あきの実家へ
「勇太、そんな格好で良いの?ネクタイ絞めといた方が良いんじゃない?」
「そこまでしなくて良いよ。」
「お土産は用意してるの?」
「行きに買うから。」
「はい、これ。昨日河内屋デパートで半田屋のお饅頭買っておいたから。持っていきなさい。」
「…ありがとう。」
あきと付き合ってから勇太の雰囲気が変わったのは母親に気づかれていた。
GW前に母親に詰問されて勇太は両親にあきとの交際を伝えていた。
「そっか。同じ研究室の…。アイドルの子ではなかったのね。」
何故か母親は勇太の相手が樹理奈ではなくて少し安心していた。
この日はあきの母親からご飯を呼ばれていた。
「相手方に失礼のないようにね!」
母親は勇太が家を出るまで口うるさくしていたが、最後は父親に制止された。
「もう大人なんだから。黙っててやれ。」
勇太は家を出た直後から緊張しはじめていた。
あきは母親の実家で祖父と母親と3人で暮らしていた。
『お父さんが亡くなってからおじいさんの家に住み始めたって言ってたな…お父さんの仏壇、あるんだろうな…数珠持ってきた方がよかったかな…』
そう考えながら電車に乗った。
『後1駅で着く…緊張してきた…』
駅に着くとあきが笑顔で待っていた。
「突然でゴメンね。お母さん、ずっと中島君に会いたいって言ってて。」
「こちらこそ、ありがとうだよ。実習のレポートできた?」
「うん。明日提出しにいく。」
「そっか。俺も今日中に書いてしまおう。」
そんな会話をしながら歩いていたが、
「緊張してる?」
あきに緊張していることを見抜かれてしまっていた。
「そりゃぁ…ねっ。」
「ウチ、硬い家じゃないから大丈夫なのに。」
住宅街の中を歩いていると、周りの家とは雰囲気が違う和風の大きな平屋の家が見えた。
「あれがウチ。」
あきが指差した。
『聞いてた以上に立派な家じゃん…』
勇太はさらに緊張した。
“重盛”と書かれた威厳漂う石の表札に、“野上”と書かれた木で彫られた表札が並んでいた。
「ただいまー。」
あきに連れられて勇太も家の中に入った。
「おっ、お邪魔します。」
「いらっしゃい。あきの母親です。娘がお世話になってます。」
あきの母親が奥から飛び出して勇太を迎えた。
「中島勇太です。」
「入って入って!あき、じいちゃん奥の部屋にいるから。」
家の中は昔ながらの和風な家で、立派な襖に広い和室があった。
勇太があきについて祖父の部屋に行く途中、仏壇がチラッと見えた。
そこには父親の遺影ではなく、あきの祖母らしい着物を着た女性の遺影が置かれていた。
女性は穏やかな笑顔を浮かべていた。
「じいちゃん、入るね。」
あきが1番奥の部屋の襖を開けた。
板張りの応接間で、革張りの立派なソファーにガラスのテーブル、本棚には建築関係や金融系、株、図鑑、教育系など様々なジャンルの本がびっしり並んでいた。
あきの祖父はソファーに腰かけてテレビでニュースを見ていた。
「じいちゃん、中島君。」
「初めまして。あきさんとお付き合いさせて頂いている中島勇太です。」
勇太は緊張しながらも、噛まずに言えたことに少し安堵した。
「ん。」
祖父はこちらをチラッと見ただけでまたテレビに視線を移した。
『気に入られなかった…のかな…?』
勇太は不安になった。
「中島君、部屋行こ。」
あきは勇太に自分の部屋に案内した。
「じいちゃんも緊張してる。」
あきはフフっと笑いながらこそっと勇太に耳打ちした。
あきの部屋は机も本棚もキレイに整理されていて、女の子の部屋らしく人形がいくつも並べられていた。