2017年5月下旬
舞がエルダーテイルをやるキッカケを書いてみました
関係者各位に謝辞を…主に肝臓と胃に対して(←
とある日曜日、夕暮れ時の午後5時過ぎ。
都内に有る二階建ての一軒家、その一階のリビングで一人の女性がはしゃいでいた。
「ぃやっほーう!酒だ酒だあ!!!」
40台後半のいい歳した大人が、遊園地に行く子供のようにテンションを上げている。
パンツスタイルで動きやすいのを差し引いても、家の中でスキップは如何なモノか。
「叔母さん少しは落ち着いたら?」
「早苗さんは相変わらずだね…」
先月大学に入ったばかりの二人、陽輔と舞が苦笑する。
というか舞の方は恥ずかしそうに呆れて額に手を当て、「全くもう…」と首を横に振っていた。
「これが落ち着いてられるかってんだ!先輩と酒とハゲ坊主だ!!!久しぶりだぜー!うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!」
ハンドバッグを手に取った早苗の狂笑が家中に響き渡る。近所に聞こえてないか頗る不安だ。
オンラインゲームの一つであるMMORPG<エルダーテイル>。今日はそのクエストの打ち上げで飲み会が有るのだ。
主催は早苗が普段から先輩と呼んで尊敬する人物で、ゲストに関西から知り合いのお坊さんが来るらしい。
お坊さんの方は陽輔もゲーム内で何度かお世話になった人だ。
「あの、処で早苗さん」
「んぁ?何だ陽輔?」
玄関でパンプスを履きながら、早苗と陽輔が背中越しに言葉を交わす。
「僕、一緒に留守番してもいいんですか?」
「え、何で?」
「いや、一応男だし…付き合ってますけど二人っきりって…」
「だからだよ」
「えっ?」
早苗がハイヒールを履き終わり、すっくと立って向き直る。
対する陽輔は目をしばたかせて固まっている。
「陽輔」
「は、はい…?」
早苗は戸惑う陽輔の左肩にポンと右手を置き、左手でサムズアップをビシッと作り――
「舞と子作りしといてくれ」
「な、何言ってんのおおおおおおおおおお!!」
ドヤ顔の早苗(何故か目と歯がキラリと光った)に向かって、一緒に見送りに来ていた舞が真っ赤な顔で叫ぶ。
これもまた家中に轟いた。
勝手に何かを託された陽輔はガクッと肩を落とす。
「さらばじゃー!ふはははははははははははははははははははははははははははは!!!!」
早苗は二人の反応を意に介さず、高笑いを発しながら勢い良くドアを閉めて出て行った。
「何だかなぁ…」
「もうっ…叔母さんのバカ!」
陽輔はポリポリと頭を掻き、舞は耳まで赤くして半泣き状態のようだ。
――バン!
取り敢えずリビングに戻ろうとした時、玄関のドアが勢い良く開いた。
「あれ、早苗さん」
「わりぃ、言い忘れた事が有った」
一体何を。怪訝な顔をする二人に対して早苗は言い放った。
「舞の机の引き出しに排卵誘発剤入れといたからヨロシク」
「いやああああああああああああああああああああ!!!」
「そんなの何処から…」
崩れ落ちて絶叫する舞と心底呆れる陽輔を尻目に、早苗は今度こそ出掛けて行った。
まるで台風一過か、早苗が去って行った事で家の中に静寂が訪れた。
~午後6時頃~
「…しかしそうか。舞ちゃんと陽輔君は相変わらず元気か」
「はい♪」
広めのバーのカウンターに、早苗ともう少し年嵩の女性が並んで座っている。
二人はカクテルをちびちびと飲みながら世間話をしていた。
「それは何よりだ。大学にも合格したようだし、私も嬉しいよ」
「うぇっへっへっへ、先輩と康介のお蔭ですよ♪姉さんも喜んでたし、今度二人になんかお礼したいって言ってましたよ」
「康介が家庭教師をしたのは舞ちゃんが小学生の時だぞ?その後は本人の努力の結果だ」
早苗が先輩と慕う女性――朝香――は、グラスの中のカクテルを見つめ、穏やかに微笑む。
その後も舞と康介はメールや電話でやり取りしていたが、基本的には近況報告や分からない所を質問する程度だった。
