ちょっとした傷(心)物語
御前をお借りしています。
「はぁ…」
私は溜息を吐いた。
原因は目の前のこの男だ。
まぁ、『男』と言っても私と同い年なんだけど。
「なぁ頼むよメリダ!アキバに連れてってくれ!」
「あのねぇハリル、そうおいそれと行ける訳無いでしょ?」
私より若干身長の高い彼は頭を下げ、私に両手を合わせて拝み倒して来る。
オレンジ色の短髪が、動きに合わせて上下に揺れる。
と言うか、どんだけ行きたいんだ、全く。
「どうせいつもの事でしょ」
「今度は本当なんだって!」
「…はぁ…」
もう何度目の溜息か。
昔からずっと続いてるコイツの悪癖がまた出たらしい。
やれやれ。
暑い季節が去り、秋の準備をする頃、アキバでは天秤祭と言うお祭りの準備をしている。
後数日で本番と言う事で、冒険者の方々も大地人の皆も浮き足立って賑わっているそうだ。
まぁこの情報はヤッホーさんたちから聞いた話なんだけど。
つまり、活気が出てきて以前よりアキバに行きやすいって事なんだけど。
それに便乗してアキバに行きたいって事だ。
付き合わされるこっちの気も知らないで。
「一生のお願い!」
「あんたの一生は幾つ有るのよ」
「今回は、今回は本当に本当なんだよ!」
頭が痛い。
一番古いのは五歳くらいの頃だ。
その時の相手はお姉ちゃんだった。
当然の様に軽くあしらわれて玉砕したけど。
「…はぁ…一応お姉ちゃんとヤッホーさんたちに聞いてみるけど…」
「やったー!サンキュー、メリダ!一生の恩人だぜ!!」
それも聞き飽きた。
あんたには一生が幾つ有るんだ。
毎回毎回、こっちが根負けするぐらいしつこい。
全く、私の気持ちも知らないで。
取り敢えず二人でお姉ちゃんを探す。
とは言ってもやる事は決まっているので大体の居場所は分かるんだけど。
案の定、敷地内の庭で服やなんかを干していた。
「お姉ちゃん」
「イザベラさん」
「あら、ハリル君じゃない。どうしたの?」
お姉ちゃんは手を止めてこっちを振り返った。
いつもは居ないハリルに目を向け、不思議そうに首を傾げる。
「お姉ちゃん…というか、ヤッホーさんたちに相談が有るんだけど…」
「ヤッホーさんたちに…?」
「うん…ハリルがアキバに」
「あの!どうしても会いたい冒険者さんが居るんす!アキバに行きたいんす!!」
おい。私の言葉を遮るな。
あんたはどうしてそう前のめりになるんだ全く。
「まぁ、一昨日シブヤに帰って来たし、今は出かけてるけど、帰って来たら聞いておくわ」
「やったー!イザベラさんありがとう!!」
はぁ……頭痛い…。
「今度は誰なのよ?」
「名前は知らねえ!」
「おい」
そんな自信満々に言う事じゃ無い!
これが冒険者の方々の仰る”ドヤ顔”とか言う物か。
「いや、でも三月兎さんの知り合いって事だけは分かる」
「へぇ、そうなんだ」
床掃除をハリルにも手伝ってもらいながら生返事を返す。
「お前何だよそのジト目は」
「べっつに~」
何でも、何日か前にその人がシブヤの近くに来てた時に見たらしい。
三月兎さん相手に念話していたそうだ。
他の仲間の方々と居る時に、三月兎さんの話題になって、その方が話していたのを聞いたと言う。
目敏いな全く。一体何人目なんだろうか。
生まれて十六年、既に二桁を超えている。
昔からそうだった。
ハリルは惚れっぽい性格で、大地人も冒険者も関係ない。
以前は、大地人と冒険者は意思疎通が出来なかったけど、<五月革命>でそれが出来る様になって変わった。
前は一種の憧れの様な感じだったけど、ちゃんと会話が出来るって分かってから、色んな冒険者様を観察する様になったらしい。
仲介を頼まれるこっちからすれば、はた迷惑以外の何者でも無い。
夜が明けて、ヤッホーさんたちに承諾を貰えた。
用事があるから、ついでに連れてってくれるらしい。
「今日の午後で良い?」
「はい!」
威勢のいい返事に、私はまたため息をついた。
「メリダちゃんは?」
「じゃあ…一緒に行きます」
放っておいたら、どんな暴走をするか分からない。
その事を考えると、他に選択肢は無いと思う。
まあ、ついでにアキバに遊びに行けると思えば、多少気は楽になる。
三月兎さんの所に行けば、父さんと母さんにも会えるし。
あれ?
