術式
勇太は魔力量を加減する訓練を始めた。縄を1本だけ出せるようになるのに1週間程かかった。
「ただ縄を出すだけじゃ術の意味ないからな。術式を複数組み合わせる本格的な術のかけ方をしていこうか。」
そう言ってペリドットは手のひらサイズのウサギの人形を取り出した。
『顔に似合わずかわいいもの持っているな…』
勇太がそう思っているとウサギの人形がまるで生きているように勇太の周りをピョンピョンと跳ね出した。
勇太が戸惑っているとペリドットが、
「こいつを捕まえてみろ。」
と言った。
「えっ、どうやって?!」
勇太は必死でウサギの動きを目で追っていた。
「縄で捕まえるんだ。術式を重ねて発動させるんだ。」
ウサギを縄で捕まえる…ヘビのようにウサギを巻きつける縄を想像した。
『“縄”、“捕”。』
勇太の指から出た魔力が縄の形になり、ウサギに巻きつこうとしたが、ウサギがひょいっと軽々かわした。
「あっ、ダメか。」
勇太は諦めずにまた術式をかけようとした。
『“縄”、“蛇”、“捕”。これでどうだ。』
今度は縄は蛇のようにグネグネ動きながらウサギに巻きつこうとしたが、これもかわされてしまった。
『縄1本じゃキツいな…縄たくさん…“縄”、“網”。』
勇太の出した縄が絡まり合って網のようになり、ウサギに覆い被さろうとしたがウサギはひょいっと避けた。
「術式を重ねて発動させる要領は分かってきたようだな。」
ペリドットがウサギを持ち上げるとウサギは動かなくなった。
「よし、今日はこれくらいにしてまた明日な。」
そう言ってペリドットが勇太の前から消えた。勇太は『扉の空間』にぽつんと立った状態になった。
「あれ?」
いつもなら勇太が講義室に戻されるはずだからだ。
「中島君。」
突然名前を呼ばれたので振り向くと貴司が立っていた。
「パールに頼んだんだ。戻っても中島君とゆっくり話できないし。」
そう言ってメモ帳を取り出してパラパラとめくり出した。
海斗と樹理奈とあきも現れた。
「術の見せ合いしない?」
樹理奈が言った。
「大林と原田が師匠たちに頼み込んだみたいだ。ここは時間が止まってるんだからみんなで集まってゆっくり話したり、術の見せ合いがしたいって。研究室じゃ話題にもできないから、全く会話してなかったせいで助手に怪しまれてたからな。」
海斗も言った。
「あと、野上もルビーを説得してくれたみたいだ。」
「そっか…」
勇太は自分の修行で精一杯だったので、みながどんなことをしているのかとかあまり気にできていなかった。
『俺、周り見えてないな…』
そう少し落ち込んでいると、
「俺も初めはあまり乗り気じゃなかったんだけどな。どっちでも良かったし。」
と海斗がこそっと勇太に耳打ちした。
「じゃあ、誰からやってみる?」
樹理奈は見回した。
「言い出しっぺからどうぞ。」
海斗が言った。
「…分かったわ。」
樹理奈は少し緊張した顔になり、指を大きく振った。
指から“花”と“蝶”の文字がいくつも交互に出てきた。
それらが溶けるように、色とりどりの花と蝶々に変わってふわふわと浮いていた。
勇太と貴司が拍手した。
「さっきも見たからな。」
海斗が言った。
「オパールが教えてた。」
「もうどっちの師匠分からないわよね。」
樹理奈が笑いながら言った。オパールは海斗ではなく、樹理奈の師匠になりたがっていたのでまだ一緒に修行しているようだ。
「じゃあ…次、大林君。」
樹理奈が貴司を指名した。
貴司は頷いて、目をつぶった。指で数字の“2”と“3”を書いた。
それぞれの数字はしばらく宙に浮いてたが、貴司がくっつけると“5”に変わった。
「おぉ!」
「へー、面白い!」
勇太と樹理奈は換気の声をあげた。
「かけたり、割ったり、ひいたりもしてみたいんだけどまだまだなんだ。もっと修行しないと。」
貴司は照れくさそうに言った。
「じゃあ、俺、するわ。」
海斗が手を広げると手のひらから細かい細工がされたグラスが出てきた。
勇太と貴司は驚いた顔になった。
『海斗…指で術式を書いてなかったよな…』
勇太はまだ海斗との差が開いているのを感じてしまった。
「中島君が最後ね。」
みな勇太の方を見たが、勇太は戸惑っていた。
縄を出すのと鉄アレイを浮かせることしかしていないが、どちらをどう見せればいいか悩んでいると、
「中島君、これ。」
あきが勇太の足下近くを指さした。“10.0㎏”と刻印された大きな鉄アレイが10個いつの間にか置いてあった。
勇太は指を振った。鉄アレイがふわふわと浮かび上がった。
「10㎏が10個って…合計100㎏だよね!」
「スゴい!重力ないみたい!」
あきを除く3人は驚いていた。
しばらく浮かせて、勇太は鉄アレイを地面にそろっと置いた。
「魔力量は勇太が1番だな。」
海斗が言った。
「いや、海斗はやっぱりスゴいな。」
勇太は笑顔になった。