「それに…合格の知らせが一番のお礼だ。愛子にそう伝えておけ」
「あいさー!」
早苗の敬礼を合図にしたかのように、二人同時にカクテルを飲み干した。
「処で早苗」
「何ですか?」
「今日のはやり過ぎだろう」
「ふぇ?」
さっきしこたま怒られたのに、全く反省の色が見えない。
訳が分からないという風にきょとんとした顔で朝香の方を向く。
周囲の者たちはこの様子に苦笑いを浮かべた。全員の脳裏にほんの10分ほど前の光景が再生される。
早苗『…という訳で”お薬”置いてきまs』ヽ(^∀^*)ノ
朝香『ぶぁかもんがああああああああああああああ!!!』O(#`皿´)=⊃)3)゜゜
早苗『ぴぎゃーーす!』ミ\__○ノ
日曜夕方のお父さんに匹敵する怒号が店を揺るがし、早苗に渾身の右ストレートが炸裂した。
ヒットの瞬間、朝香の背後に銀河の渦が見えた気がするが、きっと気のせいだろう。そうに違いない…そう思いたい。
朝香『そういう事にちょっかい出すなと前にも言っただろうが!!』(#`Д´)
早苗『ひー!しぇんぱいの突っ込みがいつもよりキツイ!』(*T~T)
初参加者『すげぇ…御前の激怒なんて初めて見た…』(°A°;)
康介『早苗さん相手になるとたまに有りますけれどね…』(ー。ー;)
常連『まぁ…そうだね…』( ̄ω ̄;)
康介は「たまに」と言ったが、早苗は「いつも」と表現した。その差異を鑑みるに、朝香の苦労が偲ばれる。
それにしてもこの一連のやり取り、ほんの10分前なのだが…早苗に取っては長かったようだ。
朝香は早苗の能天気な様子に苦笑しつつ、次のカクテルを注文した。
なお、ゲストの関西人が来店し、地獄絵図が開始されるのはこれから30分後の事である…。
~午後6時40分~
陽輔と舞はご飯を食べ終わり、キッチンで食器を洗っていた。
もしここに早苗が居たら、新婚みたいだと冷やかすに違いない。
因みに例の薬はあの後すぐに探し出し、早苗の部屋に返却してきた。
なお、早苗の机の上にメモが書いてあったが破り捨てた事を付記しておく。
薬局のゴムと避妊薬は全部買い占めて穴開けておいたから安心して子作りに励め!
ふははははははははははは!!!
追伸
引き出しの中に簡易検査キット入ってるから陽性出たら教えろ
赤飯炊いてやるΣd(`・ω☆´)キラーン
全てワープロ書き(顔文字も書いてある)で、最後に手書きで早苗のサインが入っていた。
普段は頭脳労働が苦手とほざいている割に、こういう事だけは知恵が回る辺り、扱いに困る。
名探偵小学生じゃあるまいし。一体どこの組織の陰謀だ。
「今頃早苗さん何してるかなぁ」
「う~ん…久しぶりって言ってたから皆と楽しく飲んでるんじゃない?」
「あ~…そうかもね」
二人は早苗の酒の席での暴挙――特に馴染みの法師が居た場合――を知らないため、暢気にくすっと笑い合う。
prrrrrrrrrrrrrrrrrrr――
あらかた片付けた所で舞の携帯が鳴った。
「あれ、電話?」
手を拭いて画面を確認すると、早苗の携帯からだった。
「もしもs」
『お~!ま~い~!!(ガシャーン)元気か~~!!!(た、たすけ)(おい待てえええ)』
「お、叔母さん!?どうしたの?!」
電話の向こうが騒がしい。
『うるぁあああああああ!(ぎゃあああああああ)(おい早苗やめろー)うけけけけけけけけ!』
何やら悲鳴や怒号が聞こえているが大丈夫だろうか。
「叔母さん!?もしもし!!?」
『舞も来るか~!楽しいぞ~!(せ、せやから僕はのm)うるせー!飲めー!(ごぼごぼごぼ)(わー)(ぎゃー)』
「もしもし叔母さん!?な、何してんの?!!」
「うん?どうしたの舞ちゃん?」
陽輔は青ざめた様子で慌てる舞に声を掛けた。
「いや…なんか、電話の向こうが騒がしくて…」
「えっ?」
おろおろする舞から携帯を奪い取り、陽輔が代わりに出る。
「もしもし?早苗さん?!」
『…(あ、早苗さん落ちたぞ)(法師がー)(くそっ、今回も失敗か)…あ、もしもし』
