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5年前 蓮視点 忘れ得ぬ存在 上

こんばんは。今回は番外編を更新します。

本編に入れようと思いましたが、どこで入れるか困ったのでこちらに。


 これは俺が、全てを思い出した時の話。

 彼女にはもう教えることのない、昔のどうでもいい出来事。



 番外編 Side 蓮 12歳



「……ここはどこだ」


 ずきずきと頭が痛む中、俺は目覚めた。冷たいコンクリートの上に、後ろ手に縛られ放置されている。

 この状況は何だ。俺はあいつとイベント会場にいたはず。どうしてこんなところに?

 気分が悪い。先ほど出した声が自分の覚えている声と違って戸惑う。

 身じろぎした体の感覚もいつもと違う。……どういうことだ。


 ――――俺は、誰だ?


 酷く混乱している。頭の中には様々な情報が飛び交っていて、訳が分からなくなる。

 それでもゆっくりとキーワードを一つずつ拾い上げていった。


 『依緒里』『神鳥』『朝比奈』『蓮』『誠司』『死』……


 拾った言葉を組み合わせ、整理する。そうしないと自分がわからなかった。


 そして全てを理解した途端、愕然とした。


 先ほどまで、自分が『神鳥かんどり 誠司せいじ』であると疑いもしなかった。

 なのに目覚めた今は、それこそがどうしても納得できない。

 神鳥?誰だそれは。


 きっかけは殴られたこと。

 そのショックからか、信じられない話だが恐らく前世といわれるものの記憶が一度に蘇ってきたみたいで。

 自分が『神鳥 誠司』だということを信じられない。

 ――――俺は『朝比奈あさひな れん』だ。

 

「依緒里……」


 何をおいても優先される名を呟いたことで、さらに『蓮』が確立されたことを感じる。

 そうだ、俺は『朝比奈 蓮』。

 さっきまで、『神鳥 誠司』と呼ばれていた男の前世であり、その正体だ。

 ようやく納得すると同時に、ばらばらだった『誠司』の記憶が自分の中にきっちり納まったのを理解する。

 状況的には『朝比奈 蓮』の中に『神鳥 誠司』という一部分が存在するといった感じか。


 一旦納得し、落ち着いたところで、ようやく周りを見渡す余裕がでてきた。

 暗い。どこか建物の中か。さっと目だけを動かし辺りを確認すると、周りはコンクリート塀で囲まれている。人の気配は自分の他に1つだけ。閉じ込められていると思って間違いないみたいだ。

 どうしてこうなったのか思い出し、思わず舌打ちする。

 今日の午後、学園からの帰りに誘拐されたのだ。

 誘拐犯に殴られ、情けなくも頭を打って気絶して、そのままここに閉じ込められたようだ。


 記憶がよみがえった途端この仕打ちか。

 思い当たる節はないが、前世の行いがよほど良くなかったらしい。


 ぐらぐらと全身が揺れたような気がしたが、力を振り絞り、何とか起き上がることに成功した。殴られた後遺症か、頭がまたずきずきと痛む。


「誠司?」


 俺が起き上がったことに気付いたのか、声変わり中だと思われる少年の声が響いた。

 先ほど感じたもう一人の気配の主。

 ここには俺だけではなくもう一人閉じ込められていたのだ。

 誘拐されるときにも一緒にいた幼馴染。


 呼びかけられた名前に、一瞬反応できなかった。

『誠司』

 それが今の自分の名前だということを完全に忘れていた。


「里織。……俺が気絶してからどれくらい経った?」


 慎重に声を掛ける。相手の名前は自然と口にできた。

 同時に記憶が戻った反動で忘れていた情報も戻ってくる。


 そこに蹲っている少年の名は、『鏑木かぶらぎ 里織りお』。

 鏑木財閥の御曹司。何の因果かこの俺の幼馴染の一人。

 年齢は、今の俺と同じ12歳。今年ドイツにヴァイオリン留学へ行ったのだが、家の用事の度にすでに何度も一時帰国を繰り返している。女と見まがうような長髪の美形。だが、どこにも弱々しさはない。

 今回も、数日だけの帰国だったはずだ。確か明日ドイツに戻るとか。

 同じように縛られているはずなのに、気にした様子もなく里織は冷静に俺の問いに答えた。


「……30分、といったところかな。車に連れ込まれたのが14時頃。今は15時前くらいだと思う」

「思ったほど、時間は経過してなかったみたいだな。携帯は?やはり取り上げられたか?」


 起きて早々聞くのがそれなんだ?とため息をつく幼馴染は無視して、胡坐をかき一息つく。手は縛られているので、何を取られたかまで確認はできない。さすがに携帯は奪われたとみているが。

