急接近
勇太とあきはその後、何も話さないまま駅で別れた。
帰宅して部屋に戻ると晴明から説教された。
「主よ!なぜ押し倒さないのだ!今日は何回チャンスがあったと思っているのだ!」
『チャンス』など、晴明は最近外来語も使えるようになった。
帰宅途中会話がなかったことより、押し倒す倒さないの話をふってくるのは晴明らしいと勇太は思った。
「まぁまぁ、晴明殿。それが勇太の良いところなのです。誠実さというか。」
ペリドットが晴明をなだめてくれた。
「でも、良かった。あきの秘密がバレてどうなることかと思ったが。」
「やっぱり、ペリドットが言ってた『魔術界を揺るがす秘密』って今回のことだったんだね。」
勇太の言葉にペリドットが頷いた。
「でも何でペリドットは分かったの?」
「マーキュリーの後をつけて敵のアジトに忍び込んだとき、見てしまったんだ。闇魔力核を入れる予定の魔術修行をしていた人間の名前が書いたリストを。そこに名前と入れた日とどの金属かが書かれていたが、最後に書かれていたあきは名前のみだった。かなり厳重な封印をされていたからヤツらのボスとか上位クラスじゃないと知り得ないリストだったと思う。」
「そのリストは今は?」
「魔術界の俺の空間に隠している。恐らく俺以外は入れない。」
「そっか…」
次の日、あきは自分から積極的に研究室のメンバーに話しかけていた。
特に樹理奈とあきが話している様子は女子特有のキャピキャピしたものに見えた。
勇太には感情をなくしてた時間を埋め合わせしているかのように見えた。
「ねぇ、中島君。今日は早く終わりそう?」
あきがコソッと勇太に聞いた。
「う、うん…」
「分かった。ありがとう。」
あきはニコッと笑って自分のデスクに戻って行った。
「いいか、勇太。なるべくあきを見張れ。」
修行の時、クォーツが勇太に言った。
「危険はないんじゃ…」
「念のためだ。良いな!じゃあ昨日し損ねたものからやるぞ。当初の予定からかなり遅れてきてる。さっさと始めるぞ。」
クォーツがまだあきに懐疑的なことに勇太は不服だったが、修行を続けた。
「後は論文をまとめたら終わりだな。」
昼休憩の時、海斗が言った。
勇太たちはなるべく3月に研究を終えて、国家試験に備えるのが目標だったので、研究は終盤に差し掛かっていた。
「俺も後少し。論文もそろそろ取りかからないと。」
論文とは卒業論文のことだ。
4月から研究がなくても国家試験対策でみな研究室に来るつもりだった。
「5月は2週間薬局実習、7月は4週間病院実習よね。実習終ったらあっという間に夏休みで、9月からは国家試験対策講義が始まって…ヤバい、焦ってきた。」
樹理奈が言った。
この研究室では樹理奈だけが病院実習は7月で、他の4人は6月だ。
勇太と貴司は七里中央病院、あきと海斗は一条学園大学附属病院の予定で、勇太は密かにあきと一緒の海斗に嫉妬していた。
『就職も…そうだ。忘れかけてた。』
勇太はまた就活をしなければいけないことを思い出した。
「野上さんは就職は?」
今日はあきと“偶然”帰りが一緒になった。
「実習の後に始めるつもり。薬局志望だけど病院業務も興味あるから。中島君はアイ薬局だっけ?」
「俺はまた就活するつもり。七里中央病院を考えてて。実習もそこだから実習後にまた就活しようと思う。」
「実習先だったら就職有利かもね。」
「だったら良いんだけど。」
駅に着くまで会話が続いた。