ディナー
2人でまた手を繋いで歩いた後、あきは人気のない所に勇太を連れてきた。
『えっ…あきから…?!誘ってるのか…?』
勇太は1人ドキドキしていた。
「中島君、目をつぶって。」
勇太は言われるがまま目をつぶった。
あきに手を握られたままだった。
「いいよ。」
『ん?!キスも何もなかったけど…』
そう思いながら目を開けると、
「ここって…」
「中島君に食べたいものって聞いた時に想像したお店。」
勇太とあきは古い赤い看板に『いっちゃん』と書かれた店の前に立っていた。
店の前でも良い匂いが伝わってきた。
「ここ、俺の地元の店で、俺の中で1番ウマイラーメンなんだ。海斗も喜んでくれてさ。」
「そうなんだ。良い匂いがする!期待できそう!」
2人は店ののれんをくぐった。
「いらっしゃーい…ん?勇一の弟か?!」
タオルを頭にまいた店員が2人を迎えた。
「お久しぶりです。」
勇太が言った。
店員は兄の勇一の同級生で、
「親父!勇一弟が女連れて来た!」
親父と呼ばれた厨房にいる無精髭で強面で職人堅気風な店主が寸胴鍋の前に立っていた。
店主は勇太をチラッと見ただけだった。
『おっちゃんも相変わらずだな…』
寡黙な店主と勇太はほとんど会話を交わしたことがなかった。
「まだ客入ってないし、ほらほら、座ってすわって。」
店員は2人を奥の席に案内した。
「彼女か?」
「はい…」
「デートか?」
「まぁ…」
「へぇ、いつから付き合ってる?」
「最近です。」
「もしかして、初デート?初デートとくればフレンチとかオシャレな料理だろ?!わざわざウチじゃなくても!」
「はい…」
「そういえば、親父さん大変だったらしいな。」
店員が着席した勇太たちにお水を持って来て質問攻めをした後に切り返した。
「はい。でも、すぐ退院して仕事にも復帰できたし、今日から母と旅行に行ってるので。」
勇太の父親は入院中母親に迷惑をかけたといって夫婦で旅行へ行ってしまった。
「そっか、良かった!入院する前は飲んだ帰りよくウチに寄ってくれてさ。親父と2人で話してたな。勇一のこととかお前のこととか。」
「真、こっち手伝え。」
店主が店員を呼んだ。
『父さん、よく来てたんだ…おっちゃんと何話していたんだろう?』
勇太がそう思っていると、
「ねぇ、オススメは?『ホルモンラーメン味噌』が人気って書いてるけど。」
あきがメニューを見ながら勇太に声をかけた。
「あっ、うん。俺が1番好きなヤツ!でも、他のもおいしいから。セットにしようかな…」
ペリドットにも同じ物をオススメしたことがあるが、あきにはペリドットの話題を出せなかった。
『一応、死んだことになってるしな…』
勇太はラーメンとチャーハンのセット、あきはラーメンと天津飯のセットを頼んだ。
「あいよ、おまち!」
店員が勇太たちの頼んだセットを持ってきた。
「うわー!久しぶり!」
勇太はラーメンを勢いよくすすった。
炙ったホルモンの甘味と旨味が味噌味のスープとマッチして、
「やっぱ、うまい!」
勇太は満面の笑みだった。
「うん!おいしい!脂っこいのかなって思ったけど、全然!」
あきも喜んでくれて勇太はさらに満足だった。
「私ね、中島君はラーメン好きじゃないって思ってたの。」
あきが思いもよらないことを言った。
「『路傍園』のラーメン食べてる中島君の顔、横でおいしそうに食べてる大林君と対照的だったのよね。私たち附属高校出身者って大学に行って『路傍園』のラーメン食べるの憧れだったから。でも、中島君はあの時のおいしそうでもまずそうでもない顔で食べてた謎が解けた!ここのが1番ね!」
勇太は意外なところをあきにちゃんと見られていたことに驚いたが、
「分かってもらえて良かったよ!」
そう言ってまたラーメンをすすった。
店内は徐々に客が入ってきた。
「人気なのね。」
あきがまた店に入ってきた客を見て言った。
「マニアの中では知る人ぞ知る名店らしいんだ。色々取材とかも断っているみたいだし。」
「はい、これ。親父から。」
店員が餃子を勇太たちのテーブルに持ってきた。
「えっ、そんな。」
勇太はうれしかったが、驚いて厨房の店主を見た。
店主は忙しいそうに大きな中華鍋を振っていた。
「初デートのディナーにウチを選んでくれてうれしかったんだと思うぜ。それと、さっきの話も。サービスしとくから。」
店員はニヤッと笑った。
正確には勇太が選んだというより、食べたいと思った店をあきに読まれて来たといった方が正しかったが、
「ありがとうございます!餃子も上手いんだよ!」
店員はこの後、なんと麻婆豆腐まで持ってきた。
「ごちそうさま。おっちゃん、ありがとう。」
店を出るときに会計を済ませた勇太は店主に声をかけた。
「また来いよ!」
店主はそう言って忙しいそうに鍋を振っていた。
「ありがとう、ごちそうさま!おいしかった!」
「まさか麻婆豆腐の次は唐揚げと春巻きをサービスしてくれるなんて。お陰でお腹が苦しい…」
2人はまた手を繋いで歩き出そうとしたが、
「あき、この後、どうする?帰り車で送っていこうか?ウチはここから近いし。」
「ううん、電車で帰るね。ありがとう。」
「そっか、駅まで送るよ。」
勇太はあきと駅まで歩いて、電車が来るまで一緒にいた。
「ありがとう!バイバイ!」
あきが電車に乗ったのを見届けてから勇太は帰宅した。
「今の時代は親が留守中に女を連れ込んで押し倒すのが主流だと書いていたが。」
帰宅した勇太に晴明が言った。たぶんインターネットでの情報だと勇太は思ったが、
「どこに書いていたんだよ!それに家に連れて来ても晴明とペリドットがいるし!デート中のことも色々バレてると思うけど。」
「残念ながら、わしらは主との繋がりを先ほどまで断たれていたのでな。」
「ん?どういうこと?」
「女がわしと主の繋がりを妨害していたのだ。」
「あきが?」
「お前とのデートを監視されていたくなかったんじゃないか?」
ペリドットが言った。
勇太はあきがデート中、術を使っていたことに気づかなかった。
「かなり高度な術だな。恐らく式神も欺いていたと思うぜ。魔力の消費は相当なものだったも思う。」
そういえば、あきは『いっちゃん』での店主のサービスをペロリと完食していたのを勇太は思い出した。
『色々計画して行ったけど、結局、あきにリードされていた気がしてきた…』
晴明との繋がりを妨害していただけでなく、夕食は勇太が食べたいものと提案してくれたのは、
『俺が無理して背伸びしていたのに気づいていたから…昼は柄にもなくイタリアンだったからかな…』
そう思うと自分が情けない男に思えてきた。
「勇太、あきは楽しそうだったか?」
ペリドットが聞いた。
「うん、たぶんだけど。」
「良かったじゃないか。それが1番だ。」
ペリドットの言葉に勇太は少しずつ気持ちが軽くなった。
駅に着いたあきは駐輪場に向かっていたが、突然足を止めた。
「ずっとつけてたでしょ?」
あきが振り向くと黒いジャケットに黒の革のズボン、シルバーアクセサリーやチェーンをジャラジャラつけた男が立っていた。
「さすが。」
両耳にもシルバーのピアスをつけ、髪の毛はワックスでツンツンと逆毛ている男はニヤリと笑った。