それぞれの心の闇ー海斗
次の日、講義の合間の休憩時間に海斗が、
「俺、週末に実家に帰るわ。」
と言った。
「松下、まさか見合いの話か?!」
「相手はどこの令嬢だ?」
彬と晋也がからかったが、
「残念。ただの帰省だ。」
海斗が軽くあしらった。
「なんだ。つまらんなー。」
海斗が実家に帰ると言うのは珍しく、勇太は内心とても驚いていた。
海斗と実家の両親、特に父親との関係は良くないことは勇太はもちろん知っていた。
それで、海斗は実家の話を自らはしようとはしなかった。
勇太もあえてこちらから聞こうとはしてこなかった。
『これが、海斗の心の闇…か。』
海斗も心の闇である両親との関係に正面から向き合おうとしているのだと勇太は思った。
「父さんとはまともに話しなかったけど、母さんが色々父さんの考えが変わったことを教えてくれてさ。」
週明けの講義室で彬たちがいないタイミングで海斗は口を開いた。
「この前、父さんの病院の門前の薬局の薬剤師から疑義照会を受けたらしいんだ。『併用禁忌の薬が出てる』って。聞けば、他の病院で出てた薬と父さんが処方せんに書いた薬とが併用禁忌だったらしくて。父さんは他の病院の薬は把握してなかったから薬剤師に助けられたってさ。それから、薬剤師に対する考えが変わったって。残念ながら俺はメーカーに就職するけど。」
そう話している海斗の表情が勇太にはいつもより柔らかく見えた。
「父さんの病院に営業行きまくってやろうか。」
海斗はいたずらっぽく言った。
勇太も思わず笑ってしまった。
「晴明、まだ帰ってきてないのか?」
講義が終わり、研究室に向かいながら、海斗が言った。
「ペリドットは心配するなとは言ってるけど、魔術界に行ってないからどうなってるかは分からないんだ。」
勇太が言った。
敵の動きも一切感じないのも不気味に感じていた。
「モリオンに聞くのが一番ってとこだな。いい加減に国試(国家試験の略)に集中させてもらいたいな。」
海斗はそう言ったが、勇太は海斗なら余裕だと思っていた。
「あっ、中島君、松下君。」
研究室に樹理奈も来ていた。
「原田、珍しいな。」
「今日はここで勉強しようと思って。あきちゃんは図書館?」
「いつも通り、そうだと思うよ。」
樹理奈はニッコリ笑って自分のデスクに戻った。
勇太には樹理奈の笑顔がいつもより明るく軽やかに見えた。
樹理奈も週末に心の闇と向き合うべく、行動を起こしていたのだった。