理事長
放課後、勇太は研究室で今行っている実験が上手くいかず、教授に見てもらおうと教授室に向かった。
ドアをノックしようとするとガチャっとドアが開いて男性が出てきた。
中年でスタイルが良く、見た目が爽やかで見覚えがあった。
男性は勇太をチラッと見て教授室から出ていった。
「失礼します。」
勇太が教授室に入っていった。教授は奥のデスクの椅子に腰かけていた。
「どうした?」
教授が言った。
「この反応なんですけど、3回やってみても上手くできなくて…生成率が10%前後なんです…」
勇太は教授に実験ノートを見せながら言った。教授はノートの内容を一通り読んで、
「溶媒のpHと温度調節ができてないのかもしれないな。その点を注意しながらもう一度やってみてごらん。」
と言った。
「ありがとうございました。」
勇太はお礼を言って教授室を後にした。
『流石だな。ノート見ただけでアドバイスがすぐ出てくるなんて。』
「なあ、今の、一條譲だろ?理事長の。」
教授室から戻ってきた勇太に海斗が言ってきた。勇太も思い出した。
さっき、教授室から出てきた男性は一條学園の創設者一族で、政治家、教育者などの顔を持ち、薬学部創設にも関わったという一條譲だった。TVでも取り上げられたことのある人物だったので有名人だ。
「道理で見覚えがあったのか…」
勇太は納得した。ふと何気なくあきの方を見た。
あきが一瞬、樹理奈をギロっと睨んだのを見てしまった。樹理奈はあきと目が合い、すぐに目をそらした。
『なんだろう…』
勇太は少し気になった。一瞬の出来事だったが、2人とも何事もなかったかのように作業を続けていた。
「金剛先生を呼ぶために薬学部を作ったって噂あるよね。」
貴司が言った。
「理事長と金剛先生、友人とかかな?」
助手が授業から戻ってきた。
「中間試験があるみたいね。」
助手が言った。
「薬理学とゲノム工学と漢方学と生化学なんですよ。結構ハードです。」
貴司が答えた。
「来週から試験終わるまで研究休みにする?」
助手が言った。
「助かります!」
勇太が歓喜の声をあげた。
「ちょうど良かったです。俺、就活入るんで。」
海斗が言った。
「希望先はメーカーって言ってたわね。試験勉強と両立大変ね。」
助手がそう言ったが、海斗は学年2位の成績だ。
『海斗ならどっちも余裕だろうな…』
勇太はそう思った。
就活だけじゃなく、魔術修行も海斗の方が1つ上のところにいる。そう思うとまた気が重くなりそうだった。
『お前はお前のペースで考えればいいんじゃないか。他のヤツらと比べようとするから焦りや劣等感が出てくるんだ。まだ考える時間があるんだろ?』
ペリドットの言葉を思い出した。気持ちが少し楽になった。
『そうだよな…とにかく今はこの研究に集中しよう。溶媒のpHと温度をもう一度確認して…生成率をあげなきゃ…』
勇太は研究を再開した。
その様子を研究室のドアの窓から理事長が覗いていた。
「今回のメンバーです。」
いつの間にか研究室の外に出た助手が理事長に言った。
理事長は何も言わず研究室を後にして歩き出した。