、<ホネスティ>の連中と合流したみたいだな」
ユタとリチョウの会話に一同食い付いた。
「お節介MAJIDE!?リア充眼鏡副長間に合ったのか!」
「ククク、旧き友を救うべく、猛き獣と戦う…あれこそ英雄の姿…!」
「確か、お知り合いの方があそこにいらっしゃってベヒモス退治に…」
「リア充もげろ副長、我々の手は借りなくて良かったでござるか!」
ランスロットのあだ名が何気に酷い。
「全俺はちゃんと見てたぞ!リア充爆発眼鏡の一挙手一投足逃さぬ様に!いつか爆発した所を笑って指差せる様に!」
「それだけ聞くと嫌味な人間みたいだけどな」
「いや実際その通りだ!そして反省はしないがな!MAJIDE!!」
「ユタ!貴様は甘いぞ!高山女史からサポートと監視の指示が有ったではないか!そんな事では我ら親衛隊、高山女史のお役に立てんぞ!」
「俺はそんなの入った覚え無ぇぞ!」
「それにクラスティ氏も言っていたでござろう!リア充氏ね眼鏡と夜櫻殿を手伝ってくれと!」
「そうですわ!そんな事ではミロードのお役に立てませんわ!」
「おいリーゼ、お前そっち側だったか!?」
ゆずこの超訳とユタのツッコミは会話の濁流に押し流されてしまったらしい。
と言っても、彼らはこれが通常運転なので誰も気にする事は無いが。
一方、少し離れて休む夜櫻とフェイディットも少し現状を確認し合う。
「フェイ君、あっちとこっちは大丈夫かなぁ」
「あっちは<D.D.D>が承認したそうですから大丈夫だと思いますよ。こっちもランスロット君が駆け付けた様ですし」
「じゃあアタシたちは要らないか」
と言いつつ、先ほどダルタスとフェイディットに示した方向は、アキバの方向では無い。かと言ってテンプルサイドの方向でも無い。
現在地からは西の方向…さっきからある一ヵ所を中心にグルリと回り込む様に移動している。
三月兎の頼み事、その予備人員として、万が一の時に乱入するためだ。
実際に三月兎から頼まれた訳では無い。
フェイディットからの報告や朝霧からの情報を聞き付けた夜櫻が、素材集めの序でと称して、更に櫛八玉と高山三佐からの依頼であるダルタスの鍛練も一緒に済ませようと発奮した結果である。
尤も、高山三佐はあっちに駆り出されているため、こっちにリーゼが来ているのだが。
一石二鳥どころか三鳥だと笑った夜櫻に対し、フェイディットはいつもの様に苦笑するしか無かった。
らいとすたっふの面々は行先をこの辺にした狙いを分かっていた様だが、ダルタスは何も気づかずに言われるまま付いて来た。
「さて…じゃ、行こっか」
「あ、はい」
たった今無事を確認したにも関わらず、方向を変えるつもりは無い様だ。
「やれやれ…」
助手の苦労は今日も休みが無いらしい――。
◆ ◆ ◆
アキバの郊外、森の少し開けた場所に、百人以上の冒険者が集まっていた。
<ホネスティ>と<D.D.D>他、両者の提携ギルドが幾つか、一パーティ、或いは二パーティずつに分かれて訓練を行っている。
「舞さんはもう少し立ち位置を調整して下さい。半歩移動するだけでも大分変わりますから」
「はい、分かりました」
休憩中、舞が三佐にアドバイスを貰っていると、周りからの視線が二人に集まって来ていた。
「三佐さん今日も凛々しいお姿で…」
「ありがたやありがたや」
「俺踏まれたい」
「叩かれたい」
「怒られたい」
「あの人のためなら死ねる」
親衛隊の連中がヒソヒソと話をしている。
中には拝む者も少なく無い。
