最後の1年
「また告白しないのか?」
ペリドットが勇太に聞いた。
「ふられたばっかりなんだし…」
「でも最近、ほぼ毎日あきと一緒に帰っているだろ?」
勇太はペリドットが言うようにほぼ毎日、研究室帰り駅まであきと帰っていた。
3月でみな研究が一段落するのであきと一緒に帰る機会がなくなってしまうことに薄々危機感を感じてはいた。
「勇太がまた告白してくれること、待ってるのかもしれないぜ。」
ペリドットはニヤニヤして言った。
正直、勇太もまた告白すべきかどうか悩んでいた。
3月末に卒業式があったが、勇太たちのいる薬学部は卒業生がいないので、研究室の窓から色とりどりの袴を姿の女子学生やスーツを着た男子学生たちが記念写真を撮っているのをみなで眺めていた。
「1年後なんだね…」
貴司が寂しそうに呟いた。
「できた…」
勇太は何度も修正をしながらようやく卒業論文を書き上げた。
4月から4回生になり、最後の大学生活になる。
研修、就活、国家試験…これまでで1番大変な1年になる気がしていた。
『修行もどうなるんだろう…』
クォーツに小言を言われながらも順調に修行は進んでいるようだった。
繁華街で罠が仕掛けられて以来、敵は何も仕掛けてはこなかった。
みな警戒はしていたが、平和な日々が続いていた。
『だからこそ、真面目に修行もしておかなきゃ。野上さんのことだってあるんだ。』
あきを守りたいという思いがさらに強くなっていた。
そんな勇太の気持ちに答えてか、クォーツは敵に見立てた藁人形を使った実戦演習をしてくれた。
「遅い!今のじゃやられているぞ!」
藁人形はペリドットと修行していたときのウサギの人形よりも素早く、集中していないと見逃してしまいそうだった。
術をかけるタイミングや強さの指導になるとクォーツはより厳しかった。
『今度こそ…俺も役に立ちたい。守りたい!』
その気持ちだけで厳しい修行を乗りきっていた。
「4月からは自主練習になる。モリオンから擬似・闇魔力核を使っての修行を週1回することになってる。」
研究室通い最後の日にクォーツが勇太に言った。
「それって、今日でクォーツとの修行は最後ってこと?」
勇太が聞いた。
「そうだ。」
勇太は内心少しホッとしたが、クォーツのお陰で魔法陣や術の使い方をかなりマスターできているのを実感していた。
『厳しかったけど、ペリドットみたいに色々話できなかったけど…』
クォーツとは、修行の話以外の雑談は皆無だった。
「クォーツ、今までありがとうございました。」
勇太はお辞儀して言った。
クォーツは少し驚いた様子だった。
「行け。自分に与えられた研究を終わらせてこい。」
クォーツは勇太に背を向けた。
勇太は後は教授に完成した論文を提出するだけだった。
「ありがとう。」
勇太は自分で研究室に戻った。
嵐の前の静けさだった。
「野上あきという魔術師に王が5年ほど前に闇魔力核を入れていたらしい。」
「なぜ今まで黙っていたんだ?」
「王は忘却術を何重にもかけられていたそうだ。」
「小娘の術にかかったままだったというのか?」
「残念ながらそうらしい。ジルコニウムが解いた。小娘に入れられたのは何だと思う?」
「リストは?」
「なぜか紛失したそうだ。」
「かなりの強者と聞く。上位で空いているのは…ロジウムかパラジウムか…」
「実は…」
「…それは本当か?!」
「その娘を魔術界に置いておくわけにはいかないな。」
「これはまだ俺たちだけの秘密だ。下っぱたちにはまだ話すなよ。特にマーキュリーとか。」
静寂が破られようとしていることに勇太はまだ知らなかった。