「あ、どうも…えっと…?」
早苗とは違う女性の声が聞こえる。
『あぁすまない。私は風見朝香という者だ。舞ちゃんと一緒という事は、君は陽輔君だね?』
「あ、はい」
『君たちの事は早苗からいつも聞いているよ』
「あ~、もしかして、早苗さんがいつも”先輩”って言ってる…」
『うむ、その通りだ。それでだ、今回の飲み会は私が主催したんだが、早苗が酔って暴れてしまってね』
「えっ…」
陽輔は言葉を失った。てっきり楽しく飲んでいるモノだと思っていたからだ。
『その勢いで舞ちゃんの携帯に電話を掛けてしまったようで…何とか収まったんだが…』
「は、はぁ…」
電話越しの声に何やら疲労の色を感じる。
『早苗が酔い潰れてしまってな…』
「あぁ~…なるほど…」
陽輔は苦笑いを浮かべながら、傍で見守る舞に事情を説明する。
「叔母さん何してんの…」
「なんか…はしゃいだみたいだね…」
陽輔から携帯を受け取り、舞が話す。
「もしもし」
『あぁ、舞ちゃんか』
「え?私の事知ってるんですか?」
『あぁ、私は康介の母親でね…ご無沙汰、と言っても君は覚えてないかも知れないな。昔はオムツ変えたりもしたんだよ』
「うっ…すみません…」
二重の意味で謝る。何せこちらは覚えて無い。
『なに、構わないよ。処でこのお荷物なんだが』
「あ、あの…」
『ん?何だい?』
朝香の言葉を舞が遮った。
「私、迎えに行きます」
ちらりと陽輔を見ると、彼は一瞬驚いたが、穏やかに笑って頷いた。
『え?いやしかし、留守番中なのだろう?康介に送ってもらえば』
「いえ、これ以上ご迷惑は掛けられませんから。陽輔君も一緒に来てくれるって言ってますし」
『むぅ…分かった。じゃあ待ってるよ』
「はい」
店名と住所を教えてもらい、陽輔と二人で家を出た。
~午後7時20分頃~
「これは…」
「叔母さん…何してんの…」
店に着いた二人は固まった。想像以上に荒れていたからだ。
酔って暴れたとは聞いていたが、店内全域に及んでいるとは想像だにしなかったのだ。
幾つか有る丸テーブルが半分ぐらい倒れていて、料理もお酒も床に散乱していた。まるで台風が通過した後のような惨状だった。
電話では朝香の知り合いの店だと言っていたが、現在参加者が手伝って片付けている最中のようだ。
「あ、居た。はぁ~…やれやれ…」
陽輔は作業の邪魔にならないように店内を歩き、早苗が突っ伏しているソファの側まで辿り着いた。
一方、舞は電話に出てくれた女性や周囲の人たちに、頭を下げて回っている。
「うちの叔母が!本当にすみません!」
「いや、まぁ構わないよ…いt…たまに、有る事だから…」
「え、今までも有るんですか!?」
先ほど電話に出てくれた朝香と言う女性が言い直すが、舞は気付かない様子で驚愕し、目を丸くしている。
「うんまぁ…たまに、ね」
「えっ…」
舞はドン引きして言葉が出ない。気持ちは分からないでもない。
「あれ、レオ丸さん!?」
陽輔が素っ頓狂な声を上げた。
早苗の横で、エルダーテイルで何回かお世話になったお坊さんが、同じように突っ伏していたからだ。
顔を知っているのは、早苗が何度か写真を見せてきたからだが。
以前ゲーム内で本人に聞いた話だと、酒は飲めないと言っていたはずなのに、早苗と同じように燃え尽きているようだ。
「あぁ~…早苗さんが無理やり飲ませてしまってね…」
「…マジですか…」
側に居た参加者の苦笑いに、陽輔も引いてしまったようだ。
「母さん、タクシーを呼びました。もうすぐ来るそうです」
「あぁ、分かった」
後ろから掛けられた声に、朝香が振り返りながら頷いた。
「あ、康介先生」
「あ、ランスさん」
「やあ舞ちゃん、お久しぶりですね。それに陽輔君も」
陽輔と舞の声が重なった。
「「えっ?」」
「ん?二人ともどうかしましたか?」
二人で顔を見合わせる。
「あれ、舞ちゃん知り合い?」
「うん、小学校の時に少し家庭教師してもらって…陽輔君も知り合いなの?」
