兄貴
年末、研究室も休みになったので勇太はほとんど家にいた。
ある日の昼すぎに、兄が帰省してきた。
「ただいまー。」
「あら、勇一。予定より早かったわね。ご飯食べる?」
「『いっちゃん』で食ってきた。」
2階の自分の部屋で参考書を開いていた勇太にも兄の勇一と母親の会話が聞こえてきた。
それからしばらく、父親を入れて3人でリビングで談笑していた。
勇太は特に交じって話する気分でもなかったので部屋から出なかった。
兄が2階に上がってきて、
「おう!」
と言って笑顔で勇太の部屋に入ってきた。
「お帰り。」
勇太は兄をちらっと見てまた参考書に目をやった。
「大学の方はどうだ?」
兄は勇太のベッドに座って聞いてきた。
「うん、頑張ってる。」
勇太は素っ気なく答えた。
「金剛教授って人の研究室だってな?」
「えぇ?!知ってるの?!」
勇太は驚いて兄の方へ振り向いた。
「父さんから聞いた。父さん、勇太の研究室のこと調べたって。喜んでた。スゴい教授の元で研究させてもらってて良かったな。」
「…そうなんだ。」
勇太は父親が自分の研究室について調べてたなんて意外に感じていた。
「父さんも勇太の進路のこととか色々心配しているんだ。たまにはゆっくり話してあげろよな。そうそう、Juriと一緒の研究室なんだってな?」
そのことは母親から聞いたんだろなと勇太は思った。
「Juriって普段どんな感じ?生で見てもかわいいか?俺、『こすもおーら』はJuri推しだったんだよな。」
兄が樹理奈のファンだったのは初耳だった。
「原田さんは明るいし優しいよ。それにかわいいと思うけど。」
「そっか。やっぱりJuriはかわいい上に性格良いのか。俺の想像通りだな。彼氏、いるのか?」
勇太たちは研究室にいてもその手の話題はほとんどしないので、
「知らない。」
と答えた。
「勇太は彼女いるのか?」
「いない。」
勇太は即答だった。
「そっか。まだ父さんと母さんに言ってないけど俺の彼女、看護師の子なんだけど、将来結婚しようと思ってる。行く行くはこっちの病院に就職するつもりだ。何年後になるか分からないけど。」
「実家に戻ってくるってこと?」
勇太が聞いた。
「まぁ、父さんと母さんのことも心配だしな。将来的にはこっちに帰ってこようと思ってる。」
「…ふーん。」
しばらく他愛もない話をした後、兄は部屋から出ていった。
勇太はため息をついた。
『やっぱり兄貴、スゴいな…もう何年後の未来のことまで考えている…俺は…就活さえスタート出来ていない…』
就活サイトで色々な調剤薬局の募集を見たり、病院のホームページを見たりしているが、説明会に行こうとまではなっていなかった。
勇太はベッドに寝転がってしばらくボーッとしていた。
起き上がってふと本棚に置いているアンモナイトの化石が目に入った。
『じいちゃん…そういえば最近、研究で忙しかったからお墓参り行けてなかったな。くよくよしてても仕方ないよな。明日お墓参り行って来よう。』
祖父は直接アドバイスをくれることはもうないが、気持ちを落ち着けるため、自分の今の現状を報告するためにお墓参りに行くことを決めた。
年が明けて、家族で初詣に行った。
久々の家族4人での外出なので母親はとてもテンションが高かった。
バッチリメイクでピンクのコートを着て外出の準備をしている母親に勇太は突っ込む言葉を失った。
『就職先が無事に決まりますように…来年の国家試験に合格しますように…』
お賽銭を投げてお参りをしている時、勇太はそう願った。
『あと、魔術修行も何とか乗り切れますように…』
1ヵ月後、試験が終わるとクォーツの指導で修行な再開するのがとても憂鬱だった。
『ペリドットとラーメン行きたいな。』
クォーツの愚痴を聞いてもらえるかなと勇太は密かに考えていた。
『でもどうやってペリドットと連絡取ったらいいんだ?原田さんとロードクロサイトみたいにメールのやり取りは出来ないし…向こうから接触してくれるのを待つしかないか…』
この時の勇太にはそれが実現しないことになるとは思っていなかった…