「皆さん、訓練はどうしたのですか!?」
「あ、い、今休憩中で…」
イキナリ当の三佐に振り向かれたので泡を食ったらしい。
休憩して雑談していた連中を追い立てた後、彼女は再び舞に向き直った。
「話の途中で申し訳有りません。彼らの話し声が気になりまして」
「はっ、い、いえ…」
わざわざそんな事で律儀に謝るのは三佐の性格だろうか。舞は恐縮してしまった。
しかしさっきのヒソヒソ話、自分にはあまり聞こえなかったが。
狼牙族の耳は高性能なのだろうか。それとも<吟遊詩人>だから音に敏感なのだろうか。
そんな事を取り留めも無く考えていると、三佐が話を変えた。
「処で舞さん、一つ質問が有るのですが」
「えっ…何ですか…?」
「我が<D.D.D>のランスロット副長と<ホネスティ>の陽輔さんは、あなたのお知り合いですか?」
「へっ!?…あっ、はい…一応…」
まさか二人の名前が出るとは思わず、適当に返してしまった。
一応どころか、がっつり関係者だ。
「そうですか。では、一つだけご報告を」
「えっ?は、はぁ…報告…ですか?」
報告とは一体何の事か。
二人に関係する事…全く思い当たらない。
「はい。丁度今、ランスロット副長と陽輔さんが、ベヒモス相手にパーティを組んで戦っております。<ホネスティ>のシブヤ支部の方々も一緒の様です」
「えっ…陽輔君と、先生が…?」
「はい」
三佐は報告を終えると何処かへ行ってしまった。
言われてみると、確かにシブヤ組のメンバーはここに居ない。
あそこは殆ど独自に動いているからここに居なくても特段の問題は無いが、陽輔やランスロットと一緒と言うのが若干気になる。
陽輔が一緒なのは分かるが、ランスロットも一緒らしいのは一体どういう状況なのか。
舞は一瞬考え込んだが、陽輔がランスロットと協力していると言う事実を徐々に理解し始めると、頬の緩みを抑えられなくなってきた。
所属ギルドが違う二人がパーティを組むという状態は、今のご時世ではかなり難しい事である。
あの二人はその壁を乗り越えたと言う事か。
「えへ、えへへへ…へへへ…」
「先輩…?どうしたんすか?」
「え~、何がぁ~?」
イーサンが聞くが、舞は上の空でニヤニヤしている。
どうやら細かい事を気にするのは止めた様だ。
舞に取っては陽輔とランスロットの協力以外は瑣末な話らしい。
「…舞ちゃん…なんか有ったのか…?」
「さ、さぁ…俺も知らないっす…」
「ふんふふ~ん♪」
鼻歌を歌う舞を見て、カイトとイーサンは揃って首を傾げた。
何だか良く分からないが、まぁ上機嫌なら良いだろう。
休憩が終わった三人は、戦闘訓練に戻って行った。
なお、気合いの入り過ぎた舞が空回って、後で土方歳三に怒られた事を付記しておく。
◆ ◆ ◆
昼から夕方に変わる頃、<放蕩者の記録>のロビーに三月兎が居た。
夜櫻とフェイディットに呼ばれていたのだ。
朝霧は忙しくてここには居ないが、了解は取り付けてあるらしい。
「へっへっへぇ…夜櫻しぇんぱぁい…」
「やっぱさーちゃんは可愛いねぇ」
抱き付いて首元に頬ずりをする三月兎は、夜櫻に頭を撫でられて幸せそうな顔だ。
傍に居るフェイディットは、気にする素振りも無く、<魔法の鞄>からアイテムと金貨の入った袋を取り出した。
「早苗さん、これが陽輔君のアイテムです」
「はいよー」
差し出されたのを合図に夜櫻から離れ、アイテムと金貨の一式を受け取った。
呼び出されたのはこの件だ。
「何だぁ、思ったより少ねぇな」