 血の味がする。どうやら口の端を切っているみたいだ。口の中の血が気持ち悪くて思い切り吐き出した。


「君も私も、とられたのは携帯だけだけど……それ、結構切れてるんじゃない?あいつら手加減したようには見えなかったし」


 身を乗り出すようにして聞く里織にかぶりを振った。


「問題ない。血が出るだけで、見た目より傷は浅い」

「……ならいいけど。あーあ、私明日出国なんだよ。妹も待っているし、早く帰らないといけないんだけどな」


 誘拐された現状ではなく明日の出国時間を気にする里織に、にやりと含みを持たせ笑いかける。

 『誠司』であったときには気づかなかったが、多分こいつは俺と同類だ。

 前世では俺の周りにいなかったタイプだが、もし出会っていればきっと悪友になれただろうと思う。


「ずいぶんと余裕だな」

「……君もね」


 俺の態度に少し驚いた様子をみせた里織は、それから嬉しそうに笑った。

 さらに力が抜けたようにも見える。

 のんびりと、妹に土産も買ってないんだよと零す里織は放っておくことにして、考える。

 

 ようやく思考できる冷静さが戻ってきていた。

 先ほどの結論をもう一度思い起こす。


 ……つまりどうやら俺は『転生』と言うものをしたらしい。

 誘拐犯に殴られて頭を打った拍子に、前世の事を思い出したというのが今の状況だ。

 

 ……正直今すぐ死にたいと思う。



 戻ってきた記憶は、今まで生きてきた『神鳥 誠司』というものを根本から揺るがすものだった。

 それも当然だ。『神鳥 誠司』はまだ12歳。

 対して前世の記憶、『朝比奈 蓮』として過ごした日々は35年分の積み重ねがある。

 勝てるわけがない。35年。しかも記憶は強烈に焼き付いている。

 完全に、『朝比奈 蓮』が『神鳥 誠司』を上書きした形になっていた。


 ふと、自らの死を思い出す。

 俺は35歳の時、自らの胸を貫いて死亡した。いわゆる自殺。

 だがそれも仕方ない。生涯ただ一人と決めた女が死んだのだ。

 その亡骸を抱いて後を追う事しか俺には考えられなかった。

 彼女のいない人生なんて考えられない。

 だからむしろ胸に刃を突き刺した時には安堵さえ覚えたというのに、何故記憶を持ったまま『転生』なんてしてしまったのか。

 

 生まれ変わっても、俺の中の彼女への愛はいささかも揺らぐことはなかった。 

 新しい人生だと言われようが、彼女以外を好きになれる気がしないし、存在しないことが許せない。

 彼女がいないのなら、俺がここにいる意味もない。


 真実そう思っているのに、なのに記憶を取り戻す前の自分には、どうやら本気で好きな女がいたらしい。全く持って腹立たしい話だ。

 らしいというのは、勿論俺がそれを認めたくないからだ。

 信じられないことに、その女を『愛しい』と思う気持ちが確かに自分の中にあることが分かってしまう。

 俺は『依緒里』以外の女はどうでもいいはずなのに。

 あつらえたように、その女の名前も『伊織』だった。目の前の男『里織』の義理の妹。

 幼少のころ孤独だった『誠司』を助けてくれた女。

 すでに婚約者らしいが、手に入れたい女の外堀を埋める早さは、生まれ変わって記憶を失っても、変わることはなかったらしい。

 全く、自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。

 『依緒里』以外の女に興味を持つなど、万死に値する。

 やはり俺は疾く死ぬべきだ。


 自分を殴りつけたい気持ちで立ち上がった。両手が使えなくても動くくらいはできる。閉じ込められているのは6畳程度の狭い部屋。

 施錠してあるだろうドアと、壊れた蛇口、その上に欠けてしまった鏡があった。

 ――――あの鏡の破片なら首を切って死ねるだろう。


 早く、依緒里の所に帰りたい。共に眠りたい。

 そう思って鏡に近づいた。


 鏡は割れていたが、姿を映すには十分だった。

 自分の容姿には昔から興味がなかったが、鏡を見た瞬間奇妙な既視感にとらわれた。

 日本人にはありえない、金髪にエメラルドグリーンの瞳。

 生前と同様におそらくイケメンと呼ばれるであろう、容姿。

 『朝比奈 蓮』としては初めて見たはずなのに、どうしてか見覚えがある。

 理解できなくて、首をかしげる。

 鏡の中の男も俺と同じ仕草をした。


「誠司?どうしたの?」

「里織、いやなんでも……!!」


 『誠司』に『里織』。この二つの名前が記憶を強烈に揺さぶった。

 振り返り、里織の容姿をもう一度まじまじと見つめる。


「何?」


 里織が行動の意味を問うてきたが、答えを返せる余裕はなかった。

 何てことだ――――。


 ――――思い出した。

 この容姿に名前、そして思い当たる設定。

 これはあいつが好きだった乙女ゲーム『パンドラプリンス』の攻略キャラだ。

 


 ……思わず頭を抱えたくなった。



 転生までは、まあいい。

 だが、何も乙女ゲーの攻略キャラなんかに転生することはないだろう。

 不思議そうにこちらを見ている里織になんでもないと言って、もう一度鏡を覗き込んだ。

 間違いない。俺は攻略キャラの一人、神鳥財閥御曹司で学園の王子『神鳥 誠司』だ。

 眩暈がしそうな事実だ。

 目の端でとらえた幼馴染の姿にも、もはやため息しか出ない。

 『鏑木 里織』こいつも間違いない、攻略キャラだ。

 攻略時の名前は『小鳥遊たかなし 里織りお』だったはずなのだが、まだ名字は変わる前か。

 だが、あの容姿からして間違いなく本人だろう。


 全くどうしてこんなことに。

 俺が『乙女ゲーム』なるものをどうして知っているのかと言えば、俺の妻が好きだったからに他ならない。彼女の興味をひくものを全て把握しておきたかった俺は、このゲームもすべてコンプリートしていた。

 彼女なら今の状況も喜んだかもしれないが、俺がこのゲームの攻略キャラになったところで嬉しくもなんともない。

 特にこのキャラは依緒里の好きなキャラではない。――――依緒里??