「あぁ、うん。<エルダーテイル>でそれなりに…」
「へぇ~、そうなんだぁ~」
「なんか凄い偶然だね」
「そだねぇ」
二人で驚いているらしい。
世間が狭い事を実感しているようである。
「康介先生、ゲームやってるんですね」
「あぁ、まぁそうですね」
「まさかランスさんが舞ちゃんの家庭教師やってたなんて」
3人で苦笑する。
「あれ?じゃあ今回の集まりって<D.D.D>主催なんですか?」
「いえ、そうではありません。ここのギルマスが私の母でしてね。今日は助っ人みたいなものです」
「あぁ~、そう言えばさっき…」
この女性を”母さん”と呼んでいた。
「じゃあ…朝香さんもプレイヤーなんですね」
「ああ、母はベータ時代からプレイしているそうですよ」
「そうだな。もう19年になるか」
「えぇっ!?」
自分達の年齢と同じぐらいのキャリアを持つベテラン…陽輔に取っては、雲の上のように感じる。
しかしよく考えれば、早苗の横で倒れている法師も、確かそのぐらいのキャリアは有ると聞いた事が有る。
早苗は17年ぐらいとか言っていたか。何故だろう、早苗を引き合いに出すと一気に陳腐化してしまう。
「え~っと…?」
一方で舞の方は脳内ではてなマークが飛び交い、陽輔、朝香、康介の3人を見比べていた。
ゲームをやってない時点で蚊帳の外なのはまぁ仕方無い。
取り敢えずそれぞれが各々知り合いらしいという事は理解した。
「ん~…んぁ…よーすけぇ?」
「あ、早苗さん、起きました?」
早苗は寝ぼけ眼でゆるゆると起き上がり、陽輔の肩に掴まる。
――否。
陽輔の肩を夕方の様に左手でガッチリと掴み、右手の親指を突き立て、言い放った。
「舞を末永く宜しく頼む」
夕方のようなドヤ顔でニヤリと笑った後、意識を手放して陽輔に凭れかかった。
「いきなり何言って…ってもう寝たのか…自由だなぁ」
陽輔は苦笑しながらソファに座り、早苗を肩に凭れさせる。
「むにゃぁ…酒飲めぇ…」
「う~ん…もう、堪忍してぇ…」
早苗とレオ丸の寝言が重なった。
まるで会話しているようで、陽輔はくすっと笑った。
「あ、タクシー来ましたよ」
窓の方から女性の声が掛かる。左手の薬指に康介と同じ指輪が光っている。
その言葉を合図に、陽輔は早苗を背負った。
「陽輔君、大丈夫?」
「あぁ、何とかね」
「ごめんね、重いでしょ」
「まぁ別にいいよ、このぐらい」
早苗を背負って二人で寄り添いながら歩く様子は、何とも微笑ましい雰囲気を漂わせる。
店の外、タクシーに乗る時に、陽輔は朝香からギルドとプレイヤー名を聞いた。
「<放蕩者の記録>…ですか」
「あぁ。私は朝霧という名前でプレイしているよ」
「…朝霧…さん…」
「うむ。縁が有れば、いつか一緒にクエストもしたいものだな」
「…はい。いつか」
陽輔が奥に乗り込み、早苗を真ん中に据え、最後に舞が座る。
両側から酔っ払いを支える格好だ。
「今日は本当に叔母がご迷惑を」
「君の所為じゃないから大丈夫だ」
「はい…有り難う御座います」
「それじゃあ早苗を宜しく…あ、そうだ、もし仲人の充てを探す時は連絡をくれ。私たちがやってやろう」
「ふぁっ!?」
どうやら冷やかしには弱いらしい。
顔を真っ赤にしてもじもじする舞を見て、朝香が苦笑した。
「母さん、何を言っているのですか」
「すまない、冗談だ」
ドアを閉め、タクシーを発進させる。
陽輔が住所を告げて一息吐いた。
「ねぇ、陽輔君…」
「ん?」
呼ばれて振り向くと、考え事をするような表情で舞がもじもじしていた。
「陽輔君も叔母さんも、戒斗君も…康介先生も、<エルダーテイル>やってるんだよね…」
「あぁ、そうだね」
「ふぅん…楽しい?」
「まぁ、それなりには。初心者からベテランまで色々遊べるよ」
「ふぅ~ん…そっか…」
興味が有りそうな様子の舞を見て、陽輔は静かに微笑んだ――。
なんかね……早苗さん書くと心配になるっすわ。
主に法師の肝臓と御前のストレスの耐久値が(^^;