「そう言えば、どうやって行くんですか?」
シブヤとアキバは、近いとは言え、大地人の徒歩だと一日ぐらいは掛かる。
街道沿いに歩いて、魔物を避ける為だ。
「え?普通にグリフォンで…」
「の、乗せてもらえるんですか!」
「え、い、良いんですか?」
「まあ良いんじゃない?」
ガックリさんの言葉に、ハリルが興奮した。
落ち着けと言いたいが、正直、私も驚いている。
確かに、空を飛んで行ければ速い。
そう言えばお姉ちゃんは、以前乗せてもらった事が有ると言っていた。
空を飛ぶのは怖いと思ったけど、同時に羨ましいとも思った。
お姉ちゃんにはヤッホーさんと言う名の良い人が居る。
まだ付き合ってはいないらしいけど、お姉ちゃんは満更でも無い顔をしていた。
でも私には、そんな人は居ない。
だから、まさか乗せてもらえるとは思わなかった。
「おう、じゃあ俺が君を乗せてってやるよ」
「あざーっす!!!」
ハリルがヤッホーさんに勢いよく頭を下げた。
そして私はガックリさんに乗せてもらう事になった。
今更だけど…良いのだろうか。
「じゃあ、昼飯食ったら行くか」
「そうだね。二人もそれで良いかな?」
「はい!」
「…はい」
あまりの展開の速さに、頷くしか出来ない。
冒険者って…恐いなぁ…。
空の旅は、結論から言うと、とても楽しかった。
普段は見た事の無い景色が、目の前に広がっていた。
思わず、ガックリさんとはしゃいでしまった。ちょっと恥ずかしい。
けど、ハリルは逆に腰が抜けていたらしい。
ずっとヤッホーさんにしがみついていた。
「ハリル…」
「な、何だよ」
「帰りも多分、空飛んでくよ?」
「うっ…」
ハリルが後ずさったのを見て、少しだけスッキリした。
いい気味だ。
「先ずはマーチさんとこか」
「はい!」
「はぁ…」
ハリルの元気が戻ったらしい。
なんか頭が痛くなって来た。
コイツ大丈夫だろうか。
「おぉ、メリダ」
「お父さん、お母さん、久しぶり」
「あら、どうしたの?」
三月兎さんと両親がリビングに居た。
「ハリルの付き添い」
「あぁ…」
お母さんがまたかと言う顔をした。
お父さんはホッとした顔をしてるけど、何故だろう?
「今度は誰だい?」
「三月兎さんの知り合いだって」
「おぅ?あたし?」
ハリルの会いたい人が三月兎さんの知り合いである事を話す。
そしてハリルが、外見とかの特徴を三月兎さんに話した。
「う~ん…先輩かなぁ…?」
どうやら、思い当たる相手が居るらしい。
「朝霧さんですか?」
「多分…」
ガックリさんと三月兎さんの会話を聞くと、どうやら冒険者の方々の間では有名な人らしい。
そう言えば、朝霧さんって、以前にヤッホーさん達から聞いた事が有る。
まさかそんな人が今度の相手だったなんて。
「あの、会えますか!?」
「う~ん…いつもなんか忙しそうにしてるからなぁ…」
「無理なら良いですよ」
「おいメリダ!?」
「だって、御迷惑掛ける訳には行かないでしょ?」
正直面倒くさい。
もう諦めてもらって、アキバ観光したい。
「あ、もしもし、先輩っすか?」
「なあ、メリダ」
「何?」
「アレが念話って言うんだよな?」
ハリルが、三月兎さんを指して耳打ちして来る。
「うん。遠く離れてても、会話出来るんだって」
「便利だなー」
噂によると、口伝と言う物で複数の人と会話できる方も居るらしい。
「普通は一人しか会話出来ないらしいけどね」
「ふうん」
まあ、それでも便利なのは間違い無い。
「連絡着いたよー」
雑談してたら、三月兎さんが念話を終えた。
どうやら、その人は今はギルドハウスに居るらしい。
話が有るなら、会ってくれるそうだ。
正直、断ってこのまま観光したい気分。
でも現実は非情だった。このまま会いに行く事になった。
うん、分かってたよ。
目的の家には、十分ほどで着いた。
割と近かったなぁ。
「メリダ?なんか遠い目してっけど、どうしたんだ?」
「べっつにぃ~」
さっさと終わらせたいんだよ、こっちは。
何だか、乾いた笑いが出そうだ。
「しぇ~んぱ~い!」
三月兎さんが玄関の扉を思いっ切り開けて叫んだ。
バコーンって大きな音がしたけど、大丈夫かな?