 

 ふと、思った。


 ゲームの世界に記憶を持ったまま転生する?そんな偶然に起こり得るだろうか。


 しかもおあつらえ向きに、彼女が嵌りに嵌ったゲームの世界に俺ただ一人などと。

 俺と彼女は死んだ時期も場所もほぼ同じだ。この奇妙な現象が自分にだけ起きているとは考えにくかった。

 ――――もしかしたら彼女もこの世界に来ているかもしれない。 

 そう思ったら、いてもたってもいられなくなった。

 死ぬことはいつだってできる。

 だが、彼女がこの世界にいる可能性が少しでもあるのなら、どんなことをしてでも探さなくてはならない。

 ――――もう一度彼女を手に入れるために。


 彼女の好きではないキャラに転生してしまった事実は俺を酷く落ち込ませたが、財閥御曹司という立場を利用しない手はない。

 依緒里を探すにしても、必ず役に立つはずだ。

 

 出来るだけ急がなくてはならない。そう思えば、急にこの瞬間をも無駄な時間に感じ出した。

 のんびり誘拐されている場合ではない。


 結論を出した俺は、あっさりと縛られた手首の縄をほどいた。

 縄抜けくらいとうの昔に習得済みだ。

 それを見ていた里織が感心した様子で話しかけてきた。


「君、縄抜けなんてできたんだ」

「……お前だってできるだろう。誘拐が日常茶飯事な俺たちには必須スキルだ」

「……まあ、できるけど」


 当然できるだろうと話を振れば、戸惑いながらも里織は頷いた。

 やれやれと立ち上がりながら、彼もまた縄をほどく。

 長時間縛られていて、手首が固まっていた。

 関節を伸ばしながら、里織に声を掛けた。


「里織、お前の家の警備はどれくらいで到着する?」

「車に乗せられたときに応援要請は入れたから、多分一時間はかからないと思うけど」


 少し考えながら里織が答える。

 俺の家も里織の家も財閥だ。

 残念ながら誘拐は日常茶飯事。これが初めてのことではない。

 当然色々な自衛策は持たされている。それを使い、俺もすでに救援要請は出していた。

 じっとしていても助けが来ることは、二人とも経験上よく分かっている。

 うろたえもせず、おとなしくしていたのはそのためだ。

 だが、どうにも気分が悪かった。


「……神鳥の警備と同じくらいか。一時間弱……。丁度いい。やられっぱなしは性に合わないから、警備がくるまでの間少し遊んで行かないか?」


 目配せをしてそういうと、俺の意図を正確に理解した里織は驚いた顔をした。

 

「意外……誠司、君ってそんなやつだったの?」


 今まで猫かぶっていたわけ?長い付き合いなのに知らなかったよと里織が目を見張る。

 確かにこれまでの『誠司』なら、与えられたものに及第点以上の成績は残しても、自ら積極的に何かをしようだなんて思わなかっただろう。

 記憶にある通りの『誠司』を演じて、救援をただ待つだけでもよかったのだが、隠しても遅かれ早かれこいつにはばれるような気がしたのだ。

 大体こんな目にあわされて黙っているなどとてもじゃないができない。

 俺は、根に持つタイプなのだ。


「がっかりしたか?」


 一応確認を入れる。この幼馴染がどうこたえるか興味があった。

 だが、里織は嬉しそうに言った。


「全然。むしろ良かったと思ったよ。正直今までの君とは友人になれる気がしなかったからね」

「……くく。そうだろうな」


 思った通りの反応に、思わず声が漏れる。

 『神鳥 誠司』と『小鳥遊 里織』が仲が良かったという話はゲームの中でも聞かなかった。どちらかというと、ゲームの中で里織は神鳥を嫌っているように見えたし、神鳥の方も里織を苦手にしているようだった。それはこちらでも同じだったらしい。

 俺はこういう男は好きだが、俺の中にいる『神鳥 誠司』は、里織を苦手にしていた。

 好きな女を手に入れたいがための付き合いだと無理をしていた節がある。

 当然この男もそれに気が付いており、そんな関係で仲良くできる筈がなかった。

 

「今の君となら、仲良くできそうだ」

「奇遇だな、俺もそう思っていた」


 改めて宜しくと手を差し出され、快く握る。

 わざわざ細かいことを言葉にしなくても、通じることが気持ちよかった。





ありがとうございました。下へ続きます。

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