「まぁ、我々が回収した分だけですからね」
「ふぅん…まぁしゃあねえか」
素直に受け取り、持ってきたザックに入れる。
一番大きな物を背負って来たが杞憂だった様だ。
因みに<魔法の鞄>の類では無いので重さは変わらない。だがこの程度なら問題は無かろう。
実際そのまま背負ってみたが特に気にはならない。
「そういや、しぇんぱいは何してんすかね?」
「あぁ~、あーちゃんねぇ…アタシも詳しくは知らないけど、もうすぐ準備が終わるからって今追い込みの時期なんだってさ」
「最近は奥に籠もってて、中々出て来ませんねぇ」
「はぁ、そうなんか」
夜櫻とフェイディットが素材収集を手伝っているのはいつもの事として、三月兎が毎日野菜を渡しているという事実が気に懸かる。しかも大量にだ。
大災害直後は、のんびりと耕し、出来た分だけで良かった。
勿論三月兎としては協力するのは構わないし昔から時々大規模戦闘など手伝っていた訳だが、こうも毎日忙しなく手伝うのは最先端の大規模戦闘以外では殆ど経験が無い。
逆に言えば、今回の作戦は最先端の大規模戦闘と同じ規模で、三月兎の手も必要なぐらい追い込まれていると言う事になるか。
『追い込みの時期』とはそういう事だろう。追い込む側もそれなりに、時間や作戦段階に追い込まれている訳だ。
まぁ、あの朝霧なら何だかんだ言っても乗り切るだろうしやってのけるだろう。
「そいじゃあ、しぇんぱいに宜しくっす~」
「あーい、そっちもね~♪」
三月兎は手を振って<放蕩者の記録>を辞した。
「それにしても、しぇんぱいは根詰め過ぎじゃねえかな…」
家に帰るまでの数分、三月兎はぶつくさ呟きながら歩く。
朝霧は少々頑固な所が有るから、自分で出来ると判断したら自分で全部抱え込む所が有る。
無論、作業の担当を振る時は振るのだが、雑用でも自分が出来る事は自分でやってしまうのだ。
もう少し楽をしても良さそうなものだが。
「まぁ、しゃあねえか。ゆっきーや夜櫻しぇんぱいも居るし、何とかなるだろ」
「あ、叔母さん」
顔を上げた所で舞たちが帰って来た。
「おう、舞じゃねえか」
「どっか出掛けてたの?」
「まぁな。合同訓練どうだった?」
「チョー楽しかったっすよ!」
イーサンが鼻息を荒くして話し出す。
三月兎は皆と合流し、雑談を交わしながら家に入った…。
◆ ◆ ◆
日暮れ時で影が長くなって来た。
そろそろかと思っていたら、案の定、陽輔から念話が掛かって来た。
「おう、連絡寄越すって事は、戻って来たんだな」
『あ、はい』
「んじゃ、うち来い」
『はい』
「あ、舞はもう帰ってきてるからな♪」
『あぁ~、はい』
一連の返事を聞いた三月兎はそのまま念話を切った。
呆れた感じと安堵した感じが読み取れたからだ。
もう大丈夫だろう。
実際、数分後に帰って来た陽輔はほんの少しだけ憑き物が落ちたような顔だった。
アイテムを渡し、二階に上がる陽輔を見送った後、三月兎はポーションを手に取って眺めた。
朝霧は追い込みの時期に入っているらしい。ならば、作戦の決行はもうすぐだろう。早ければ明日か。
まぁ何をするかは知らないが、お祭り騒ぎなら大歓迎だ。
ピロロ~ン♪
おっと噂をすれば、いや丁度考えていたのは虫の知らせか?
「先輩、どしたんすか?」
『あぁ早苗、今大丈夫か?』
「はぁ、大丈夫っすけど…」
話を聞いた後、念話を切った三月兎はポーションを戻し、酒を手に取った。
いよいよ明日らしい――。
夜櫻さんが緋天御○流の修行を始めたようです(←