「相変わらず騒々しいヤツだなお前は…」
奥から、綺麗な人が顔を出した。
話には聞いてたけど、本当にお婆ちゃんみたいな年齢なんだろうか?
「いや~それほどでも~」
三月兎さんが嬉しそうに笑う…多分、誉めてないですよね。
周りにいる方々も、呆れたり苦笑いしてる。
「誉めてないぞ…で?私に話が有るのは誰だ?」
「コイツっす」
朝霧さんに促された三月兎さんが、ハリルの肩を叩いた。
「ハリル君、か、ふむ…で、話と言うのは何だ?」
「あ、あの、以前シブヤで、お見かけしたんですけど」
ギクシャクした挨拶だ。
まあ、私は見慣れてるけど。
いざ告白となると、いつも緊張するらしい。
行動力は有るのに。
「三月兎さんと、話してる所を、見ました!それで、あの…」
もどかしい。
さっさと言えば良いのに。
「あの、ひ、一目惚れ、です!」
「えっ?」
「えっ?」
三月兎さんと朝霧さんが固まった。
周りの方々も、一瞬固まった。
まあ、正直こうなる予想はしてたけど。
「も、もし良かったら、お、俺と、付き合って、くだ、しゃい!」
あ、噛んだ。
「あー、それは、つまり、本気の告白、と言う事か?」
「は、はい!」
朝霧さんが、困った様に眉間を揉んでいる。
と言うか、周りの方々は笑いを堪えてる感じなんだけど…一体どうしたんだろうか。
「あー、ハリル君…」
「はいっ!」
「申し訳ないが…お断りさせてもらう」
「えっ!?」
ハリルはショック受けてるけど、こっちからしたら当たり前だ。
そもそも、朝霧さんがハリルの事を知ってたか微妙だし。
確か、夫に息子に、孫まで居るって聞いた事が有る。
そんな人が、ハリルの告白を受ける訳無い。
「ま、孫ぉ!?」
あ、白目剥いて驚いてる。
私はヤッホーさん達から聞いて知ってるから、驚かなかったけど。
寧ろ、今度の相手が朝霧さんと聞いた時の方が驚きだった。
「すまないが、そう言う事でな…」
朝霧さん、そんな申し訳なさそうな顔しなくて良いですよ。
「ハリル、帰るよ」
「そ、そんなぁ…」
ハリルが、肩を落としながら、私の後ろを付いて来る。
いい気味だ。
アキバ観光でもして、振り回してやるか。
「なぁメリダ…」
「なあに?」
「まだ買うのか?」
「何言ってんの?まだまだこれからよ」
そんな嫌そうな顔したって駄目だからね。
今日はトコトン付き合ってもらうから。
そもそも、ガックリさんが<魔法鞄>に買った物を入れてくれるから、荷物持たなくて良いし。
「買い物楽しいもんね~」
「ねぇ~」
流石ガックリさん、話分かるぅ。
「ハリル…諦めろ…」
「…うす…」
全く、男子連中は買い物の良さが分かんないなんて。
「所でさ、メリダちゃん」
「何ですか?」
買い物中にガックリさんが小声で話して来た。
なんかウキウキなのが怖いんですけど。
「ハリル君の事、どう思ってんのぉ?」
「えっ」
「むふ~ん♪まっ、別に良いけどぉ♪」
…イッタイナンノハナシデスカ




